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ドン引きな話

 

「たしかにこの人は、あなた達の世界に居たかもしれない。だが、元々はこちらの世界の人だ。巻き込まないでもらおうか」


 久しぶりに旦那さまの王さまモードの声を聞いたな。怒ってる?

 そして相変わらず監視していたな?


 その場にいた十数人が全員凍った。

「どこから……」という呟きが漏れる。


「私は何処からでも飛んでくるよ。この人のためなら。影ならば自由自在にどこへでも行けるから。あなたたちの事は認識している。不幸だとは思う。だけど、この人を巻き込むのは止めてもらおう」


 突き放すように言う。怒ってる? それとも……焦っている?


 所長のハルクさんが意を決したように前に出て言った。

「その人は私たちの世界から来た人です。彼女は私たちと一緒に元の世界に帰る権利があります。もともと何かの間違いでこちらの世界に来てしまっただけなのですから」


 その言葉に珍しく苛々した様子になって旦那さまが答えた。

「彼女は間違いではない。元々はこちらの世界の人だと言っただろう。彼女は帰って来たに過ぎない。元の世界に帰るなら、あなたたちだけで帰ればよかろう。この人は置いてゆけ。関係ない」


「関係ないことはありません! 彼女だって帰りたいでしょう! あちらには家族も友達もいるんですよ! それを取り上げる権利はあなたにはない」

 思わずという風に所長が叫ぶ。


 そして旦那さまから冷気が……いやちょっと怖いんですけど。


 ええと、私、別に帰りたいとは思っていませんが。

 ええ。私がそう言うまで、背中からの冷気が止まらなかったのです。凍るかと思ったよー。はあ寒かった……。

 ちょっと旦那さま、必死すぎでは。


 ねえ、整理しよう? ついでに私の頭の中もね?

 放っておくと永遠に会話が平行線になる気がするのよ。



 椅子が足りなかったのでみんなが各々で自分の椅子を持ち込んで、急遽腰を据えての話し合いです。


 まあ、整理すると。

「落っこちて来た」、「進んだ世界」の人たちは、ここを中心にしてネットワークを築いて、今現在元の世界に戻る方法を模索している。

 その方法はまだ発見されてはいない。

 全員が帰りたい訳ではない。残ってもいい人はいる。

 その人たちは、逆にあちらの世界の人を呼んできたい。


 呼んできたい?

 びっくりしていたら、若い技術者風の人が熱く語り始めた。

 ここには技術がないのです。電気を作り、工業化をはかり、工業製品を普及させたら、この世界はとても便利になると思いませんか? そのためには、技術と知識のある人が沢山必要なのです。あなたもテレビをつけようと、努力されていましたよね? そのような娯楽がここにもあったら素晴らしいと思いませんか?


 あ、バレてた……テレビつけようとポチポチしてたの。


 でも、無いなら無いで、別に困ってはいなかったんだよね。

 このエンジニアらしき人の熱意もわかるけど……。

 いろいろ便利なのもわかるけど……。


「自由に行き来ができるようになれば、そのような事も可能になると考えています。感覚としてはこちらの世界に出張してもらう感じでしょうか。そして私たちも家族に会いに行くことができる。私たちの悲願です」


 ええ、そんな気軽に行き来なんて出来るの?

「そこの方がおっしゃることが本当ならば、あなたは二回転移していることになります。偶然では有り得ない確率でしょう。研究する価値は大いにあります。ご協力いただけませんか?」


 ええー……なんにも記憶が無いんだよう。気がついたらもうこっちにいたんだよう。なんにも力にはなれなさそうだよ?


 ちらっと旦那さまを見ると。あら、眉間に深ーいシワがくっきり刻まれていた。


 期待の目を向ける人々と、ものすごく渋面の旦那さま。


 しばしの視線の衝突の末、渋々といった感じで旦那さまが口を開いた。


「こちらの世界の人たちが、そのテレビとやらを必要としているようには思えない。こちらにはこちらの文化があり、そちらの文化を持ってくることには違和感がある。私は反対だな。こちらの人たちが今不幸なわけではない」


 そうなんだよね……。別に私も今、テレビが欲しいわけではない。トースターだって、別にいらない。この国にはこの国の生活の仕方がもうあるのだ。あればちょっと見てみようかとは思うけれど、必要かと言われたら、別に必要ではない。


