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チチチチチッ、ピピピピ…………グォーーーーーン!!!
……目覚ましによる騒音でも、悪夢からの覚醒でも無く、小鳥達の囀ずりと、聞き慣れない何か大きな生物による咆哮によって目が覚める。
未だに眠気の残る状態にて薄目を開けてみれば、先ずは豪華なベッドの天板が写り込み、その脇の開け放たれた窓から朝日が差し込んで来ていた。
その眩しさに開きかけた瞼が下ろされ、反射的に腕で遮ろうとして、モフモフとした触感の何かによって固定されている為に動かせないと言う事実に気が付く。
一体何が……?と思って視線を向けると、そこには身体が透けて見える程に薄く扇情的な夜着を纏った女性が、俺の右半身を抱き抱える様にして眠っている姿であった。
突然の事態に、思わず叫び声を出しそうになるが、どうにか意思の力で無理矢理抑え込み、僅かに身動ぎするだけに留める事に成功する。
……え?なに?どう言うこと……?
しかし、相手を起こしてはならないと言う理由から叫ぶのは回避したものの、俺の内心は盛大に混乱していた。
そもそも、ここは何処で、相手は誰で、一体どう言う状況なのだろうか?
体調的にアルコールの類いを摂取して記憶が飛んだ、と言う事は無いハズなので、覚えてはいるハズなのだけど……!
そんな、とりとめも無く盛大に乱心した状態にて思考を巡らし、少しでも現状を察する手懸かりを!と周囲をキョロキョロと見回すと、丁度俺の隣で寝ていた女性が呻き声を上げながらより一層その豊満な膨らみに俺の右腕を抱き込み、その長い鼻面を俺の肩と首との間にグリグリと押し込んで来た。
その為、そちらに注意が向けられ、自然と振り返って視線も向けた事により、その黒っぽい体毛の毛並みと真っ白い肌の素晴らしいコントラストに、銀髪で長めなフワフワとしたウルフヘアーの間から飛び出している一組の体毛と同じ色合いをした耳が視界へと飛び込んで来た。
それにより、昨日この世界へと召喚された事、『救世主』と呼ばれた事、取り敢えずこの国の王様に協力するのを決めた事等の記憶が甦って来た。
「……あぁ、そうだったそうだった。あの後、元々期待して無かった事もあって、歓迎の宴みたいな事は後日に延期、って事になって、取り敢えず暫くは城に止まって[スキル]の使い方等を学ばせて貰う事になったんだったっけ……?」
動揺を抑える為に、わざと口に出して確認する。
昨日行った会談(?)により、俺達の今後の扱いはほぼ決定した……らしい。まぁ、ほぼ俺が言った事が、そのまま反映された様な形に落ち着いたのだけど。
なので、あのまま例の玉座の間にて待機していた(一部させられていた)『元』クラスメイト達の元へと一度戻り、この国の現状と俺とオルランドゥ王との取り決めを大雑把に全員へと通達する事にした。
その結果、間接的に俺の薦めにて生産系スキルを取っていた面子からは、戦わなくても良い事への安堵と待遇への期待感から、歓声とまでは行かなくともそれなりの大きさの安堵の声が。
逆に、深谷を始めとした戦闘系ビルドの連中は、その取り決めが気に入らなかった上に、クラスカーストでは最下級に位置していた俺がそれらを取り決めた、と言う事が気に食わなかったらしく、その場で暴れだした為に兵士や騎士の皆さんにその場で取り抑えられ、深谷が俺に斬り掛かった時に同じく暴れようとしていた事もあり、強制的に城の地下牢へとぶちこまれる結果となったハズだ。
一応、今後の態度次第ではあるが、送り返す事が可能な半年先まで大人しくしていれば、ある程度の仕事(比較的弱い魔物の討伐等)を任せる代わりに自由行動も許可される、と言う話にはなっているみたいだが、果たしてあの様子だとどれだけのやつらが出てこれるのやら。
ちなみに、こう言う場合はスッパリと殺ってしまった方が手っ取り早いし、物資の面でも遥かに安上がりで済むのだが、流石にこちらの都合で別世界から呼び出したのにそれはちょっと……と言う、ある種の罪悪感と慈悲が混ざった様な感情により、処刑される事だけは無いみたいだけど。まぁ、外で何かやらかして、前線に出られる様なレベルの強さの人達に血祭りに上げられる場合なんかは、流石に面倒見きれないから放置するみたいだけどね?
