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「あんたらかい?ウチの畑を見てみたい、なんて言い出した奇特な召喚者って言うのは。言っておくけど、ウチの畑にそこまで珍しいヤツは植えて無いよ?まぁ、容易に手に入る様なヤツばかり、って訳でも無いけどさ」
そう、姉御口調にて話し掛けて来た女性が、恐らくはこの畑の管理人なのだろう。
実際に、ララさんが隣にいる以上、それは間違いの無い事と見て良いだろう。
繊細さが感じ取れる美貌と白い肌、どちらかと言えばスレンダーな体型からは想像し辛い口調であったが、その強い意思と好奇心の輝きを宿した翠の瞳を見ればそこまで違和感を覚える事は無いだろう。
……しかし、そんな彼女の外見的、気質的な情報は、俺達、特に俺と加田屋の脳にインプットされること無く、右から左へと垂れ流されていた。
何故なら、俺達の視線と全神経は、彼女の長いストレートな金髪から覗く、常人よりも細くて長いその耳へと注がれていたからだ。
その、笹の葉の様に細長く、先端に近付くに連れて鋭くなって行く耳に、細面で非常に整った風貌。少し締め上げれば折れてしまいそうな程に細身な身体付きに、黄金の様にゴージャスでいて月光の様に静かな輝きを湛えた金髪と、深い森の様な翠色をした瞳から、俺達はとある答えを弾き出さざるを得なくなってしまっていたのだから。
しかし、そんな俺達の様子を訝しく思ったのか、その美しい目元を歪めて俺達の元へと詰めよって来る管理人さん(本名不明)。
「なんだい、さっきからジロジロと。畑が見たいって言うからこうして出て来てやったのに、畑なんて見もしないでウチの事ばかり見てやがる!
まったく、冷やかしなら、さっさと帰んな!
珍しく、壊す事しかしない召喚者の中にも見所の有りそうなヤツらが居たのかと期待したって言うのに、こんなんじゃとんだ期待外れってモンだ!
それとララ!お前さんも、こんな連中をわざわざウチの畑に案内してやるんじゃないよ!幾ら世話役を押し付けられたとは言え、この程度の連中の言うことなんざ、そうホイホイ聞いてやる必要なんてありゃしないいんだから、適当に聞き流しゃ良いだろうに!」
「……ん?待て、セレティ。何か勘違いしてない?吾は、別に押し付けられた訳じゃない。むしろ、立候補して今の立場に収まってる。それに、タキガワ達は聞きたい事が在ると言っていたし、この畑や植物園も見てみたいと言っていた。セレティの言う様に、冷やかしって事は無いハズ。
それと、セレティの事ばかり見ていると言うのは、大分不本意だけど多分見惚れているだけだと思う……」
「……あぁん?なに、適当な事言ってんだい?こんな、三百台に差し掛かった、ウチら『エルフ』の中でも下手すりゃババア扱いされる様な女に、わざわざ見惚れる要素が何処に在るって言うの「「エルフだって!!?」」さ、ってうぉわ…………!?!?」
彼女の放った決定的な一言に過剰反応を起こした俺と加田屋に、自身のセリフを食い気味に遮られたセレティさん(推定)が大袈裟に驚いて仰け反る。
その様に、ララさんは予想だにしていなかったのかポカーンとした様な表情をうかべ、桐谷さんは半ば予想していたのか頭痛を抑える様に額に手を当てて首を左右に振っている。
しかし、そんな二人の反応なんて今の俺達には関係無い、とばかりに彼女との距離を詰め、その手を握り締めて加田屋と共に顔を近付けながら次々に言葉を発して行く。
「凄い!特徴からエルフじゃないのかと思っていたけど、本当にエルフだったんですね!この世界には、獣人以外にもエルフが実在していたなんて!」
「すみません!エルフって、本当に野菜しか食べないんですか!?それと、鉄器を嫌って森に住むとかも本当なんですか!?」
「……えっ?ちょっ……!?」
「あ!ズルいぞ!じゃあ、俺からも質問良いですか!?
