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非日常嫌いな俺は罪らしい。  作者: 月見里 望
第1章
3/7

3: 天才と厄災

どのくらいの文量が読みやすいんだろう…

 


「――で、何がどうなってる?」



 俺が道中落とし穴に運悪く(しかし洞窟の奥に手っ取り早くたどり着けたという点では運良く)落ちたことで着いた洞窟は、一言で言うならば混沌(カオス)だった。

 洞窟の真ん中で真っ赤に染まっている千智と、その周りに転がる元は何らかのモンスターだったであろう辛うじて原型を留めている歪なモノ。

 そして、最奥の暗闇に紅く光るモノ――あれは眼だ。

 俺の中に眠る無数の非日常知識を持ってしても類推することは難しいその有り様を目の当たりにした俺は、ただただ目をパチパチさせていた。



「要、あなたも異世界(こっち)に来てたのね」


「再会を喜ぶ前に、だ。この状況を説明しろ。このままだと俺の頭のCPUじゃ処理落ちするぞ」


「あら、あなたレベルの低スペックでもこれぐらいは理解出来ると思ったのだけれど?」


「俺の演算処理能力が千智よりは下なことは認める、だが悪いが今は軽口に付き合ってる暇はねぇ。特にあの紅い眼、見てるだけで震えが止まらん。気持ち的な問題じゃねぇ、生物的な本能でだ」


「だからあなたは低スペックだと言っているのよ。私は察して端からアレを見てないわ、きっと気圧されて終わりだもの。あと状況の説明だけれど、要点をかいつまんだとしてもあなたが理解できるとは思えない内容だから説明するメリットがないわ。それで?もちろんここからの脱出路が分かった上でここまで来たのでしょう?」


「一体俺にどんなスーパーヒーロー的なものを期待してるのかは知らねぇが、生憎俺も満身創痍でね、ただ外をうろついてたんじゃあ生命の危機を感じてこっちに来たってわけだ」


「ボソッ(ちっ、使えねぇ...)そう...まぁいいわ、それも含めた諸々の話は後ね。今は逃げることを考えましょう」


「あぁ、全部聞こえてるが使えねぇポンコツなりに善処するよ」


 会話をしながらではあったが、俺は周囲に目を走らせ後方の瓦礫の山から微かに漏れる光を見つけていた。だから問題は脱出路を見つけることではなく、脱出法を考えることだった。

 体がイカれてなければ、俺の力であの岩の山を壊して脱出路を確保するところだが…その前にどうしても外すことのできない懸案事項が一つ。あの紅い眼の何かだ。あいつがこちらを脅かす存在であるか否か、その確認は俺たちがそもそも逃げることが可能なのかというそもそもの大前提を確固たるものにするためのとても重要な事だ。



「千智、あいつは俺らの敵か?」



 思考を巡らせた後にようやく出した言葉はとても簡潔で、それでいて天才の千智に俺の考えを伝えるには十分だった。

 千智は俺が見つけた瓦礫の山から漏れる一筋の光を見つけて、



「えぇ。残念ながら恐らくあなたの脱出案を大きく妨げる一因であることは否めないわ」


「十分だ。それだけ分かってればプランDまで考える余地は十分にできた」


「相変わらず馬鹿なのか天才なのか分からない頭をしてるわね。これだけ一緒にいても飽きないのはそれが大きな理由なのかしら?」


「そりゃどうも。俺自身としては天才として自負してるんでね!」



 そうして俺は大きく駆け出す。もちろんこの会話の間に成立した自らの脱出案を実行するためだ。



「千智!その瓦礫をどかせ!まったく力のねぇなよっちぃ女じゃねぇはずだ、少しずつでいいから瓦礫の量を減らせ!」



 そう言って俺が振り返って見るや否や、



「心外ね。あなたよりは幾分か高スペックであると、そう言ったはずよ」











 ――瓦礫の山が大きな音を立ててはじけ飛んだ。





「――は?」


「あぁ、あなたにはまだ言ってなかったわね。事前にこの力を説明しておくべきだったわ。いずれにせよ早くこっちに来てもらえるとアレに対しての対策がとりやすいのだけれど」



