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童貞エルフは笑わない  作者: 紀伊国屋虎辰
3/3

若旦那の事情

「コークスさん! なんてことするんですか!」


 事態に気がついたミリィが、二人の間に両手を広げて立ちふさがる。


「どいてくれ! そいつがミリィさんにいかがわしいことをしようとしたんだろ!」


「いいえ。ヴァルさんは私を助けてくれたんです」


「俺が……話そう」


 メルを背負ったまま、ヴァルはロナルドの前に進み出る。


「始めに、婚約はお前から持ちかけてミリィの了承がない以上、お前はミリィの婚約者ではない」


「ぐっ……」


 ヴァルのいうとおり、結婚の話を持ちかけた時点でミリィは飛び出してしまったので、正式には婚約者ではない。


「次に、ミリィと自分は友人だ。友人にいかがわしいことをする理由はない」


「本当なのか? ミリィさん」


「少なくともあなたよりは、ヴァルさんはよっぽど誠実な人です!」


「だけど、君の家の借金を無くせば生活も楽になるだろ? 僕は君のことを思って……」


「それでも、それを結婚の条件にするとかあんまりじゃないですか? あなたがそんな人だとは思いませんでした!」


 ロナルドはなんとかその場を取り繕おうとするが、ミリィの怒りは収まらない。その様子を見て、ヴァルがミリィに尋ねた。


「ミリィ。お前の家の借金はいくらくらいだった?」


「えっと、金貨十ニ万枚くらいです」


 金貨十ニ万枚といえば、大きな屋敷が一軒建つくらいの金額だ。ミリィの家の売り上げでは完済するのに十年近くかかるだろう。


「ロナルド。お前のいうことが正しいのなら、俺がその十二万枚を払おう。その代わり、ミリィに求婚する権利も譲ってもらう。異存はないな?」


「な、おまえは何を言ってるんだ! そんなことが許されるわけがっ!!」


 言いかけて、ロナルドはそれ以上言葉を紡ぐことはできなくなった。たしかにヴァルの言うとおり、お金で求婚する権利が買えるなら、ヴァルに求婚する権利を譲らなければならない。しかも目の前のヴァ=ルダというエルフの作る彫像は安くても金貨数十枚。それを50年も売り続けているのだから当然お金を用意することも可能だろう。


「自分が何をしたのか理解できたか? お前は金で人の人生を買おうとした。そんな奴に友人を渡すほど、俺の性根(しょうね)は腐っていない」


「コークスさん。今日は帰ってください」


「くっ。畜生。僕は諦めないからな」


 名残惜しそうに何度も振り返りながら、ロナルドは隣町の方に歩いて行く。


「ふぅん、求婚する権利を譲ってもらう。ねぇ」


 ヴァルの背にしがみついたまま、目を覚ましたメルは冷やかすようにそういった。


「メル? 起きていたのか?」


「起きていたのかじゃないわよ。あんな大声で話してたら嫌でも目が覚めるわぁ」


「すみません。私のせいでこんな騒ぎに巻き込んでしまって」


「そうねぇ。でも、ちょっと見た感じ、あの若旦那はお金で無理矢理結婚とかいわなそうなのよねぇ」


「メルさんもそう思われますか?」


「そう。とは、ミリィもそう思うのか?」


「はい。コークス商会は薪や食品なんかを手広く扱っています。だから貴族や富裕な商人との取引も多くて、贈答用の花をいつもうちで買ってくれていたんです」


 ミリィの怒りはロナルドに裏切られたことに対する怒りだった。常連客だった頃の彼は、もっと誠実で借金のかたに結婚を要求する人間とは思えなかったからだ。


「その時はあんなんじゃなかったのよねぇ?」


「はい。礼儀正しくて、手伝いに来てくれる近所の人にも優しくて、真面目そうな人でした」


「ヴァルはどう思う?」


「俺は賢明ではないので、一目見ただけでは判断はできない。ただ、本気でミリィの身を案じていなければ、いきなり殴りかかってきたりはしないだろう」


 当事者でないだけに、メルは冷静に考える。さっきの様子からすると、ロナルドは隙を見せたから豹変というタイプでもなさそうだし、酒場での話を聞いて隣町からすっ飛んでくるくらいにはミリィのことを気にかけている。しかし、一度相手の態度に疑念を持ったからには、ミリィは彼を信じないだろう。