エルフの人達って、皆貴女見たいに外見が整っているんですか?それとも、貴女が特別美人さんなだけですか?」
「じゃあ僕ももう一つ!貴女達エルフって、やっぱり皆さん総じて魔法への適性が高かったりするんですか!?[マナ]の量も、普通よりも多いんですよね!!?」
「……そっ、そんなに急に幾つも聞かれても……!?」
「主兵装はやっぱり弓なんですか!?弓なんですね!!?」
「ドワーフや、居るか不明ですがダークエルフとの種族的確執ってやっぱり在るんですか!?僕、気になります!!」
「ちょっ、ちょっまっ!!!?」
「「さぁ、さぁ、さぁ!!!」」
「「はい、二人ともそこまで……!!」」
ゴン!!
「ガハッ……!!?」
ムニョン……!
「わぷっ……!?」
問い詰めているセレティさん(推定)が口を挟む隙を与えない程の勢いにて捲し立てる俺達へと、それぞれの方法にて突っ込みが入れられて強制的にその口を閉ざされる。
加田屋は桐谷さんから後頭部へと鈍器(凶器はスコップ。畑に刺して在ったモノだと思われる)を振り下ろされて地面で悶絶し、俺はララさんによって強制的に谷間に顔を埋められ、物理的に口を閉ざされてしまう。
必死に脱出を試みるも、ララさんは離してくれるつもりが無いらしく、どうにか呼吸出来る程度の強さにて彼女の谷間に埋められたままとなってしまっている。
加田屋は加田屋で、つい先程まで地面にて悶絶していたのだが、今は時折痙攣するだけで未だに起き上がって来る気配がしてこない。
そんな、あからさまにカオスな俺達の状態を、雰囲気から察するにそれなりに『怯え』や『恐怖』等を感じながらも、それでいて理性的に問い掛けて来た。
「……と、取り敢えず、冷やかしの類いじゃ無さそうだって事は理解出来たが、結局そいつらは何なんだ……?
それに、ここに来た目的だとかも、ちゃんと説明してくれるんだよな?そうと言ってくれないと、ウチはそろそろ撤退させて貰う事になるんだが、ね……!」
そんな彼女に、一旦黙らされた事によってある程度クールダウンした俺達は、今度は彼女に怯えられる事が無い様に、ちゃんと答えられる様に、と気を付けながら質問を投げ掛けて行くのであった。
******
「……はぁ~、成る程、ねぇ……。
つまり?あんたらの世界には?ウチらと同じ様なエルフって言うのは物語の中にしか居なくて?その物語に良く出てくる設定についての質問責めをしていた、と?」
「「イエス」」
「ふ~ん。しかし、そんなに珍しいかねぇ?ウチ程度なんて、ウチの里だと『良く居る』程度の見目だし、特にび、『美人』だなんて、初めて言われたけどねぇ……。
それと、菜食に鉄器嫌いにドワーフとの確執だったか?確かに、肉よりゃ野菜やら果物やらの方が好みの奴等は多いけど、別段肉や魚を食わない、って訳じゃないよ?それに、鉄だって手に入りゃ普通に使うさね。ドワーフとは……まぁ、あまり一緒に酒盛りしたいとは思わないけど、別に視線を合わせた瞬間に殺し合い、なんて事は無いけどねぇ?」
「「ほぅ?」」
「後は、弓と[マナ]とダークエルフの連中との関係だったかい?
弓は、その手の【職業】を得る連中は多いから得意な種族性って言えばそうだけど、そこまででもない連中も多いから、ちょっと判定は微妙かねぇ?ウチも、そこまで得意ではないし。
[マナ]の量も、あんたらみたいな只人よりは、平均して多い、とは言われているみたいだけど、そこまで極端に変わるモンじゃないよ?精々、只人の中でも少な目なヤツとウチらの中でも多目なヤツとを比べたとしても、大体二倍から三倍位になるかどうか、って程度らしいからね。
後は、ダークエルフの連中との関係だったかい?期待してる処悪いけど、そこまで険悪なモンじゃないよ?