 俺は異世界(こちら)に来るまでと来てからの怒濤の驚きという感情の連鎖に慣れてしまっている自分にさらに驚きを覚えた。

 何となく読めた俺は無言で転回し、既に脱出するため移動を始めた千智に力を用いて一瞬で並んだ。



「力は使いこなせるようになったようね。とはいっても、そのボロボロの上半身は使い物にならなそうだけれど」


「確かに逃げることくらいしかできそうにない。あいつの対応はお前に任せる。あとは…俺が何を言いたいかは分かるな?」


「えぇ、理解してはいるわ。けれど至極面倒なこと請け合いだから説明は嫌」


「そこを面倒くさがったら多分この世界だと死ぬぞ。俺が」


「だとしたら少なくとも私は幸せになれそうね」



 やはり通常運転の軽口を叩き合う。が、実の所俺には結構考える部分がある。

 この状況において男の俺の方が無力で役立たずであるという現実。それが、俺のプライドを傷つける。それに、さっきの瓦礫の崩壊...あれは何だ?話しぶりから千智がやった、ってことだよな...やっぱりヒロインまで能力者かよ、テンプレ過ぎて笑うしかねぇな。


 凍てつく紅の眼差しの元凶にこちらとの距離を詰める様子は無かったが、無窮に感じる気絶しそうな程濃い殺気を俺らに当て続けてくる。

 きっと自らがわざわざ動くまでもない格下の対象であると認識しているのだろう。殺気で十分だと。

 全くもってその認識は間違いない。むしろ十分過ぎるレベルだ。



「――これで済んだことを感謝すべきなのかもな」



 洞窟の暗闇が徐々に晴れていく。



 千智が答える。



「――全く、フラグの建築力だけは一流のようね」



「――?」



 俺の想像とは異なる返答をした千智の視線を辿っていく。

 後ろに向かうそれは、








 ――こちらを見つめるあの紅い双眸の下で煌々とした光を湛える何かへ続いていた。



「――っっ!千智っ!俺に掴まれぇぇぇぇっっ!!」




 放たれた熱光線は一本道の出口を焦がし、大地に一本の紅い光柱をうち立てた。










▽▲










 水の滴る音がする。



 ――――俺は、死んだのか?





 ――いや、今のセリフは死んだと見せかけて生きてるやつのセリフだな。



 ゆっくりと目を開け周囲を見回す。


 ここは…洞窟の中?


 下半身が冷たい…水に浸かってるのか。


 うわっ、口になんか入った…これは…砂?洞窟の中に砂?


 それに、本格的に体は動かなくなった、と。


 背中を強く打っているのか、痛みを感じる。そのせいで声も出ないのか。


 千智は…何だよ、いるのか。普通こういうのって離ればなれになったりすんじゃねぇのかよ。右半身が焼け爛れて気を失ってる…?何があったんだ?


 あーだめだこれ。何にも覚えてねぇ。



 瞼が…重い――








「――へぇ」


 ――あ?何だ?


「この国の闇を揉み消し流す場所に、まさか逆に人が流れ着くとはね」


 ――知らねーよ、だれだお前は?