「これは一度確かめてみる必要がありそうねぇ」


「何をだ?」


「あの若旦那の気持ちをね。ミリィはそれでいいかしらぁ?」


「はい。それでかまいません。お断りするにしても、きちんと説明してほしいです」


「そういうわけでヴァル。お願いね」


「え? ヴァルさん。なんで?」


 てっきり話の流れから、メルがロナルドの気持ちを問いただすのかと思っていたが、彼女はヴァルに話を振り、しかも何も聞かずにヴァルは承諾してしまった。もしかしてエルフには人間に関知できない念話とかそういう手段があるのだろうか?


「わかった。善処する。こう見えて狩りは得意だ」


「あくまでも見守るだけよ。狩っちゃダメよぉ」


 どうやら違ったようだ。どう考えても安心できる会話の流れではない。


「これは私の問題です。私が解決します」


「いやねぇ。ミリィ。これはもう()()()の問題なのよ」


 少しだけ真剣な表情のメル。


「あの男は俺に手を出した。一応、法の取り決めでは、人間支配地域の外での暴力に対しては、エルフは人間の法に従わずに報復を行う権利が保障されている」


「え? そんな大事(おおごと)に?」


「最初からエルフに危害を加えることが目的だったわけではないだろう。それでも俺が話を着けなければ、我々は争わなくてはならない」


 ミリィはよく知らなかったが、人とエルフが共に暮らすために定められた『町ではエルフは人の法に、森では人はエルフの法に従う』というただ一つの盟約によって、二つの種族は共存してきた。


 いきがかりとはいえ、ロナルドはそれを超える行為をしてしまった。それ故、矛を収めるには殴られたヴァルが解決せねばならない。


「そんな深刻そうな顔はな~し。ヴァルなら絶対に上手くやるわ。だって私の自慢の弟だものぉ」


 ヴァルの背中にがっしりとしがみついたまま、メルは嬉しそうにそういった。


「わかりました。お二人を信じます」


 そして、村はずれで二人を見送ると、ミリィは帰途に着いた。

何もないことを祈らずにはいられない。


*******************************


 翌朝、ロナルド・コークスは自室のドアをノックする使用人の大声にたたき起こされる。

 ミリィのことやエルフのことで頭が不安でいっぱいだった。

 あまり眠れなかったので、寝不足気味の目を擦り、何事かと尋ねる。


「坊ちゃま、大変でございます。お、お、お、表にエ、エ、エ、エルフが!」


「なんだって!」 


 圧倒的な勢いで血の気が引いて一気に目が醒める。

 重くて頑丈な鎧戸を押し開けて家の裏から見える丘を見ると。


 そ こ に は あ の エ ル フ が 立 っ て い た !!


 死に神のような目つき、瞬きもせず直立不動で、腕組みをした筋骨隆々(ゴリマッチョ)のエルフが、

ジッとこちらを眺めている。恐ろしさに思わずロナルドは身を隠す。


(まさか、昨日の復讐に来たのか?)


 怒りに我を忘れて殴りかかったはいいが、そこが人間のエルフとの緩衝地帯であることを思いだし、ロナルドは軽率なことをしたと思い悩んでいた。

 その結果がこれである。エルフは皆が弓の名手で、しかも精霊魔法を使う者も多くいる。

これで決闘を申し込まれたらどうしよう? 殴ってもビクともしなかった相手だぞ。

あの太い腕で(くび)り殺されるのではないか?

ロナルドとの結婚を望まないミリィが、これ幸いにとヴァルに頼んだとしたら?

