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第三話:追いかけるその先には

 次の日、俺たちの学校で緊急の全校集会が開かれた。内容は、春休みから相次ぐ失踪事件に関してだった。

 今までは、ウチの学校に実害は出ていなかったらしいが、つい昨日、この学校から三人もの失踪者が出たらしい。

 教師の見解曰く、今回も足取りが掴めておらず、なんの前触れもなく突然蒸発するように消えてしまったらしい。


 あまりに唐突な出来事に、生徒たちは若干パニック状態。先日入学式だったというのに、新入生は有頂天どころか顔面蒼白で怯える始末。


 学校側としても、これだけで休校にするワケにはいかないらしく、部活動の一時停止と最終授業が終わり次第すみやかに下校するように促すだけに終わってしまう。


「なんだかヤバくなってきたな」

「あぁ、親父も朝から寝癖も直さずに出てったよ」

「結衣も気ィつけろよ」

「……」


 教室までの帰り道にそんな話をしていたが、イマイチ結衣の反応が上の空だった。


「おい、結衣!」

「え、あ、うん! ……何の話だっけ?」

「お前、大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ! 心配無いから」


 心配というより、怪しいという感情が先に出る。

 この事件は俺たち一介の高校生には手に負えるようなものではない。大人ですら臭いものには蓋をする状態だというのに、彼女は首を突っ込むまではいかずとも、独自で調べようとしているのではないか、と思ってしまう。


 結衣の考え込むような横顔にどうしてもそういう思考に至ってしまった。


 この後の授業中もたびたび結衣の様子を窺うが、あれ以来特に不審な素振りを見せない。杞憂で終われば良いものの、嫌な予感というのは往々にして当たってしまうというのが世の中の摂理。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか昼休みを迎えていた。


「洋一、弁当食おうぜ」

「……わり、ちょっと用事があるから」

「そか、んなら今日は一人で食うよ」

「わりぃな」


 そう言って俺は教室を出て、図書室へと向かう。


 ウチの学校の図書室は、そこら辺にある市立図書館とは比べ物にならないくらいの蔵書数を誇り、周辺でも一番の大きさ。

 そんな所に何故来たのかと言うと、やはり俺も『神隠し』事件が気になってしまっていた。何か今回の件について手掛かりになるような文献はないものかと探してみるが、特にこれといったものは見当たらない。


 先程から本をペラペラ捲ってはため息をついて戻すという作業が続いている。

 有力な情報はほぼ無く、分かったことは神隠しには遭いやすい気質があるということだけ。

 だが、それだけではこの事件の詳細までは探れない。


「ここには無しか……」


 そうと分かればここに用は無かったが、俺は足を止めた。


 見慣れぬ少女がいる。

 肩くらいまである金髪で、リボンのヘアバンドで額を出している。ウチの学校の制服を着ているのだからここの生徒ということは確かだが、こんな目立つ髪をしていれば、嫌でも印象に残るハズ。

