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 忸怩たる想いで一杯です!と言わんばかりの視線を向けながら、オッサンがドスドスと荒く足音を立てて廊下を進んで行く。


 その後に続き、ララさんに抱えられたまま廊下を進む俺と他の皆。


 流石に加田屋と桐谷さんは俺の行動原理に慣れつつ在るらしく、割りと平然としながら建物内部を眺め回しているが、今回初参加した獅子藤と姫島さんは、俺の言動に呆れ半分、ちゃんと鍛治場を貸して貰えるのかと言う事に心配半分、と言った感じの視線を向けて来ている。

 しかし、特に抗議してくる様子も無かったので、本気で俺の遣り口に反対している、と言う訳でもないのだろう。多分だけど。


 なんて考えながら進んで行くと、それまでよりも鉄の臭いや熱、鉄を叩く騒音と言った諸々の要素が段々と強まり始め、オッサンが廊下の突き当たりに在った扉を押し開くと、その向こう側は別の世界が広がっていた。



 鉄をも溶かし、自在に形を変えさせる為の圧倒的な熱。


 鉄を鍛え、叩き、その奥に秘められた『本当の姿』を更け出させる為に鎚を振る轟音。


 鉄が焼け溶け、不純物が焦げ落とされ、それらの熱にて滴る汗から放たれる、独特の臭い。



 それらが、開け放たれた扉の向こう側から一気にこちら側へと殺到してくる。



「……ん……。これだから、ここは嫌い……。臭くて煩くて敵わない……!」



 圧倒的な情報量に俺達が呆然としていると、俺の頭上からそんな声が降ってきた。


 それに釣られて頭を動かし視線を向けると、そこには鼻頭に皺を寄せ、頭頂の耳をパタンと倒して塞ぎながら、苦々しそうに顔を歪めている。


 ……そう言えば、確かに鍛治場(ここ)は苦手だと言っていたっけ、と後れ馳せながら思い出し、彼女の腕を優しく叩いて注意を向けさせる。



「ララさん。ここが辛いなら、戻っていますか?幸い、ここで襲撃を仕掛けて来る程頭の悪い輩はいないでしょうし、手伝いの類いも一応加田屋とかいるので大丈夫です。

 なので、ララさんが辛いなら外で待っていて貰えませんか?」


「……吾は、邪魔……?吾がいる方が、やり辛い……?吾なら、我慢出来る……!」


「そうじゃないです。ララさんが辛そうにしている方が、俺にとっては辛いんです。だから、耐えないでララさんにとって楽にしてくれて良いんです。その方が、俺もやり易いので」


「…………ん。じゃあ、こうしておく……!」



 ズボッ……!



「え……?って、んおっ……!?!?」



 突然、俺の襟首に前から来る熱とは別の熱が発生する。


 それは、温かく濡れており、その上で熱い空気を吹き出したり逆に吸い込んだりしていた。


 突然の事態に半ば混乱して固まっていると、それまでテンション駄々下がりで項垂れていたハズの尻尾が激しく振られ始め、俺を抱き抱える腕にも俺が苦しくならない程度に力が強められて行く。


 最初こそ混乱したものの、得られた情報と周囲から向けられる呆れと嫉妬とバカップルを見る様な視線を統合して考えると、恐らくはララさんが俺の襟首に鼻先を突っ込んで深呼吸しているのだろう。


 ……確かに、そうすれば一番キツイであろう臭いの点に関してはどうにか誤魔化せるかも知れないが、これはこれでキツくないだろうか?

 俺とて普通にここは熱くて汗をかいているし、何よりこの世界に来てからは風呂はおろかシャワーすら浴びられていない。精々が今朝の様に濡らした布で身体を拭く程度なので、ぶっちゃけてしまえばそれなりに匂うハズだ。

 加齢臭こそしないだろうが、汗臭さや野郎特有の男子臭だとかもプンプンにしているだろう。


 幾ら嫌な臭いから逃れる為とは言え、別種の悪臭の類いに鼻を突っ込まなくても…………




「スーーーハーーー、スーーーハーーー♥️……ん♥️やっぱり、タキガワの匂いは堪らない♥️今なら、幾らでも嫌みの類いも聞き流せるし、竜だって何頭でも狩ってこれそうな気がする……!いや、むしろ『出来る』と断言出来る……!

 ……でも、今は折角の機会なのだから、このタキガワ臭(グッドスメル)を十二分に堪能しないと……!クンカクンカスーハースーハー……♥️」


「……くっ、状況にかこつけて、なんて羨まけしからん事を……!

 ……わ、私だって、滝川君にお願いすれば同じ事位はさせて貰えるハズ……!いや、でも、流石にまだ早いかな?もうちょっと親密になってからの方が、成功率やその後の進展にも繋がる……?くっ!どうすれば、どうすれば良いって言うの……!?」



 …………どうやら、お気に召されたらしいので、別段体臭の類いは気にしなくても大丈夫な様だ。

 ついでに、本人は聞こえない様に呟いているつもりらしい呟きも、気にしない方向で放置しておく方が良さそうだ。


 いや、別に聞き耳を立てていた訳ではないからね?

