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第二話:奇妙な噂は向こうから

 神尾学院大学付属高校は中高大の一貫校で、その生徒総数は五万人を超える。学校敷地面積はおよそ三〇〇〇平方キロメートルであり、大学校舎は三つ、高校は二つ、中学も二つと合計七つの校舎が一つの場所集まっている国内でも上位に食い込む広さを誇る。


 俺たちは高校のキャンパスに入っていき、自分のクラスに入ると、見知った顔がちらほらと。


「はよっすー!」

「おはよう、洋一」

「はよー、洋一」


 その中でも、特に仲の良い二人が今年も同じクラスらしい。

 一人は高飛車な性格で腰まで伸びた黒髪。綺麗な翡翠のつり目を持つ少女――丹坂(にさか) 結衣(ゆい)。コイツとは生まれた頃からの知り合いで、家もすぐ近く。何をするにも一緒だった腐れ縁もとい幼なじみ。


 そしてもう一人は、黒髪の刈り上げベリーショートの男。目つきは悪いし、顔つきも怖いが人一倍小心者の御門(みかど) 慎二(しんじ)。小心者の癖に噂の類が好きで、いわゆるミーハーな部分がある心乙女。


「今年もお前らと一緒か」

「何、不満なの?」

「滅相もございません」


 とてつもない殺気を帯びた目で睨まれて、思わず気圧される。

 昔はいつも俺のあとを追いかけて来るような可愛い女のコだったのに、と思春期の気難しさを父親のような気持ちで理解する。


「二人ともそれくらいにして、ホームルーム始まるぞ」


 慎二に諭されて、大人しく自分たちの席に着く。

 窓際の一番前の席が俺の定位置だ。と言うより、五十音順に座席が割り振られているが故に、大概俺がこの位置になる。


 窓をほんの少し開けると、澄んだ暖かい風が僅かに流れ込んでくる。目を細め、春の陽気を胸いっぱいに吸い込む。

 頬杖をつきながら、心地良い微睡みに意識が傾いていく。


 ――ふと、夢か現実の境界で幻を見た。


 透き通る綺麗な銀髪。月のように明るく輝き、水面に反射する光のように一つ一つにまるで意思があるように波打つ。

 そして、深青のような色濃く鮮やかな瞳から流れる一筋の涙。

 白いワンピースに身を包む彼女が必死に何かを叫んでいた。声が枯れるまで、声が枯れても、俺に向かって何かを訴えかけていた。


「――ッ!!」


 聞こえない。何も。

 僅かに見える唇の動きを注視する。


「――ちッ!!」


「――いちッ!!!」


 意識が浮き上がる。

 ――そうか、ここは夢の中なのか。


 身体が浮き上がるような感覚と共に、少女は次第に遠ざかっていく。


「起きろって言ってんでしょうが、洋一ッ!!!」


 ふわりと一瞬だけ無重力を体験したかと思ったら、直後に後頭部に世界が飛び上がるような衝撃が走る。


「いっ……てぇぇぇぇ!!!!!!!!」


 コンマ二秒遅れてやってくる激痛に、俺は後頭部を押さえて悶え苦しむしかなかった。


「ったく! ホームルーム終わったのにいつまで寝てんの!!」


 涙を堪えながら見上げると、真冬のオホーツク海より冷たい目をした結衣がいた。

 そして、その隣には申し訳なさそうな顔をした慎二も。


「今のバックドロップは見事なもんだったぞ」

「全く、開始早々から寝るから先生も呆れてたっての」


 どうやらホームルームは既に終わり、クラスメイトはほぼ下校していた。


 未だに激痛が走る後頭部を押さえながら立ち上がると、ぐらりと視界が歪む。

 もう目の前の女はプロレスラーになればいいのではないだろうか。


「それじゃ、アタシ部活行くから」


 捨て台詞のようにそう言い、鞄を持って立ち去っていく。

 暴れるだけ暴れて、何事もなく消えていく様はまるで嵐。


 残された俺と慎二は特に何をするワケでもなく、テキトーな話で盛り上がっていた。


「そういやさ、『神隠し』って知ってるか?」

「あ? なにそれ?」


 いきなり発せられる不穏な単語。

 ただならぬ雰囲気を醸し出すその言葉に、俺は少しだけ身体を強ばらせる。


「そっか、お前は春休みは海外旅行に行ってたもんな」

「まあ、そうだけど……」


 確かに俺は春休みは親父たちに会うためにスウェーデンに行っていた。が、今はその話は関係ない。


 神隠しという言葉自体は知っている。あまりに物理的不可能な失踪を遂げる事件がこの日本、世界中でもたびたび起きている。それを神が生贄の為に人間を攫うことになぞらえて『神隠し』と言われていた。


「最近、この街で『神隠し』って呼ばれる事件が相次いでるらしいんだよ」


 おどろおどろしく喋る慎二。

 不覚にも少しだけ恐怖を覚えてしまう。


 昔こそ情報の伝達が不完全であったが為に、そういう類の事件は多く起きていたが、情報社会である現代では時代錯誤も甚だしい。

 誰かが失踪したのなら、まずいの一番に誘拐や家出を想像するだろう。


「俺の親父って警察官じゃん? だからその手の話を時々家に持って帰ってくるんだ」

「つまり、実情が分からない失踪事件が春休みの二週間で発生したってことか?」

「ああ、しかも一件や二件じゃない。俺の知りうる限り十二件……」


 背筋に寒いものが走る。

 それは一つの街で起きる失踪の件数では異常だと、一般人の俺ですら理解出来ることだ。


「集団組織の可能性とか……」

「その線も洗ってるらしいんだけど、不自然な程に足取りが掴めないんだとよ」


 集団の利点としては匿名性、多様性が挙げられるが、逆に行動に個人で差ができることもある。そういった差により、なんらかのミスや証拠が出てきてもおかしくない。なんせ十二件も起きているのだ。

