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「……では、気を取り直して教授を始めさせて頂きます」
若干悔しそうな雰囲気を纏ったままに咳払いをしたレティシア第二王女が、それまでのやり取りを無かった事にするかの様に言葉を口にする。
まぁ、仕方無いと言えば仕方無い。
何せ、今の今まで貴顕としての扱いしか受けて来なかったのに、突然現れた(実際には拉致して来た)何処の誰とも知れない相手の機嫌を取らねばならないのだ。
しかも、見た目からして威厳の在る相手や、一目で分かる貴人の類いであるならともかく、自分と同じかもしくは自分よりも年下で、今まで散々被害だけをぶち撒いて来たのと同じ分類の相手であるのなら、それはどう言い含められていたとしても嫌味の一つや二つは向けたくなると言うモノだろう。それは、人間としては当然の反応だ。
……もっとも?途中でその辺を理解した上で、ちょーっとばっかり挑発したのも事実では在るのだけどね?
とは言え、それに気が付いていないのはレティシア第二王女様本人だけだったみたいだけど。
実際の処、彼女の護衛の騎士達から向けられる視線に含まれる感情の割合として、呆れ三割・やり過ぎ二割・感謝五割、と言った処だからね。この手の経験も積んでおかないと、王族として活動する内に思わぬ事態で足を掬われないとも限らないからね。
なんて事をとりとめも無く考えていると、どうやら関係無い事を考えている事がバレたらしく、少し前までの貴族然とした仮面染みた表情から、年相応の少女らしい表情が顔を見せ始める。ジト目だけど。
「……取り敢えず、基本的な事から始めさせて頂きますね?
まず、私達が[スキル]を使うには、その使う[スキル]の種類によって方法が異なります。先程別れたのも、それが理由です」
「具体的に言うと?」
「そこは、後程。ある程度、予備知識が必要になりますので。
[スキル]を使う上での基本事項ですが、[スキル]を行使するには[マナ]と呼ばれるエネルギーを消費する必要が在ります。
心臓の鼓動によって生成される[マナ]を、行使したい[スキル]を思い浮かべながら消費する事で、私達は[スキル]によって様々な現象を励起させる事が出来るのです。ここまでは良いですか?」
「まぁ、まだ感覚的には理解出来ないですが、一応は」
「では、続けますね?
そうして[スキル]の行使全般に必要とされる[マナ]ですが、これはそのままでは使う事は出来ませんし、[スキル]も発動出来ません。
それぞれの[スキル]の種類に合わせて、本人が加工する必要が在ります」
「それが、先程言っていた『別れた理由』ですか?」
「そうなります。
具体的に言えば、剣を扱う能力や剣の威力その物を強化する[剣術]の様な『直接攻撃する系統』の[スキル]は[イド]と呼ばれる身体の外へと物理的な影響をもたらすモノへと。
魔法によって炎や大風を吹かせて現象を起こさせる[魔法]の様な『間接的に攻撃する系統』の[スキル]は[マギ]と呼ばれる世界に干渉するモノへと。
そして自身の身体や他人の身体へと直接干渉する[身体強化]の様な『間接的に補助する系統』の[スキル]は[オド]と呼ばれる個人に干渉するモノへと、と言った具合に、です。
昨日のアレの様に、時たま本能的にそれらの変換や使い分けをこなす者も居ることにはいますが、基本的には訓練無しには容易に行える事ではないでしょうね」
「……成る程。だからですか。
しかし、そうなると生産系特化の俺は、それらのどれに該当するのですか?」
「………………その…………ぶ、です……」
「……すみません、良く聞こえなかったのですが……?」
「…………だから、その……ぜ…………です」
「聞こえなかったのでもう一度お願いします。さぁ、レッツ大きな声で!」
