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第一話:それは春の陽気に連れられて

 四月八日。まだ春になったばかりだというのに、その陽気はとても暖かった。

 俺――有坂(ありさか) 洋一(よういち)の朝は遅い。ジリジリとけたたましく鳴る目覚まし時計を寝惚け半分に止め、再び布団を頭まで被る。


「お兄ちゃん! 起きて、朝だよー!」


 目覚まし時計よりうるさい誰かが階段を上って近付いてくるが、気にせず寝返りをうつ。

 バタン、と俺の部屋の扉が開かれる音と同時に脇腹に激痛が走る。


「ごは……ッッッ!!!!」


 痛みに悶え苦しみながらベッドから転がり出る。強制的に吐き出された空気を必死に体内に取り込みながら、呼吸を整えていく。

 まだヒリヒリと痛む脇腹を擦りながら、定まらぬ視界で何が起きたのか確認すると、おそらく腹にドロップキックを入れたであろう張本人が、ドヤ顔で仁王立ちをしていた。

 焼いたトーストのような鮮やかな茶髪で、白いリボンを用いてポニーテールにしている。透き通った琥珀のような瞳に低身長で控えめな胸。


「どう、かな?」


 目の前の少女は俺の前でくるりと一回転してみせる。

 黒のチェックのスカートから僅かに覗く白い布が、未だに這いつくばっていた俺の視界に飛び込んでくる。


「純白かぁ……」

「もう、お兄ちゃんどこ見てるの! 制服の感想を聞いてるんですけど!?」


 少女――正確には俺の妹である有坂(ありさか) 夜琉(よる)は、珍しく朝からプンスカしていた。


「あぁ、制服ね! 良いんじゃねぇか、可愛い制服だな。どこの高校だ?」


 はぁ、と可哀想な人を見る目で見下される。

 ご褒美と言ってしまえば聞こえはいいが、兄の威厳は今この瞬間、地の果てを旅行しているだろう。


「あのね、お兄ちゃんと同じ神尾学院(かみおがくいん)大学付属(だいがくふぞく)高校普通科(こうこうふつうか)の女子用の制服なんだけど!」


 それを聞いた瞬間眠気は全て吹き飛び、夜琉の両肩を掴んで揺らす。


「何ッ! せ、制服変わったのか!? 俺らのは?」


 よく見ると俺の知っている制服とは大きく違い、スカートは黒のチェック、ワイシャツは白地に赤いラインが入っており、ブレザーは黒と赤が上手く調和されて今風のオシャレな制服になっている。