 しかし、証拠は一切出てこない。それはあまりに不可思議でおかしな話。全員が忍者のように訓練されて徹底した動きをしない限り無理だろう。


「だから、『神隠し』か」

「警察もお手上げらしい。証拠も関連性もない事件が同じ街で十件以上発生してるんだ。そりゃそうなるよな」


 そんな奇っ怪で不可解な事件がこの街で相次いでいるとなると、外に出ることが億劫になってしまいそうだった。

 日常の大切な人たちが、いつ事件に巻き込まれるか分からないのだから。もしかしたら、明日には俺自身が渦中にいることも考えられる。


「帰ろう」


 嫌な思考と取り払うように席を立つ。


「あ、俺は職員室に寄るから先帰っててくれ」

「ああ、気を付けろよ」

「……お互いにな」


 身体を這いずり回られるような不快感を残しながら、俺は校舎を出る。


 外の空気を吸うと、幾分か思考が明るい方へと向かってくれるが、それでも心に深く根付いた恐怖はゆっくりと侵蝕してくる。


「おにーちゃーん!!!」


 帰りの緩やかな下り坂を歩いていると、後ろから俺を呼ぶ声が響く。

 振り返ると、長い坂の向こうから全力疾走してくる夜琉の姿があった。


「はぁ……はぁ……疲れたぁ」


 やっとの思いで俺に追いついた夜琉は、膝に手をついて呼吸を整える。


「ずいぶんと遅い下校だな」

「うん……ちょっとね……」


 彼女の呼吸が元に戻ったのを見計らい、再び歩き出す。


「なんかあったのか?」

「ううん、そういうことじゃないの。部活に誘われちゃって、その見学に……」

「なーるほど」


 部活――夜琉は中学の頃に剣道部に入っていた。それはもうなかなかの強さで、全国大会に出場するほどの実力の持ち主。

 おそらくそれを買われて、高校でも剣道部にということなのだろう。


「入るのか?」

「うん、入るつもり!」


『お兄ちゃんは?』と目で質問される。

 少しだけ答えるか迷ったが、ここで不貞腐れるのも面倒だ。


「何言ってやがんだ。俺はもう二年だし、今さら部活に入ったって、ねぇ?」


 それでは満足いく回答ではなかったらしく、膨れっ面になってしまう。


「そういう事じゃなくて、お兄ちゃんはもう……剣道、やらないの?」


 残念ながら夜琉の願いを俺は叶えてやることは出来ない。


 中学の頃、俺は夜琉と同じく剣道部に所属していた。

 小さい頃から祖父の趣味で集められていた竹刀や木刀をいじっていたから、その延長線上で剣道部に所属していたが、もう俺にその資格はない。


「――やんねぇよ」


 俺は短く、素っ気なく答える。

 夜琉も俺がこれ以上喋る気はないと察して、家に着くまで二人の間に会話が生まれることはなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 春にしてはまだ冷たい夜風。その風に吹かれて美しくその身を散らす桜。空に舞い上がる桜の花を一層綺麗に彩る月と星々。

 俺はそんな夜空を見ながら散歩していた。


 散歩と言っても大した距離は歩かず、近くにある公園に立ち寄る程度。

 この市立公園は中々広く、今時の自然を大切にした公園である為に夜は街の喧騒を遮断して、日々の荒んだ心を癒すのにうってつけの場所としていた。


「何やってんのよ、洋一」


 公園内にある湖に架かる橋で夜空を見上げていると、不意に横からから声が掛かる。

 呼ばれた方向を見ると、そこには夜空に溶けてしまいそうな長い黒髪に、翡翠の石をはめ込んだような瞳をした少女がいた。


「なんだ、結衣か」

「なんだとはずいぶんな言いようね。夜空を見ながら感傷に耽ってるヤツに言われたくないっての」


 そう言いながら結衣は隣に来て、手すりに腰を預けて一緒に空を眺める。

 見ると、ジーンズにワイシャツだけの軽装だ。明らかに運動しに来たという格好でもなければ、どこか用事を済ませた帰りに来たというワケでもなさそう。

 結局、この女も俺と一緒の目的という事だ。


「ツンデレってやつだな」

「何がツンデレよ」

「オメーのことに決まってんだろうが、スカポンタン」

「うっさいわ、アホ!」


 そんな言い合いをすれども、喧嘩には発展しない。どちらも本気で罵倒しているワケではないからだ。

 やはり、生まれた時からの知り合いとなると、信頼度がそこら辺にいる友だちとは段違い。


「最近部活はどうなんだ?」

「女バス? まあ普通って感じね。期待の新人とか入ってきてくれればいいのに」

「夜琉を勧誘したら? アイツ運動神経はいい方だし」

「夜琉はどうせ剣道部でしょ! アンタが辞めても続けるんだから健気なもんよ」


 こうして誰かと話し、夜空を見ていたら昼間の陰鬱な気分はどこかへ行ってしまっていた。


 所詮神隠しなど迷信に過ぎない。この街で起きてる事件には何かトリックがあるに違いない。それを調べるのは俺たちの仕事ではなく、選ばれし国家権力の人だ。


「ふぅ……なんか元気出たわ。サンキュな」

「なんだかよく分からないけど、夜琉が心配するような事だけはしないことね」

「わぁってるよ」

「それじゃ、また明日ね」


 そう言って手をひらひら振りながら家に帰っていく。

 わざわざ元気付けるためだけに出てきたと思うと、思春期で少し疎遠になったとはいえ、曲がりなりにもお節介焼きの幼なじみということだ。


 パチンと頬を軽く叩き、帰路に着く。


 これから起こることなど微塵も想像せずに――。


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