「だから!それらの『全部』です、と言っているんです!!」
「…………はい……?」
予想外のその言葉により、俺の口から気の抜けた呟きが溢れる。
咄嗟に、半ば悪のりから来る直近の返しへの仕返しか?とも思ったが、周囲にいる彼女の護衛達や俺を自身の膝に乗せているララさんの様子から、また彼女がプライド等から若干暴走している、と言う訳ではなく、ただ単に彼女が口にしている言葉はこの世界での一般常識に過ぎない、と言う事が理解出来た。
そして、それと同時にとある『嫌な予感』も背筋を駆け抜ける。
「…………もしかして、この世界で生産系の【職業】や[スキル]持ちの人達が極端に少なくなったのって、戦闘系が優遇されたってだけじゃなくて……?」
「……えぇ、まぁ、お考えの通りかと。冷遇されていた上に、習熟する為の難易度が高過ぎた事と、初期に造れる拙いモノでは生活が成り行きにくい、と言う事も、生産系から人々が離れて行った理由の一部である可能性は否定出来ませんが、ソレこそが理由の全て、と言う訳でも無いハズです。……多分、ですが」
「…………oh……」
告げられた事実に、思わず呟きを漏らすと共に頭を抱える。
……道理で、幾ら国が必要とし、保護と支援をしているらしい(オルランドゥ王曰く、だが)にも関わらず、生産系に特化していると言うそれだけで、良く知りもしない俺の事を『救世主』だとか呼ぶハズだ。
そりゃ、そもそもの難易度が高過ぎるのだ。成り手になろうと言う意識も低い状態の中では、流石に敷居が高過ぎると言うモノだ。
これでは、幾ら国として危機感を持っていたとしても、どう足掻いても衰退するのは当然だろう。
今度は逆に、俺からレティシア第二王女へと、ジトりとした視線を向ける。
すると、今度は完璧に貴顕としての仮面にて取り繕えたらしく、ニコリと美しく微笑みを浮かべる。
「幸いにも、『救世主』様は【職業】の方も生産系ですし、異世界から召喚を受けた方は[マナ]の変換を習得し易くなる傾向が在る事が解っています。
もちろん、人によっては得手不得手が在りますし、他の方とは違って全てを均等に使える様にならなければなりませんが、恐らくはどうにかなるでしょう」
「……ちなみに、どうにかならなかったら?」
「お父様としては、恐らくはやりたがらないでしょうが、私としましては無駄飯喰らいは必要無いと思っておりますので、それ相応の扱いをさせて頂こうかと。それこそ、直前に騒ぎを起こした例の方々よりも、厳しい扱いになるのは間違いないでしょうね?」
「フ○ック!ある種望んでいた展開とは言え、流石にそれは無いだろうが!!」
「……ん。大丈夫。もしそうなったら、吾が養って上げるから♥️安心して?」
嬉しいと言えば嬉しい申し出なのだが、それはそれでなんだかなぁ、と言うことで、改めて気合いが入ったのでした(小並感)。
******
「では、まずは目を閉じて意識を集中させながら、ゆっくりと大きく深呼吸してみて下さい」
レティシア第二王女からの指示に従い、一人で椅子に座った俺は目を閉ざして深呼吸をして行く。
この工程を行うには、一番最初は意識を集中させるのが成功のコツだと言う事で、ララさんには一時的に離れて貰っている。
まぁ、その代償として、後で盛大にスキンシップする事を約束させられてしまったし、その様子をララさんとも面識の在るらしいレティシア王女にも見られてしまったけど。以前との盛大な変わり様に大変驚いておられた王女殿下は、年相応な可愛らしさを見せておられたのはここだけの話だ。
そんな事情から一人で椅子に座り、意識を集中させている俺の耳へと、こちらの集中を乱さない程度に静かで穏やかなレティシア第二王女の声が届いて来る。
「意識を集中出来ましたね?では、次に集中させた意識の焦点を、イメージとして心臓まで動かし、更に一段階深く意識を沈める様に想像してみて下さい。そうすると、ソコに心臓を出発点として全身を廻っている『何か』が在るハズです」