「そうだよ、今年からみたい。て言うかお兄ちゃん……なんで自分の学校なのに知らないの?」


 再び冷たい目で見下される。


「あと、お兄ちゃんの制服が変わってないならそのままだと思うけど」

「なん……だと……」


 掴んでいた手を離し、その場でがっくりとうなだれる。


「もう……朝ご飯できてるから、着替えて早く降りてきてね!」


 夜琉はそう言って部屋から出ていく。


 俺はため息をつきながら、クローゼットの中にある学ランとワイシャツを取り出し、陰鬱な気分でスウェットから着替える。


 下の階に降りて、洗面所で顔を洗う。

 まだしょぼしょぼする目を擦りながら、顔を上げて鏡を見ると、やや灰がかった茶色い目と合った。

 焦げ茶の天パなお陰で寝癖の区別がつかないが、一応クシで髪の毛を()かす。


 ウチの家庭は女性が多いので普段の身だしなみは、小さい頃から自然と気を付けるようにしている。

 たとえイケメンでなくとも、こうしたいつもの取り組みが女のコにモテる秘訣だと幼なじみと姉に口を酸っぱくして言われていた。

 最後におかしな所がないか確認し、リビングへと向かう。


「おはよ……」


 結局、顔を洗っても気分が晴れることはなかった。


「あ、よーくん! おはよー!」


 俺たち兄妹と同じ茶髪で、セミロングの髪をお下げにして肩から垂らしている女性が、既にテーブルに着いてご飯を食べていた。


「はよ、姉さん」


 姉さん――有坂(ありさか) (まもる)は俺と六歳離れた姉であり、両親のいないウチでは大黒柱的存在であるが、その言葉にそぐわないおっとりとしたタレ目に喋り方。

 正直、俺が逆に気にかけてしまいそうだ。


「よーくんは今日から二年生ねぇ」


 姉さんの向かいの席に着き、目玉焼きに醤油をかけてパンにマーガリンを塗る。


「姉さんは今年もウチの学校の養護教諭?」


 青チェックのロングスカートにアイボリーのセーター。姉さんが仕事に行く時は、大概その格好をしているので分かりやすい。


「そうだよー。非常勤だけどねぇ」

「いいなぁ、テスト勉強に明け暮れない生活って」

「も~、そんなこと言って、青春は今だけだよぉ!」

「青春が勉強に塗りつぶされなけりゃいいけどな」


 そんな会話をしているうちに朝食を食べ終え、牛乳一気に胃に流し込む。

 空になったコップと食器をシンクに置いて、鞄を持ってリビングを出る。


「あ、お兄ちゃん!」


 丁度良いタイミングで洗面所から夜琉が出てくる。


「どうだ、グッドタイミングだろ?」

「はいはい、スゴイデスネー」


 ドヤ顔で自慢する俺をよそに、玄関で靴を履いて鞄を持つ。


「ほら、お兄ちゃん! 早く行かないと遅れちゃうよ!」

「へいへい」


 ローファーを履き、玄関の扉に手をかけて後ろを向く。


「「行ってきまーす!!」」


『行ってらっしゃ~い』という姉さんの言葉を背に扉はガチャリと音を立てた。


 俺たちの住んでいる街――神尾市(かみおし)は、人口約二十万人ほどで、都会の部分と自然を両立したのどかな街だ。

 そして現在通っている高校――神尾学院大学付属高校は、街の中心にある少し小高い丘の上に設立されている。ウチの家からは歩いて約三十分程度で、学校からは神尾市(かみおし)を一望出来るほど。


「ふんふんふふーん! 今日から私は高校生ー!」


 学校まで続く緩やかな坂道を歩きながら、大きく伸びをして歩く夜琉の後ろ姿を眺める。

 高校生になるということで、非常に機嫌が良いらしい。


「どんな友達が出来るかなー」

「友達なんか中学のヤツがいっぱいいるだろ」

「分かってないなー、お兄ちゃんは! そんなのだから夢も希望もない発言が出来るんだよ」


 余程機嫌が良いのか、普段では聞けないような罵声が平然と発せられるのだから貴重な体験だ。


「高校は中学とは違って新世界なんだよ。義務教育から抜け出して、さらにフリーダムになった私たちを止めるものは誰もいない!!」

「あ、そ……」


 目いっぱいのドヤ顔に対してつっこむ気にもなれない俺は、テキトーに流す以外の方法が思い浮かばず、テンション差に胸焼けを起こしそうだった。


「もう、お兄ちゃんにはなかったの? 中学から高校に上がる時にワクワクしたこととか」


 桜が咲き誇る並木道を歩きながら過去を思い返すが、そんな楽しい思いでこの坂道を登った記憶は無かった。


「全然無かったッスね!」

「何それ、面白くなーい」


 そんな話をしていると、学校の門の前まで辿り着く。

 校門の脇には『入学式』と書かれた看板があり、その周りにはピカピカの制服を着た新一年生とおぼしき人たちが何人も見受けられた。


「おにーちゃん、写真撮ろ?」


 可愛くおねだりしてくる妹には勝てないのが兄の常。

 入学式の看板の前で二人して顔をくっ付けて、携帯のカメラで自撮りをする。


「はい、チーズ!」


 パシャリと電子音が鳴ると、すぐにフォルダを見て撮影されたものを確認する。


「気は済んだか?」

「うん!」


 夜琉は満面の笑みを浮かべながら、そして俺はなんとなく雰囲気呑まれて浮き足立つのを抑えながら、心地良い喧騒の中を進んで各自の教室へと向かった。

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