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童貞エルフは笑わない  作者: 紀伊国屋虎辰


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エルフと人と


 相変わらず、ヴァルはコークス商会に居着いてしまっている。

 

 ミリィはというと、毎日のようにエルフの森を訪れてはメルの昔話を聞いていた。


「そういえば、メルさんは旦那さんとは一緒に暮らさないんですか?」


 鍛冶屋さんのお父さんということは鍛冶屋なのだろうが、よくよく考えてみるとミリィはお隣にも関わらず、メルの夫を見たことがなかった。


「今は北海の方で武器や食料を売ってるのよねぇ。一昨年(おととし)までは一緒にいたのだけど」


 北海には周囲に大国こそないが、交通の要衝である。

 周辺各国の私掠船や武装商船が縦横無尽に駆け回り、常に争いが絶えない。


「そうだったんですか?」

 

「ちょっと商売上のトラブルがあってねぇ。どうしても私の力が必要だったのよぉ」


 やはりメルは、自分の不在のためにミリィの家が借金を背負ったことを気にしているようだ。


 そうではあるが、そもそも嵐すらはね()ける魔法の力など、奇跡にも等しい。


 危険な海での商売から夫を守るためであれば、文句など言えるはずがない。


「それよりもぉ、ミリィはあの子のことどう思ってるのぉ?」


「どう……とは?」


「ヴァルのことを男としてどう思っているかよぉ」


 部屋の真ん中にある丸木のテーブルに頬杖をついて、ウキウキした様子でメルは問いかける。


「それは難しいですね」


 即答するミリィ。


 でも、自分にとってヴァルとはどういう存在なのだろう? ミリィは考えてみる。


 仏頂面(ぶっちょうづら)で何を考えているかわからなくて、だけど……とても優しい。

 

 好きか嫌いかでいえば、間違いなく好きだと断言できる。


 でも、それが甘えや依存では無いと言い切れるほど、彼のことは理解できていない気もする。


「ヴァルさんのいうとおり、友人だと思います」


「そっかぁ……」


「そういうメルさんはどうなんですか?」


「そうねぇ。私にとっては大切な弟で大切な人」


 ミリィはヴァルとメルの関係が気になる。


 姉弟というには近すぎ、恋人というには遠すぎる。


「いつでも子供を作ろうっていってるんだけど、あの子は乗り気じゃないのよねぇ」




「うっ……そうなんですね」


 基本的に一夫一婦制では無いエルフにとって複数の異性と関係を持つことは倫理的に悪だとは考えられていないと聞いた。

 

 つい先日も見たばかりだが、死別とはいえ、酒場のマスターと鍛冶屋の若旦那みたいに、父親の違う兄弟も当たり前に存在するのだ。


「う~ん、そのあたりは人間にとっては難しい問題よねぇ。納得する答えが聞きたいなら、私よりもヴァルに尋ねてみた方がいいかも~」


 その後、なんとなく沈黙が続く中、ポンと手を打ってメルが話し始める。


「そうだ。そうだ。ミリィもたまには私の精霊(ふく)を着てみるぅ?」


精霊(それ)って人間でも着られるものなんですか?」


「前にエルフが服を着ない理由は説明したわよねぇ。なにごとも体験よぉ」


 かつてエルフは服を着ないと思われていたが、真実は「()()()()()()()()()()()」である。

エルフは自らの身に精霊をまとうことで、汚れや危険などとは無縁の暮らしをしている。


 人と交流するようになり、服を着るようになった者も多いが、メルのような精霊使いは未だに服を着ないことが多い。


 それでも外に出るときのために、精霊に光の屈折率を操作させることで、空色のドレスをまとっているように視認させることも可能だという。


 ヴァルに怒られるので、メルも最近は精霊に色をつけていることが多くなっている。


「それならいっぺん着てみたいかも」


「それなら服を脱いで、そこに畳んでおいてねぇ。そしたらこちらに手を伸ばすのよぉ」


 ミリィは促されるままに服を脱ぐと、皺にならないようきれいに畳んで近くの竹かごにしまう。


 手を伸ばすと指先にメルの指が触れた。すると、ヌルンと体中を舐め回すように水の塊がミリィの肢体(からだ)にまとわりつく。そしてそれは一瞬でいつもメルが来ているようなワンピースに変化する。


「うわぁ、すごいですねこれ。ほんとうに服になるんだっ!」


 重さなど全く感じないが、透き通る水の皮膜は彼女が普段着ている服となんら代わりのない肌触りで、これならエルフが服を着ない理由も納得できる。

 

「えっ、でもメルさん。これって精霊(ふく)が透けたままなの大丈夫なんですか?」


「うんうん。自分からは何も着てないように見えるのよ~。すごいでしょ~」


 ツリーハウスに差し込む木漏れ日をキラキラと反射する精霊のワンピース。

服の形をしているのはわかるのだが、自分からは何も着ていないように見える。

つまり、自分がメルと初めて出会ったときのように全裸にしか見えない。


「え? え? これ本当に大丈夫なんですか?」


「もちろん大丈夫よぉ。着てるだけでお肌もツヤツヤになるし、暑さも寒さも感じないのよ」


 いわれた通り、とても快適なのだが、やはりこの見た目はどうにかならないだろうか?