声に従い、無意識的に頭の辺りに設定していた意識の焦点を心臓まで下ろし、ソレまでよりもより一層深い部分にまで意識を沈めて行く。
すると、普段よりも心臓の鼓動を強く、大きく感じると共に、その鼓動と共に心臓によって生み出され、脈拍によって血液と共に全身へと送り出されて行く『何か』が在る事に気が付く。
ソレは光の様であり、闇の様であり、触れられる様な気さえするが、同時に決して触れられぬモノである事を確信させられる、何とも不思議な存在であると同時に、相反する複数の要素を同時に持ち合わせている様に見える不可解な存在であった。
「……これ、かな……?」
「感じ方は人それぞれなので一概には言えませんが、ソコに在る『何か』を感じ取れたのであれば大丈夫です。
では、更に次の段階に移りましょう。次は、ソコに在る『何か』を意図的に動かしてみて下さい。ソレを体外に出して近くに留めると[イド]に、空中に出して浸透させると[マギ]に、体表面や体内にて意識的に循環させると[オド]になります。
まずは、出来そうな処からやってみて下さい」
「やってみろと言われても……」
若干戸惑いながら返事をしつつ、言われた通りに見付けた『何か』、この世界では[マナ]と呼ばれるソレと思わしきモノに対して意識を向ける。
しかし、こうして初めて意識するモノをいきなり動かしてみろ、と言われても、正直どうやって良いのかサッパリ分からない。
外見的にも質量が在るのか無いのか良く分からない様な見た目をしているので、どうイメージしたら良いのかすらも良く分からない、と言うのが正直な処だ。
……もうこれは、一応経験の在る物事に準える形で想像した方が良いか?
見た目的には液体と個体の中間みたいな感じだし、部隊に居た時にやらされていた塹壕掘りの時の泥弄りだとか、たまたま安全な場所で時間が取れた時に習ったパン生地捏ねだとかをイメージしてみるか?
まぁ、モノは試しと言うし、取り敢えずやってみるべぇか。
まずはスコップをイメージしてっと。
サクッ!
……おん?なんか、身体を廻っている方から、少し切り離せた様な感触が……?
あ、でも、このままだったらそんなにしない内に、元の流れに戻りそうな予感がする。てか、実際もう戻っちゃったみたいだ。
なら、今度はスコップで掬うイメージの後に、パン生地を捏ねる様なイメージで……。
……捏ね、捏ね捏ね、捏ね捏ね捏ね捏ねモッチモッチパンパンビローン!
……うん、イメージした腕で捏ね回してみた結果、捏ね回した触感や生地を鍛える為に叩いた手触り、伸ばした時の感触等はパン生地のソレである事が判明した。
まぁ、イメージに使ったのがそれなのだから、当然と言えば当然かね?
と言うか、この状態なら、さっき教えられた種類の通りに操作出来るんじゃなかろうか?根拠は無いけど、なんだか行けそうな気がするし、取り敢えずやってみるかね?
そう思いきった俺は、そうやって加工した[マナ]を移動させたり、更に形を変える様なイメージを追加して色々と試してみた。
その結果、近くに留めるのならば捏ね続けるイメージを、空気中に解放するならある程度まで捏ねてからスコップでばら蒔く様なイメージを、体内や体表面にて意図的に循環させるのならばパン生地を伸ばして整形する様なイメージを込めれば、その通りに実行出来る事が判明した。
……えぇ?まだ確たる事は言えないけど、でもなんか出来ちゃったっぽいんだけど?なんて考えながら意識を表層へと戻し、閉ざしていた瞼を開ける。
そして、意外と近くにまで寄って来ていたレティシア第二王女に
「……すみません、やってみたら一通り出来ちゃったっぽいんですけど、どうしましょう?」
と尋ね、顎が外れそうな程に驚愕されるのであった。
いや、出来ちゃったモノは仕方が無くない?