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白いちょう

作者: 無果汁

 窓の向こうの彼女のアトリエは、無邪気な子供のおもちゃ箱のようだ。

 どこからともなく拾ってくる石や木の葉はまだ序の口。異国の民族衣装や、重々しい甲冑。どこぞの異教徒が祀るとされる謎の人形、贋作の詰まった木箱……。それから、床一面に散らばり、壁や窓にも貼り付けられた彼女の無数の“落書き”。

 それこそ子供の落書きのようなものもあれば、理解に苦しむ難解なものもある。


 そんな混沌を極めるアトリエの奥、大きなキャンバスが立て掛けられていた。明らかに周囲の落書きとは一線を画す、その存在を叫んでいるような、白い蝶の絵。

 部屋の主はその絵の前で豊かな金の髪を広げ、床に倒れていた。若き女性画家が生涯の大作を完成させ、もう思い残すことはないと自ら命を断った……。


 「とかなら、美しいのですがね」

 「君は死体愛好家なのか?」


 覗き込んだこちらを、ぱちりと開いた碧玉の瞳が見返した。


 「なんですか、この絵。前来たときは隣町の絵描いてませんでしたっけ」


 その隣町の絵といえば、既にアトリエに埋もれている。

 彼女は部屋の隅に掛かった蜘蛛の巣を指した。


 「数日前にね、迷い込んできたんだ」


 その巣には、白い一匹の蝶が掛かっていた。


 「出ようと頑張ってたんだけど、蜘蛛の巣に捕まってしまってね」


 彼女曰く、蝶は様々な事を“話して”くれたのだという。風の匂い、鳥の囁き、花の吐息。……分かる筈のない話である。それでも、彼女は歌うように誰に話すでもなく言った。


 「誰も気にも掛けない蝶を、どこかに留めておきたかったんだ」


 たかが蝶一匹。大して珍しくもないその蝶を、覚えている物好きはいないだろう。描いた張本人である彼女でさえ、きっと今抱いている感情を忘れてしまうのだから。


 「蝶も喜んでるんじゃないですか」

 「どうかな、勝手に死に顔描くなって怒ってるかも」

 「僕が死んだら、怒らないんで死に顔描いてくださいよ」

 「私、一応人物画家なんだけど」

 「よく言うよ。僕を描いてることの方が多いくせに」


 どこかずれた会話に、彼女は柔らかく笑う。不意に彼女は窓を開けて、蜘蛛の巣から取り外した蝶を放した。ひらひらとリボンのように舞う蝶は白い鳥の嘴に捕らえられた。白い鳥は少し首を傾けると窓枠から飛び立ち、そして見えなくなった。

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