なんて事を考えながら視線を窓の向こうへと向けてみると、そこには大分異世界的で、かつ今いるのが元の世界ではないと言う事を否応無く突き付けて来る光景が広がっていた。
コンクリートではなく、石や木によって作られた街並み。
アスファルトではなく、石畳によって舗装された道。
車やトラックではなく、馬車や荷馬車に繋がれた謎生物(四足ではあるが遠目に見ても確実に馬ではない何か)によって運ばれる人や物品。
道を行き交うのはスーツを着た黄色人種のサラリーマンではなく、白色人種に近しい配色の肌や髪をした人々や獣人、それ以外にも耳の長いエルフ(推定)や背の低いドワーフ(推定)やその他のよく分からない種族の様々な人々が忙しなく行き交っていた。
昨日この部屋へと通された時には、既に夜になっていたので良く見えなかったのだが、こうして明るい状態にて見回せば周囲が異国情緒ならぬ異世界情緒に溢れた街並みである事が容易に見て取れた。
……ついでに、街行く人々の格好は古ぼけた様な様相を呈しており、街並みは良く言えば『古びた』、忌憚無く言ってしまえば『ボロい』状態である事も、白日の元に晒されてしまっている。
流石に王城だけあって、今いるこの城(名前は知らない)はパッと見た限りではそこまで古びている訳では無いみたいだが、説明された事情や街並みを見る限りでは、恐らくは見えない範囲であちこちガタが来ているのだろう。
改めて見てみれば、俺の今いる部屋とて、あまり豪華絢爛と言える様なモノでは無い。むしろ、調度品等は『替えがないから使っている』と言った感じのモノが多い様にも見える程だ。流石に『救世主』呼ばわりしている以上、お前なんぞこの程度で十分だろう!と言う訳でも無い……ハズだ。多分。
そんな感じで、周囲からの情報を集めつつ整理していると、未だに俺の右腕にしがみついていたララさんがモゾモゾと身動ぎしてから、ユックリとその瞼を開いて金色の瞳を顕にする。
……そう言えば、この人一体どうやってこの部屋に入ってきたのだろうか?と言う疑問が、今更ながらに沸き起こる。
確かに、俺が眠る時には、ララさんはいなかった。
正確には、寝る直前までこの部屋にいたが、眠くなってきたから支給されている自分の部屋へと戻る様に、と促して部屋から出したハズだ。
実際、出す間際のあのウルウルとしたすがり付く様な瞳と、ペタンと寝かされた耳に寂しそうに項垂れた尻尾のコンボにより、そのまま抱き締めてモフり倒しながら部屋に入れなくなったが、鉄の意思を総動員して理性を働かせて我慢し、確実に部屋から出してから鍵を掛けたハズなのだ。
故に、こうしてここに彼女がいるハズが、ついでに言えばこんなにもスケスケでセクシーな格好にて居るハズが無い。
そんな風に現実逃避していると、瞼を開けたララさんがまるで猫の様に大きく伸びをする。
……ユサッ……!!
それにともない、圧倒的質量を誇る二つの山脈が揺さぶられる事となるが、殆ど薄布と表現しても間違いは無さそうな夜着のみしか身に付けていないので、その綺麗なお椀型で不思議と体毛には覆われていない膨らみだとか、頂上に在る桜色の突起だとかも全て見えてしまっているのだが、敢えて指摘する事無く然り気無く視線を逸らして見ない様にする。
……いや、ね?