いやいや、それよりもこんなところをヴァルに見られたら、どう反応すればいいのだろう?


 ミリィが、狼狽(うろた)えていると、入り口の床板をタァァァン!と踏みつける音が響く。


「二人とも、今……帰っ…………!!!!!」


「え? ヴァルさん?」


 戸口に立つヴァル。


 なんだかすごい形相でこちらを見つめている。


(えええっ? やっぱり何かまずかったの?)


 人間は精霊をまとってはいけないとかそういう掟があるのだろうか?

 

『精霊よ……不透(ふとう)外套(がいとう)となり、その身を包め』


 知らない言葉。おそらくエルフ語でヴァルが呪文を唱えると、ミリィの着る精霊がサーーッと空色に染め上げられていく。


「これはどういうことだ? メル……」


「え? ヴァルさん。どういうことって?」


 普段は全く感情を見通すことのできないヴァルの表情と声は明らかに怒気をはらんだ物だ。


「え~。せっかくだからミリィにも私たちの文化を体験してもらったのよぉ」


「いや。それはいい。精霊を人間に触らせるのは別にいい。だが、透けたままなのは大問題だろう!」


 え? ヴァルは今なんていった?

 透けたまま?

 精霊(ふく)が?

 それはつまり……。


「ええええええええええ~~~っ!」


 見られた! 完全に素っ裸の状態をヴァルに見られた!

 いや、厳密には服は着ているはずだけど、完全に見られた!


「ごめんねぇ。でもこうでもしないと、ミリィにはヴァルの考えてることはわからないでしょ?」


 ペロリと舌を出し、申し訳なさそうに片手をあげるメル。

 そのメルの襟首をヒョイと子猫のようにつまむと、ヴァルはそのまま彼女を持ち上げた。

 

「どういうつもりかはしらんが、人に恥をかかせるような真似はするな」


「もしかして、怒ってる?」


「もしかしなくても怒っている」


(わ、わわ、私はこんなときどうすれば~)


 鉄面皮の彼が初めて見せる表情。

 怒りだけでなく、少々困惑を感じさせる表情でヴァルはメルを見つめていた。


「ミリィ。ごめんなさい……」


 驚くほど素直にメルは謝罪する。

 彼が生まれたときから150年以上ヴァルを見続けてきたメルも、彼が怒るところを初めて見た。


「困らせようとか、そういうのでは無かったのよ!」


「それはわかる、俺を驚かせようとしたのだろう。それならばミリィに全て話すべきだった。エルフと違って人間は素肌を見られることを嫌がるのだろう?」


 いつも悠然としているメルが、ここまで狼狽するのも初めて見る。


「いいんですヴァルさん。精霊を着てみたいっていったのは自分です」


 多少以上の気恥ずかしさはある。だがそれ以上に、いつも仲のよい二人が自分のせいで険悪な雰囲気になるを見るのが辛い。


「俺はメルが人間のように生きたいという思いは尊重する」


 その言葉に、パッと表情が明るくなるメル。


「でも、だからこそ人間の生き方ももっと尊重してほしいんだ」



「……うん」


 そしてまた消え入るように俯くメル。


「ヴァルさん。メルさんは十分に私を大事にしてくれています」


 やり方はともかく、メルはメルなりにミリィとヴァルが仲良くなるために力を貸してくれている。

その気持ちはわかってあげなければと、思う。


「ミリィ……」


「だから今見たことは幻覚か何かだと思ってください」


 ミリィの言葉を聞いて、メルは少し嬉しかった。


 250年生きてきた中で、良い人間も悪い人間もたくさん見てきた。エルフの里の巫女であり世事には疎い彼女は、何度も失敗を繰り返している。それでも目の前にいるミリィのように多くの人間は、彼女を暖かく迎え入れてくれる。


「そうか……ミリィがそういうなら忘れる」


「はいっ!」


 起こってしまった過ちはやり直せない。だけども、大事なのはその先に進む気持ちだろう。


「そうだミリィ。ロナルドのことで話がある。これから俺の家に来てくれないか?」


「わかりました。メルさん。またお茶に誘ってくださいね」


「うん。こんどはイタズラとかしないからねぇ」


 ようやくいつもの調子で返答するメル。


 ヴァルもロナルドと過ごすうちにわかったこともあるのだろう。心して聞かなければと、ミリィは心に決めた。

久々の更新です。よろしくお願いします。

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