 ズルズルと何かを引きずる音と男の声が聞こえる。


「この仕事をする私が少しでも汚れた己の罪を贖うためのせめてもの神の救いだとでもいうのかな」


 血の匂いがする。ボチャンという音。


「君達は運が良いね、全く」


 そうして、俺は意識を手放した。










▽▲









「――っっ!千智っ!俺に掴まれぇぇぇぇっっ!!」



 冷や汗を流す彼女は言われた通り彼に掴まる。

 彼はとうに使い物にならない上半身を酷使して彼女を背負う。



「――役立たず?冗談じゃねぇ、俺が使えねぇ男な訳ねぇだろ!!!」



 そう言って彼は歯を食いしばりその左足で地面を大きく踏み込む、と、



 ――地面は激しい破砕音を上げて崩れた。


 生じた底の見えない縦穴に飛び込む。

 数秒後、鼓膜が破れんばかりの爆発音と彼女らの頭上を通り過ぎた灼熱の残滓が同じく縦穴に飛び込み、彼女らに迫る。



「――さぁ、ここからが正念場ね。要、私がある程度は岩石で熱を防ぐわ。あなたは左右の壁を崩しなさい」


「はぁ!?んなことできるのか!?くそっ…分かったやってやるよ!!」



 とはいいつつも、彼は無計画に言われたままの動作をしない。そこにある彼女の意向を欠かさず汲み取るためである。

 彼の思考を支配するのは、如何にして彼女の要求を満たし、かつ落下速度を落とさないようにするか、だった。

 岩壁を壊すということは少なからずの速度減少は免れ得ない。が、少しでも速度を落とせば熱にその身を焼かれ死に至る。そう、すなわち彼女が課したこの試練は理論的に、いや現実的に実行不可能なのである。


 ――では、果たして彼女の最終目標は「岸壁を破壊し、生じた岩石で何かしら対処すること」であるのか?


 この疑問に対して、彼は瞬時に「否」であるという結論を出す。

 そんな単純なことであればいずれにせよ消耗戦にもつれ込むだけであり、無意味だからである。


 そうして彼は、ある一つの出来事を思い出す。


 洞窟の入り口にたどり着く前、見つけていたものがあった。近くにある小山が崖崩れしており、そして見える断層の最も下に粘土層があるのを。

 正確に言えば砂よりも目の細かいものが水を通さないことにとって生じる層なのだが。


 確率論で言えば、一か八かの全くもって確証のない可能性。だが、今の彼にはそれがこの窮地を脱する一筋の光明に見えた。

 迷いは、無かった。



「俺が間違ってないことを祈るだけだな…あってくれよっ!()()()()っっ!!」



 かつて、地学の教科書で一度目にした内容――最も浅い部分に自由地下水、次いで目の粗い層から細かい層へと続き水を通さない層、すなわち不透水層が現れる。

 仮に、彼らが現在いる場所が地底からある程度の高さを持っている場所であるとすれば、その更に下に被圧地下水が存在している可能性があるのだ。

 追ってその確率を上げる事象として、この洞窟を構成する鉱物やら何やらの大きさやそのものが地上で見た不透水層のそれとほぼ似通っていたこと――あの位置からこの深さまでは同一層である、ということが挙げられる。

 しかし、それでも依然として不確定であり行動に移す条件としては足りない。


 全ては、自らを上回る天才が何らかの確定要素に気づいて彼に命令を下したと考えられるからである。

 だがそれはただの絶対的な信頼だった。

 それでも、彼が動くには十分すぎたのだった。



 そうして、彼はまだ動く左足を岩壁に蹴り込んだ。



「伊達に幼馴染みやってないわね。あなたのそういうところ、嫌いじゃないわ」



 彼女は半身をよじりずっと彼の動向を探っていた。たとえ彼女自身の右半身を迫る圧倒的な熱にさらすことがあったとしても。

 彼女の中でも大きな確信は無かった。あるのはただ一度の洞窟内で聞こえた水の流れる音。洞窟内に転移し外の事に関する情報を全く持ち合わせていない彼女にとって、唯一の情報源は外からやってきた要一人であった。しかし、状況的に今は直接尋ねていることも、自らが求めていることも伝える時間が無かった。

 だが、それら不安の要因すら上回る程彼女の彼への信頼は強かったのである。


 彼女が振り返って見た彼の背中は、いつもより大きく見えた。


 壁は崩落してその向こう側、彼女らが望んでいたものが、そこにあった。

 溢れ出す水流が全てを飲み込む一方で、熱と接した水は一瞬で水蒸気となり大きな爆発を引き起こす。

 生じた大きな衝撃は彼女たちの意識を奪い去ろうとする。薄れゆく意識の中、彼女は既に気を失った彼を見て微笑む。



(…ここまで来て格好つけるのは、その高いプライドの表れかしらね。)






 ――彼は気を失ってもなお、彼女のことを庇い抱きしめていた。




(ただ、水蒸気爆発を考慮してこうしたのだろうけど…)



 気絶寸前、彼女は体勢を変えて、



(…落下後を考えず女の子を下にするのは、大きな減点ポイントね)



 そうして、彼女は意識を手放した。









がんばるぞ

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