 恋愛小説の難聴系主人公じゃあるまいし、この距離でなら普通に聞こえるからね?

 ついでに言っておけば、俺は聴覚等も受けた改造によって強化されているから、余程の距離が無ければ口に出された言葉を聞き逃す事は無い。周囲がこれだけ煩ければ、多少聞き取りにくくはなるけれど、別段聞こえなくなる訳でも無いしね。


 なので俺は、故意的に二人の溢した呟きを『聞こえていなかった』と言う事にしておいて、俺達を置いて先に進んでいたオッサンの後を急いで追い掛ける。


 暫くそうして進んでいると、誰も使っていない様に見える炉と道具一式が置かれた作業場が見えて来た。



「……ワシらは、結局優しく教えられて覚える、なんて事はしたことが無い。だから、まずは何か打って見せてくれ。そうして出来たモノを見て、ワシらは勝手に学ばせて貰う事にする。だから、ここに在る道具や素材は使って貰って構わんので、何か打ってくれ。何を教えて貰うかは、ソレを見てからだ」



 それだけ言い残し、こちらへと視線を向けようとすらせずに炉に向かい、火入れだけして後はさっさと何処かへ行ってしまうオッサン。

 しかし、去り際にこちらへと向けられたその視線には、見間違い様の無い程に濃厚な『悪意』と『憎悪』の類いが込められていた。



 ……成る程、成る程。だとしたら、多分……。



 ある種の確信と共に、壁や床に並べられた道具類へと視線を向けたり、火入れがなされた炉を観察したりする。

 その際に、ついでに、とばかりに[探査]や[解析]の[スキル]を周囲へと走らせ、目で見て解る範囲以外の情報も共に集めて行く。


 その結果……



「……そんな顔しているって事は、やっぱり(・・・・)何か在ったって事?」


「加田屋、正解。道具は見た目はまともだけど本当はボロボロ。設備も、かなり世代が古いオンボロ品。燃料や素材も粗悪品だし、極めつけは炉の状態が悪すぎる。このまま火力を上げると、下手をすると爆発するね」


「それって、完全に真っ黒じゃないですかやだーーー!!?

 何か在るんだろうな、とは思っていたけど、ちょっと殺意高過ぎない!?幾ら滝川君が高過ぎたプライドをベキベキにへし折ったからって、王様が直接依頼してきた様な相手とその一向を事故に見せ掛けて殺そうなんて普通やる!?」


「でも、どうせ予想の範疇だろう?」


「まぁ、否定はしないよ。そう言う滝川君こそ、そんな現状でその落ち着き様って事は、もう対処の目処は立っているんでしょ?」


「まぁ、ね。あんまり時間を掛けると余計な口を出されそうだし、取り敢えず[修復(リペア)]と[整備(メンテナンス)]っと」



 サクッと二つの[スキル]を発動させ、手入れがされずに傷んでいた道具や設備を修理し、同時に円満に使える様に整備して行く。

 そのお陰かは不明だが、それまで床や壁にて草臥れた姿を晒していた道具類はその存在感を改めて発し、設備は設定されたスペック以上の力を発揮し始めた様にも見える。


 肝心の炉の方も、状態が最善のソレへと近付いたからか、殆どこちらが何もしなくても勝手に火力を増大させている様に見える。

 ……まだ燃料には手を付けていないんだけどなぁ……?


 取り敢えず、俺だけしか出来なさそうな事は一通り片付けた為に、加田屋の方へと振り返って指示を出す。



「ヘイ、加田屋。お前も持ってる[錬金術]って、確か既に在るモノの形を変えたり、品質を高めたり出来るんだったよな?」


「うん、そうだな。ここでその話を振るって事は、僕はアレを弄れば良いの?」


「ああ、そんな感じだ。優先するのは品質向上で、不純物の除去だとか形成、使い易い様にインゴットの形に整えるだとかは後回しで構わない。俺も、残りを片付けたらそっちに合流するから、適当に頼むわ」


「了解。ま~かせて!」



 加田屋に素材関係を丸投げした俺は、一通り用意されていた道具の状態を確認すると、同行している獅子藤と姫島さんに声を掛け、それぞれが使う事になるであろう道具を互いに手に取って具合を確認したり、調子を確かめたりして行く。

 一応各自で[スキル]を持っている以上は大丈夫だとは思うが、だからと言って一度も手に取った事の無い道具をいきなり手にして造り始めるよりは、ある程度手に馴染ませておいた方が良いモノが出来るハズだ。多分だけど。


 そして、暫く道具類を弄くり回していた俺は、未だに続行している二人とは違い適当なタイミングで切り上げると、加田屋の作業へと合流して残っていた素材を全て[錬金術]で加工してしまう。


 ソレにより、下準備が整ったと判断した俺は、用意されていた鍛造用の大鎚を多少よろけながら肩に担ぐと、この場にいた皆へと声を掛けるのであった。




「よし、じゃあ、始めるか。あのオッサンの鼻を空かすだけの一振り。見事に作ってやろうじゃないか!」

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