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童貞エルフは笑わない  作者: 紀伊国屋虎辰


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エルフと人と2

 ヴァルのツリーハウスは相変わらず作りかけの女神像やその他の彫り物であふれている。


 彼は几帳面な性格なので、部屋もきれいに片付けられていそうなものだが、なぜだかアトリエは乱雑に散らかったままだ。


「それで、ロナルドさんのことでお話ししたいことっていうのは?」


 もうすっかりお馴染みになったココナッツミルクを飲みながら、ミリィは尋ねる。


 ヴァルが彼とそれなりに仲良くやっている様子を見るに、ロナルドはかつてミリィの知っていた気さくな若旦那のままなのだろうか?。


 それだけに余計に彼に対する疑念が渦巻いている。


「あの借金の件は、仕方がなかったといっていたな」


「待ってください。それは彼の事情ですよね?」


 たとえ彼女(ミリィ)のことを思ってだとしても、相談も無しに人の家の借金を払うのは余りにも無神経だ。

 

 外からは買収されたようにしか映らないし、ましてや結婚を条件に付けるなんて許せない。


「それはミリィのいうとおりだ。そのことについてロナルドは謝りたいといっている」


「でも、謝りたいなら、最初からあんな真似しなければよかったんです!」


 彼女の家か、彼女自身か、どちらにしてもお金でホイホイと買われて良いものでは無い。


 それに、仮にミリィがロナルドを好きだったとしても、お金のために結婚したと思われることは我慢ならなかった。

 

 付き合うにしても結婚するにしても、お互いフェアな立場でなければならないとミリィは思う。


 そうでなければ、自分で自分を祝福できない気がするのだ。


 そう感じる自分はおかしいのだろうか? たしかに玉の輿。という考え方もできる。


 では、それではダメだという感情は、いったい自分の何処から湧き上がってくるものだろうか?


 なんだかその先を考えるのが怖くなって、ミリィは話題を逸らす。


「そういえば、メルさんがエルフの恋愛観についてはヴァルさんに聞けって……」


 先ほどメルがいっていた、エルフの恋愛観の話。そういうものにヴァルが()けているとはとても思えないのだが、彼女がいうからにはそれが最適なのだろう。


「それは……たぶんうちの両親のことだろうな」


 ヴァルの、というかエルフの両親とか想像もつかない。


 エルフは皆人間の20代半ばから30代前半に見えるので外見から年齢を知ることは不可能に近い。


「ご両親といいつつ、実は5人くらいいるとかですか?」


「いや、そういうわけではない。俺の父親は50年くらい前に隣町に行って帰ってこなかった」


「また、どうしてそんなことに?」


「どうも牧場に一人残された未亡人と知り合い、その牧場を手伝ううちに40年経ってしまったらしい」


「それは家族を捨てちゃったってことなんでしょうか?」


「それが全然そんなことは無くてな。牧場もあくまで善意で手伝っていたらしく、10年前にその未亡人から牧場を譲り受けて、今は母と二人で牧場主をやっている。今、5歳の弟も居るな」


 なんという途方もない話だろうか。40年も失踪した上に、普通に夫婦生活を取り戻し、ヴァルとは100歳以上も年が離れた兄弟までいるという。


 やはりエルフと人とではライフサイクルが違いすぎるのだ。下手をすれば100年以上も離ればなれになる可能性があるのならば、一人のパートナーに縛られないというのは、至極当然のことに思えた。


「そういうエルフの生き方が嫌だったのだろうな。メルはきっと人間と同じようにしたいのだろう」


「あっ……」


 メルに聞いた話と今の話でミリィにはわかってしまった。人間のように恋愛したいと望むメルに対して、エルフの恋愛観を持ち込むことをヴァルは嫌っているのだ。


 子供をつくろうというメルの誘いが冗談か本気かはわからないが、それを承諾することはヴァルにとっては、姉の生き方を否定するような感覚があるのだろう。


 その強面(こわおもて)とは裏腹にヴァルはきっと優しすぎるのだ。


「それをメルさんに聞いてみたことは?」


「いや、ないな。だがわかるものなのだ。子供の頃からずっとずっとあいつのことは見ていたからな」


 やはりミリィには想像もつかない時間だ。人が生まれ人が死ぬ。

 果たしてその時間の中で、どれだけそんなに長い付き合いの者が現れるのだろう?


「でも、たとえ短い時間でもわかることはきっとあると思います」


 確信。メルには(ヴァル)の考えがわかるようにミリィにも少しわかる。


「そういうものか?」


「そういうものです」


 いつものやりとり。初めは世間知らずなエルフに人間の常識を教えているだけだった。


 それも今ではそれぞれに違ったやり取りになっていた。


 疑問、感心、驚き、喜び、彼の問いかけは同じ言葉でも常に違う感情から発せられている。


 これが、彼のいう友情や信頼ということか?


「これは余計なお世話かもしれないが……」


 ふと思い出したように、ヴァルは語り始める。


「はい」


「一度ミリィから、ロナルドの真意を聞いて欲しいと俺は思っている」


「私が……ですか?」


「そうだ。あいつとは仲良くなったとは思うが、それでも俺には話してくれないんだ」


(なんで、そんなことを!)と、以前のミリィなら反論しただろう。


 それでも多少なりともヴァルの気持ちがわかるようになった今ならわかる。


 ミリィを信頼しているからこそ、そういう提案をしたのだ。先程、考えるのを止めたのは、ロナルドが彼女を騙していたり、変節してしまったことを知るのが怖かったからかもしれない。


「わかりました。彼のことはまだ信じられませんけど、ヴァルさんのことは信じます」


「そうか。人を信じるというのは……なかなかに難しいんだな」


 さすがに今度は何を考えているかわからない。ヴァルは人を疑うような性格には見えないが、逆に人を信じることに疑問を抱くような男にも見えない。


 それに今までそういう疑問を口にするところを見ていなかったから、もっと超然とした存在のように感じていた。


「なにか気になることでもあるんですか?」


「ああ。しばらく見ていてわかったことがある」


 そういうと、ヴァルは奥の棚から椰子の実を取り出して、ナタで割る。ミリィの分も手際よく用意すると、その正面にどかっと腰を下ろした。


「ロナルドは隠し事はするが嘘は吐かない人間だった。たぶん結婚の件はあいつではなく、あいつの家の事情だったのではないか?」


 家の事情。それならばミリィにも心当たりは有る。


 いつも買い物に来ていたロナルドは、その気もないのに親が縁談を持って来るとたびたび話していた。その時は単なるお客の愚痴だと思い、ミリィも普通に流していたのだが、そのことが今回の凶行の原因だとするなら、納得できる部分もある。


 望まぬ結婚を強いられていたのは彼の方だった可能性も有るということだ。


「そうですね。それは……確かめないといけない気がします」


「そうか。今度あいつと一緒に狩りに行く約束をしている。ミリィにはその時にあいつの真意を確かめて欲しい」


 無言で頷くミリィ。ヴァルはもう何年も狩りに行っていないとメルから聞いている。


 その彼が、ミリィのためにロナルドを誘って狩りに行こうというのだ。その努力に彼女が答えないわけにはいかない。


「ありがとうございます」


「別に礼をいわれることでもない。俺がしたいようにしているだけだ」


 それでも……その優しさには感謝すべきだ。ミリィは絶対に真相を聞き出すと決意した。 

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