 ならば、新入生という線が一番有力だろう。


 高いところにある本を取ろうと必死にぴょんぴょんしている。少女が手を伸ばす先にあるのは『古事記伝』と書かれた歴史文書。


「んんー……! んんん〜!!」

「ほらよ、これでいいのか?」


 その姿に見かねて思わず取ってしまったが、このまま見捨てて立ち去るよりかはよっぽど善人的な行動だ。

 せっかくの努力を無碍にしてしまう感じがして気が引けたが、背に腹は変えられない。


「あっ……!」

「踏み台もあるんだから、それ使えよ」

「ありがとうございます、先輩!」


 正面から向き合って、ようやくその異変に気が付く。

 彼女の目は左右で違う色をしていた。右が青く、左が黄色い。少し驚いたが、同時にその神秘に吸い込まれそうな魅力も感じる。


「気にすんな、んじゃな」


 先輩と言われることに酔いしれながらも、あくまで平静を装って図書室から去ることにした。


「あ、お兄ちゃん!」


 聞き覚えのある声に振り向くと、ポニーテールを揺らしながら夜琉が近付いてくる。


「珍しいな、こんな所にいるなんて」


 ここは図書室や技術室、音楽室などがある棟だ。用も無くここに訪れることはまず無いと言っていいだろう。


「先生に家庭科室まで荷物を運ぶの頼まれちゃって……」

「なるほどな。使いっ走りご苦労!」

「もう、そんなんじゃないってば!」


 ケラケラと喋りながら、俺たちは教室棟まで向かう。


「お兄ちゃんこそなんでここにいたの?」

「んー、まあ……調べものをな」


 神隠しについて調べていたなんて言えば、十中八九心配される。当たり障りのない返答で済まそうとしたが、夜琉にはそれが通用しなかった。


「調べもの? なんの?」

「……いや、大したものじゃない」

「……怪しい」


 疑いの目が俺を貫く。

 何か言い訳はないものかと思考を巡らせるが、こういう時に限って俺の頭はポンコツに成り下がる。


「――歴史について」

「絶対ウソ」

「……はぁ、神隠しについて調べようとしてたんだよ」


 もう騙せないと悟り、観念して正直に話す。


「神隠しって今回の!?」

「ああ、そうだよ。なんだか気になってさ」

「……やめて」

「は?」

「お兄ちゃんにまで消えて欲しくないよ!!」


 必死の懇願に思わず後ずさりしてしまう。

 もう既に教室棟に入っていた俺たちは、夜琉の言葉で周りの生徒たちがザワつく。


「お兄ちゃんがいなくなったら、私……そんなのやだ!!」


 好奇の目に晒されていることに気付かず、掴みかかる勢いで迫ってくる。


「ち、ちょっと待て! なんの話だ?」


 錯乱している夜琉を連れて、階段の踊り場へ行く。

 ようやく我に返ったのか、申し訳なさそうに俯いている。


「どうしたんだよ、いきなり」

「……失踪したって人、一人はウチのクラスなの。その人、春休みの段階から失踪事件を興味本位で嗅ぎ回ってたらしくて……」

「なーる、それで俺もってことか」


 涙ながらに教えてくれたことでようやく合点がいく。

 身近で被害者が出たのだ。いつ身内に災難が降り掛かるとも限らない。だから夜琉はあんなにも必死に止めようとしていた。

 それでも夜琉には悪いが、俺は好奇心の方が勝ってしまう質らしい。


「その子、何か言ってたか?」

「お兄ちゃん!」

「頼む、教えてくれ。面白半分で首を突っ込んでるワケじゃない! いざとなったら自分の身は自分で守るさ」


 夜琉は何かを聞いている。が、それを俺に教えるかどうか決めあぐねているようだった。

 誰だって知り合いをわざわざ危険に晒すなんてことはしたくないハズ。でも、それを押し通してでも俺はこの不可解な事件を知りたい。


「頼む、この通りだ!」


 九十度腰を曲げて妹にお願いする。


「もう……分かったよ」


 根比べの勝負は、夜琉が折れる形で終結した。


「私も少し聞いた程度なんだけど、失踪者にはたった一つだけ共通点があるらしいの」

「共通点が?」


 慎二曰く、被害者たちに類似するところはなく、捜査も難航していると聞いた。

 だが、そうでないとするならば、大きな足掛かりになる。


「そう、なんでもみんな両親がいないタイミングで忽然と消えちゃってるらしくて……」

「両親がいない間に家に誘拐犯がってことか?」

「誰も連れ去られる所を目撃してないんだよ。部屋も荒らされた形跡は無いし、夕方か深夜にはふわっといなくなってたらしくて」


 ドクン、と心臓が跳ね上がる。

『夕方』と『深夜』という単語に少しばかり心当たりがあった。

 もしその情報が本当ならば、ほぼ間違いなく『神隠し』ということになる。神隠しなんて迷信だと思っていたが、あまりにも真に迫り過ぎていて、ホンモノなのかもしれないと思ってしまう。


「ホントに、夕方と深夜にいなくなったのか!?」


 気付いたら夜琉の肩を掴んでいた。


「い、痛いよ……」


 力をセーブ出来ていなかったのか、目の前の女のコは苦悶の表情を浮かべている。


「あ、すまん! その……その話はホントのホントなのか?」

「言った通り、誰も消えた所を見てないから断定は出来ないけど、おそらくそうなんじゃないかって言ってたよ」


 確実な証拠はない。だが、本当だとすれば、点と点が繋がる。この神隠しの真実が分かる。

 もし本当に夕方と深夜が消えた時刻だとするならば、逢魔(おうま)が時丑三(うしみ)つ時ということになる。それが意味することは――。


 俺は迷わず自分たちの教室へと駆ける。


「ちょ、お兄ちゃん!?」


 後ろから夜琉の静止の声が聞こえてきたが、今はそんなことを気にしていられない。

 一刻も早く、俺より知識のある人物に裏付けを取らなければならない。


「慎二!」


 教室のドアを思いっきり開けると、クラスメイトの視線が一気に集中する。


「な、なんだ、どうしたよ?」

「いいから、こっち来い!」


 まだ弁当を食べている御門慎二の腕を掴んで引っ張っていく。

 そのまま男子トイレまで連れていき、個室の前でその手を離す。


「こんな所まで連れてきてどうしたんだよ?」

「なあ、慎二! 逢魔が時ってなんだか知ってるか?」

「あ? 逢魔が時の意味なら魔に逢う時間ってことだろ?」

「それって何時から何時までの間だ?」

「確か……十七時から十九時までの間だったハズ……」

「じ、じゃあ、丑三つ時は?」


 カラカラな喉から絞り出すように言う。


「丑三つ時は時計の針が鬼門の方角を向いているから、不吉とされてきたんだ。時間は大体……二時から三時くらいだったか? 正確には二時半が丑三つ時って呼ばれる時間だ」


 やはり、俺の予想は当たっていた。

 失踪した人たちは、親がいない逢魔が時か丑三つ時に失踪している可能性が極めて高い。魔に逢う時間と鬼が出入りするとされる鬼門の時間。示し合わせたようにその時間に消えるのは、もはや偶然では片付けられないだろう。