「それに、自由に行き来する話だが、多分無理だろう」


 あちらの人たちがザワッと動揺した。気持ちはわかる。悲願だって言っていたのに、断言されるのはキツい。


「私は今から約百五十年前に、セシルの魂があなた達の元いた世界にいるのを見つけたのだ。たまにこの世界が、一瞬別の世界に一部が繋がる現象には気づいていた。だが人が通れるほどの隙間が出来るのは、そしてそこにたまたま人がいて移動してしまう現象は本当に希なんだよ。ただし、無いわけではない。セシルも多分、その隙間を(くぐ)って、魂があちらの世界に行ってしまったんだろう」


 魔力の無い世界に行きたがっていたからね。

 そう言って旦那さまは私を見た。

 そういえば、魔力なんていらないと思っていたわね。魔力のない、普通の人になりたいと。魂になって、するっと行っちゃったのか? 私。


「やがてあちらの世界でセシルの魂は人として生まれ、そして育っていった。この世界の記憶があったのかはわからない。だけど、魔力は無いようだった。私はたまに開く隙間から、一瞬覗き見ることしかできなかった。そして、どうやったら彼女をこちらに帰すことができるのか考えた。だが、私の魔力と知識を持ってしても、何も方法が見つからなかった」


 うーん、なんだか話が、怖いぞ……。それ、ストーk……。

 いや考えるのはやめよう。


「私は考えた末に隙間を再び通す他ないと結論して、ほとんどの時間を眠りながら、大きな隙間が開くのを待った。開く兆候が出たらすぐ起きられるようにして。なぜなら私の力では開けなかったから。そしてやっと人が通れるような隙間が彼女の近くで開く時が来たとき、私は私の全力で彼女をこちら側に引っ張ったのだ。だが、意図的に人間を通そうとするのは物凄く困難だった。時空の圧がとんでもなく高いのだ。この国一番の魔力があるはずの私が、全力を出しきらなければならなかった。だからなんとか彼女をこちらの世界に戻しはしたけれど、またそのあと五十年ほどは眠らなければならなかった。あんなことはそう何度も出来ることではない」


 えっと、それ……。

 勝手にやった? 私の意思関係なく。ええぇ……。


「いや君も私の手を取ったじゃないか……」

 あれ? そうだったの?

「そもそも君がそんな隙間を(くぐ)らなければ良かったんだ」って、恨めしげにこっちを見られても……。


 しかし時空を超えて逃避する私も私かもしれないけれど、それを追いかけてくるあなたもあなたよね。こわいわ。いろいろな面で魔力がありすぎだよ、私たち。


 これ、普通に魔力がなければ、恋人が自棄になって自殺しようとしているのを、食い止めるために必死に追いかけて連れ戻す人、くらいの、まああってもおかしくはない話でしょ。なのに、なんでこんなにスケールが大きくなっちゃっているんだよ……。呆れる……。


 そしてそんなドン引きの話を聞いて、ドン引いている「あちらの世界」の人たち……いや、ドン引きではなくて、落胆?

 まあ、彼らにとってはこんなバカップルの痴話喧嘩より戻れなさそうという事実の方が重いのだ。そりゃそうだ。


 自称国一番の魔力持ちと言う人が寝込むほどの事態。なんとなく無理っぽい。そう理解するだけで十分悲しいだろう。


 沈黙が流れる。


 旦那さまがビクビクこちらを見ているが、少しは引かれる自覚はあるのか。

 引いてるよ。何やってるんだよ。怖いよ、あなた。こんなことでもなかったら私の記憶が無いのをいいことに、きっと本当は言いたくなかったな?


 まあ、普通は出来ないから諦めるよね。どうしようもなかったら。

 でも出来てしまう力があったら。

 やりたくなってしまうのか? うーん。


 まあ、結果は。

 私は魔力の無い世界で育ちなおし、今度は病まずに大人になった。

 きっと普通の人として育ったのだろう。念願だった平々凡々な人として。今こんなに能天気ということは、きっと幸せに育ったのだろう。ありがとう、きっといるであろうあちらの家族たち。で、戻ってきてしまったと。戻されたというか。



 その場の全員が沈黙してしまったとき、新たな声が割って入ってきた。


「話は聞いた。残念だが。それでは前向きな話をしようか」


 は? 国王? なぜここに?

 なんで他の人たちは驚かないの?


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