嫌な想像ばかりがグルグルと頭の中を巡る。


(いやいやい。ミリィさんはそんな暴力に訴えるような人じゃない。それに見ろ、あのエルフは丸腰じゃないか)


 必死に心を落ち着けようと自分に言い聞かせ、もう一度表を見る。

そこにはすでにヴァルは居なかった。


「居なくなったのか? なんだったんだ。あいつ……」


 ふぅ~と深く安堵のため息を吐く。


 バァァァァンッ!


 ロナルドの部屋の窓枠にけたたましい音とともに誰かの手が見えた。

大きく黒い影がひるがえると、目の前にさっきまで丘の上にいたエルフ(ヴァル)が現れた。


「どうやら、起きたようだな」


 ギロリとロナルドを見下ろしヴァルはいう。ここは二階なのにこのエルフは意にも介さずに侵入してきた。自分はここで殺されるかもしれないと思いながらも、ロナルドは必死に勇気を振り絞る。


「ヒィィ、い、いっ一体何をしに来たんだ?」


「様子を……見に来た」


 それだけ告げると、ヴァルはこの部屋の主であるかのように椅子に腰掛ける。

背嚢(リュック)からマックを取り出し、モソモソと食べ始める。


「ミリィさんに頼まれたのか?」


「いいや。俺の意思だ。なぜミリィを傷つけるような真似をした?」


「それは、いえない。ただミリィさんの意思を確認しなかったことは僕の落ち度だ」


「理由を聞くまでは、俺も帰るわけにはいかない。しばらくお前を見ているぞ」


「おい。ちょっと待ってくれ。僕にも生活があるんだぞ。そんなことをされたら困る」


「迷惑はかけん。それに野営(キャンプ)の用意もある。求婚の理由を教えてくれたら俺も帰ろう」


 それは究極の選択だ。ロナルドは今回の求婚の理由をミリィには知られたくないと思っている。

 だが、それを伝えなければこの恐ろしいエルフはずっと居座るといっている。


(だが、待てよ? さすがに何日もというわけにはいくまい。数日やり過ごせばあきらめて帰るのではないか?)


 それは名案に思えた。


「わかった。話すつもりはないが、好きにしろ」


 それで全てが解決するはずだった。だったのだが……。


 ヴァルは帰らなかった。昼間に商店で仕事をしている間も、客の元へ商談に出向く時も、それこそ朝から晩まで、あらゆる場所にヴァルは立っていた。

 直立不動で腕組みをしたまま彫像のように微動だにしない。

 話しかけもせず、ただただ見つめ続ける。

 それが一週間続いたのだ。色々詮索されるよりも余程恐ろしい。


「おい、エルフ。お前はいったい何をしているんだ?」


 ついに痺れを切らしてロナルドはヴァルに訪ねる。


「おはようからおやすみまでお前の暮らしを見つめている」


 だからといって獲物を狙うライオンのように、何日も待ち続けられるものか?


「そんなことをして何になるんだ?」


「お前は誠実だっというミリィの言葉を信じた。だからそれを確かめている」


「僕が誠実だって? ミリィさんはそういったのか?」


「そうだ。だから俺はお前があんな無神経なことをした理由が知りたい」


「いえない。少なくとも今はいうつもりはない」


 ロナルドは求婚の理由(それ)を知られるのだけは駄目だと思っている。

 このエルフ(ヴァル)は、見た目ほど恐ろしい奴では無さそうだが、それでも知られたくないこともある。


「わかった。俺はヴァ=ルダ。お前ではなくヴァルと呼んでくれればいい。もうしばらくお前の様子を見ている」


「僕もお前ではなくてロナルドだ。ヴァル、見ているのは構わないが迷惑だけはかけるなよ?」


「承知した」


 こうしてしばらくの間、コークス商会に奇妙な客人が居座ることになった。

お待たせしました。童貞エルフの続きになります。次回はミリィとの嬉し恥ずかしハプニング回です。気長にお付き合いください。

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