「そりゃ警察も分かるわけないよな。こんな迷信だらけの話を……」

「おい、どういう事だ?」

「この事件の真実が分かったかもしれない」

「おいおい、マジかよ」

「なるほど、いい推理力ね」


 聞き覚えのある声が後ろから聞こえてくる。

 まさかと思い振り返ると、そこには男子トイレなのに凛とした姿勢でいる丹坂結衣の姿があった。


「結衣、お前……ここ男子トイレだぞ」

「そんなことどうでもいいでしょ!!」

「どうでもよくはないだろ……」


 突然男子トイレに現れた結衣に訝しさを感じていると、それを見かねたのか、いきなり腕を引っ張られる。


「え、ちょっ……!」

「いいから、来なさい!」


 酷いデジャブを感じながら、引きずられるような形でそのまま学校の外へと連れ去られてしまう。


「おい、待てよ。どこ行くんだ!」

「どこって、そんなの決まってるじゃない」


 ようやく掴まれていた腕が解放され、結衣から一枚のメモ帳の紙を渡される。

 不審に思いながらその紙を見ると、三人の名前と学年、それぞれ住所が書かれていた。


「お前、これ……」

「失踪した生徒の名前と住所」

「こんなのどうやって……」

「手口は単純明快。職員会議を盗聴して、職員室に侵入、名簿から住所を特定。それだけよ」

「ひとつ言うけど、それって犯罪じゃね?」

「うっさいわね! いいでしょ、そんな事!」


 そんなことを言いながら、彼女はまっすぐと駅の方に向かっている。

 嫌な予感が脳裏をよぎった。


「まさかとは思いますが、これからこの人たちの家に?」

「それ以外何があるの?」

「おぅ……」


 結衣に対して聞きたいことが山ほどあるが、何故か言葉にすることをはばかられた。

 どうしてこの事件を調べているのか、相手方の家に行って何を聞くのか。そして、何故俺を連れてきたのか。


「……」


 結衣自身も何も言わずに駅を目指している。

 故に、聞かれたとしても教える気はないのだろう。


 そうこうしている間に一人目の失踪者の家に着く。電車に揺られて約五分。平凡な住宅街にその家があった。

 表札には『葛城』の字。失踪した三年の葛城(かつらぎ) 綾子(あやこ)の家だ。


「行くわよ」


 結衣がインターホンを押すと、十秒足らずで玄関の扉が開かれる。出てきたのは黒髪の中年女性だった。


「どちら様ですか?」

「私たち、葛城綾子さんのクラスメイトの丹坂結衣と有坂洋一です」


 ペラペラと嘘の自己紹介をする姿を見て、妙に納得してしまう。

 母親が娘のプライベートを逐一把握しているとは考えにくい。なんの当たり障りもなく、かつ怪しまれることがない『クラスメイト』という肩書きを利用する考えは流石と評価すべきだ。


「綾子の……一体なんの御用ですか?」

「失踪した時のことをお聞きしたいのですが」


『失踪』という単語を聞いた瞬間、母親の目の色が変わる。


「すみません、今日のところは帰ってください……」


 急いで扉を閉めようとしたところにすかさず左足をねじ込んで、完全に閉まってしまうことを防ぐ。

 その姿はさながら刑事ドラマのワンシーンだ。


「お願いします! この事件を解決するために、少しでも情報を知りたいんです」


 隙間から扉をこじ開けようとするが、向こうも中々の力で対抗しているようだった。


「何か綾子さんに変わった様子とかありませんでしたか?」

「家出したと言いたいんですか!? 綾子は、そんな子じゃありません!」


 このままでは埒が明かない。平行線の押し問答に一石を投じる為に、扉に手をかけてこじ開ける。


「綾子さんは、何かに怯える様子を見せてませんでしたか?」


 その質問に葛城綾子の母親は、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていた。

 それは俺が素っ頓狂な発言をしたからではなく、何か心当たりある所を突かれたという表情だ。


「それは……」

「あるんですね」

「……最近、誰かに見られているように感じる、と」


 大当たりだった。

 これが本物の神隠しだったと仮定した場合、誰かに見られている感覚は、普段は別世界にいる異形のモノとチャンネルが合ってしまったということなのかもしれない。

 俺たちが普通に暮らしている分には、出会うこともない、認識することもない『何か』がその人には見えるようになってしまった。だからこそ、神隠しに遭ってしまった。


「ご協力ありがとうごさいます。それではこれで」


 一礼をしてからその家を後にする。


「ち、ちょっと! どういうことよ?」

「本物だと証明して、俺はどうしようとしたんだ?」

「え?」

「この事件を解決するなんて無理だ。だから、本物だって分かってもどうしようもない」


 通常ならば関与しえない得体の知れないモノは、なんの為に人を攫うのか。何故現代の神尾市に現れたのか。疑問は尽きない。


「俺たち、この件から手を引いた方がいいのかもしれない」


 巻き込まれる、とまではいかないものの、神隠しを追うことで何かしらの悪影響が出るのは確かだろう。


 自分たちの街に戻る頃には既に夕刻。

 家までの近道である市立公園を縦断しようとしたが、妙な違和感が胸を包む。


 少し、空気が重たくなった気がした――。

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