ウチらは金髪に翠の瞳と白い肌を持っているけど、向こうは銀髪に紫の瞳と黒い肌をしている。そこが違いと言えば違いだけど、そこまで気性的に噛み合わない訳でもないから、ぶつかり合いが過去に無かった、とは言わないけど、そこまで険悪な仲でもないよ?あぁ、でも、森に済むウチらと、洞窟や地下に住処を造るあいつらじゃ、意見が合わなくて喧嘩になった、とかなら有り得そうだけどね?」
「「……なん、ですと……!?」」
思わず、加田屋と声をシンクロさせながら、動作までシンクロさせて地面へと崩れ落ちる。
まさか、ここまで諸々のテンプレを外して来るとは思っておらず、予想外に大きなショックを受けて二人共に地面へと項垂れる。
そんな俺達を、ララさんは面白がって落ちていた小枝にて突っつき、桐谷さんは手で顔を覆って嘆いている様にも見えた。
「……ん。森人なんて、そんなモノ。只単に、見目が良くて長生きするだけで、対して他と変わらない。理想を抱くだけ疲れるよ……?」
「……はぁ、なんで一々この程度の事に一喜一憂する様な相手に、ここまで入れ込んじゃってるんだか……。
まぁ、理由なんて解りきってるけど、それでも納得しかねるんだけど……」
ララさんからの、正直フォローとして受け取って良いのか微妙なラインのセリフや、桐谷さんの呟き等も耳には入ってきていたが、脳が理解する事を拒んでいた為に右から左へと聞き流してしまう。
そうやって落ち込んでいる俺達を見かねたのか、話題を変えるためにセレティさん(本名)が口を開く。
「……ま、まぁ、そこまでウチらエルフに会うのが楽しみだったって言うんなら、今度はその楽しみをダークエルフの連中と会う事に振れば良いじゃないさ。あいつら、ウチらと違って肉付きが良いし、男受けし易い外見と性格してるからその方が楽しみになるんじゃないのかい?
それと、そろそろウチの畑を見たいって言ってた理由を教えて貰えないかい?あんまり忙しい訳じゃないけど、それでも暇で暇で仕方無い、って訳でもないから、目的によっちゃウチが協力してやれるかどうか分からないけど、それでも良いかい?」
「……ふぅ、すみません、もう大丈夫です。ダークエルフについては後の楽しみに取っておくとして、今回の件について、ですよね?
じつは、ちょっと料理をしようかと。その際に、俺達の世界で使っていた食材の類いが無いか確認しに来た、と言う感じです」
「…………あんたらの世界じゃ男も料理すんのか、とか、そもそも食えるモン作れるのか、とか聞きたいことは他にも在るけど、まずこれだけ聞いて良いかい?
なら、なんでウチに来たよ?
その手の『食材』なら、他の畑に求めな!ウチは、あくまでも『薬師』が扱う『薬材』としての作物しか作っちゃいないよ?」
「俺達の世界の物語でのお決まりなんですが、現地で別の使い方をされている、特に薬の材料にされているモノが、意外と香辛料だったり食材として使えたり、ってパターンが多いんですよ。それに、処変われば常識も変わる、とも言いますから、取り敢えず近間から見ておこうかな、と。
まぁ、俺達も既に[スキル]は使えますし、危険なモノには触らない様にするので、取り敢えず見せてもらっても良いですかね?万が一俺達が欲するモノが在った場合は、多分城から代金が支払われる事になると思うので、そこはご心配無く」
「……お、おぅ。まぁ、見るだけなら構わないけど……」
若干気圧された様に答える彼女に、じゃあ見せて貰いますね、と最後に声を掛けてから、俺達は本格的に畑を見て回り始めるのであった。