昨日、彼女からのアプローチを断る際にあんな事を言ってはいるし、実際問題今の状態にてその手の事を実行すると、より一層身体の崩壊が進むのも間違いでは無い。
……無いのだが、そう言った欲が無いのかと言われれば、断じて『否』と言わざるを得ないのだ。悲しいことに。
なので、起き抜けと言う事もあり、同時に年頃の男の子として下半身が元気になってしまっているのは、致し方無い事なのだ!……多分。きっと。恐らく。……だと、良いなぁ……。
と、言うか、俺をこんな身体に改造してくれやがった技術者は、他の処は嫌と言う程に弄くり回していやがる癖に、何故か『そこ』だけは変に弄って機能を損なわせず、むしろ増量してやったぞ!と嬉々として語ってくれやがった実績が在るからね。
部隊に居た時に童貞を切ってくれた姐御は
『な、なんてヤベェもん持ってやがんだ……♥️』
と、腰砕けになりながら言っていたから、恐らくは対女性用の特効兵器か何かになっているのだろうが、今は本体の方がガタガタなので、久しく振るわれていないのが幸い(?)なのだろう。きっと。
まぁ、その分溜まっている、と言われても否定出来ないのが悲しい処だけど。
なんて下らない事を回想していると、完全に目が覚めたらしいララさんが、ベッドの上を移動して俺の胸元へとその目元をグリグリと押し付けて来る。
以前部隊の隊員が世話をしていたにも関わらず、何故か俺に一番懐いていた犬を連想させるその動作に、思わず手が伸びてララさんの左右の耳の間の部分を撫でてしまう。
突然の感触に驚いたのか肩がビクッ!と跳ね上がり、俺も半ば無意識的な行動だった為に反射で手を引っ込めようとしたが、より強く甘える様に頭をグリグリとして来た為に、こちらも止める事無くモフモフとしながらも指通りの良いララさんの毛並みと髪の感触を楽しんで行く。
「…………もう、我慢出来ない……!!」
暫しその状態が続いたのだが、何の前触れも無くララさんがそう呟きを溢すと、突然俺の肩を押してベッドへと押し倒すと、自ら俺の上にのし掛かって来た。
目は血走り、息遣いは荒げられ、舌は突き出した口腔からはみ出てダラリと垂れ下がり、唾液の糸を垂れ流している。
一見、怒りの感情による行動にも見えるが、紅く染められた頬と言い、肉付きの良い腰まで釣られる程に激しく振られる尻尾と言い、興奮状態にあっても激昂している訳では無い様に見える。
まさか、お腹が空いているから俺を食べちゃおう、とか考えて無いです、よねぇ……?
何となく有り得そうな理由に背筋を凍らせつつ、一体どうやって改造人間だと言う事を説明せず、俺の身体は食べられるモノで出来ていないと理解させようか、と悩んでいると、ララさんが俺に覆い被さって来た体勢のまま倒れ込み、その豊かな膨らみにて俺の顔を包み込んでしまう。
幸せな感触と柔らかな香りに包まれ、一瞬思考が停止し抵抗する意志が途絶する中、俺の耳元にララさんが口を寄せ、熱っぽく色気すらも感じる声色にて囁きかけて来る。
「……ねぇ、このまま、しちゃおっか……?
吾が、全部して上げるから、タキガワはそのまま、ね……?
大丈夫、吾に任せて、タキガワは気持ち良くなってれば、それで良いから。だから、吾と番になっちゃおう、ね……♥️」
その囁きに直前までとは別の意味で背筋がゾクゾクし、より一層元気になってしまっている下半身へと、長くしなやかなララさんの手が伸ばされるのを感じ、止めねばならないと分かっていながらも、それでも止める気にならず、もうこのまま流されてしまっても良いのでは?と思い始めたその時であった。
「おっはよー!滝川君!良い朝だね!!
もう朝食が出来るらしいから、起こしに、来た……よ…………?」
突然、ノックの類いも無く部屋の扉が開け放たれ、元気良く挨拶をしながら桐谷さんが部屋へと入って来たのだ。
何故か何の確認もせずに突撃して来た彼女は、俺へと話し掛けていた言葉の途中で、俺とララさんの現状を目撃し、あまりの光景にフリーズしてしまう。
そして、徐々に目の前の光景を理解して来たのか、時間と共にその顔は真っ赤に染まって行き、最終的には城の内部へと響き渡る程の大きな悲鳴を挙げる事になるのであった。
……その結果として、ララさんによる俺へのアプローチは未遂で終わる事となったのだが、ハニートラップの類いが炸裂しなくて良かったと見るべきか、膨れ上がらされた欲求が行き場を失った事を悲しめば良いのか微妙な気持ちになるのであった。無念?
唐突なお色気回
如何でしたか?