落っこちた人たち
前回王宮に来たときと、決定的に違うのは。
私に警護の人がついてます。そしてそのせいか、貴族の人が誰一人近寄ってきません。
いやあ、立派な珍獣の出来上がりです。
王族かと見紛うような絢爛豪華なドレスを着て、警護の人に囲まれる、世間では見ないような銀髪の女。うん、まあ珍獣だね。
お陰さまで貴族の方々からは遠巻きに眺められているだけです。すごい怯えられている気さえします。前回の苦労はどこに行ったんでしょうね。同じ人間だというのはみんな知っているのにね。
いやあ、肩書きって、スゴイデスネ。
まあ、連行されているのには変わらないので、私も偉そうにしつつも籠の鳥ですが。
朝起きて、ようやく帰れるかと希望を持ってはみたものの、やっぱりぞくぞくと面会のお申し出が。押しの強い第三王子が伝書鳩のようにお取り次ぎされるので、なかなかお断りできない私、弱いのか仕方がないのか……。
午前中はなぜか大臣の方々に次々ご挨拶されてしまいました。まあ、顔を繋いでご機嫌をとって、政府に敵意がないことを龍に知らせて、そして出来たら龍に味方になってほしい。そんなところでした。感情が読めるって楽。なるほどおっさんの言うとおり。嘘もおべっかもお見通しだ。
「龍は気まぐれですから、私ではなんとも……あまりしつこく頼むと怒るかもしれませんし」と困った顔で押し通しましたよ。なにも約束はしない。それが基本。シュターフでの打ち合わせどおり。
だが、そんな大臣のセシル参りも終わった今つまり午後、どこに連れていかれているんだろう?
てくてくてくてく。
あいかわらず王宮広いな。
そんなことを思っているうちに、王宮の中心を抜け、奥へ進み、そして突き抜け。え? 突き抜け?
そして王宮よりも更に奥にある大きな建物に連れていかれました。
王が住む王宮より奥って、なに?
そこは大きな、四角い建物。
その中の一室に導かれ、そして待たされました。
その部屋にはなにやらイロイロなアイテムが満載で。一見非常にハイテクなのに、その実はハリボテという物たちがごろごろ転がっていた。
「始めまして、私がこの科学技術研究所の所長のハルクと申します」
そう言って握手の手を差し出したのは、白衣を着た年配の白髪もフサフサな老紳士でした。
科学? 技術? このハリボテが?
顔に盛大にハテナマークを浮かばせながら、次の台詞を待つ。
「えー、セシルさんでよろしいですか? 早速ですが、お聞きしてもよろしいでしょうか」
そう言ってハリボテのひとつを指差した。
「これは何に見えますか?」
え、携帯電話? のハリボテ。
「これは?」
え、トースター?
パソコン。車。トラック。テレビ。スピーカー。カメラ。
聞かれるままに答えていく。用途を聞かれるからそれも答える。
いくつか知らないものもあったが、だいたいわかる。
でも全部ハリボテ。動かない。
でもなんだろう、ざわざわするよ。
なんだろう、この、違和感。
「あなたは龍を操る魔術師だとお聞きしましたが、なぜこれらをご存知なのでしょう?」
え? なぜって、普通に知っているものだから。でも、嫌な予感がする。
「これらは、この世界には、本来存在しないものですよ?」
……………………やっぱり?
そうだよね……旅をしていて一度も見たことなかったもの。なのに、なんだろう、このしっくりくる感じ。私はこのハリボテのモデルになっているモノたちを知っている。
「あなたはどこの国の方でしたか?」
それ、アトラとか言っちゃいけないやつだよね?
「転移」
しかも全く違う世界からの。
どうやらふとした拍子に別々に存在するらしい二つの世界が繋がって、運の悪いあっちの人間がこっちの世界に落っこちてくることがある。
らしい。
誰にも真相はわからない。いつ起こるかもわからない。どこで起こるかもわからない。ただ、たまに、あっちから落っこちてくる人がいる。
国はそんな人たちをこのハリボテを使って見つけ出し、密かに保護しているらしい。
このハリボテが何かを知っている人間。つまり、あっちの世界から来た人。
ということになる。
え? わたしは?
今、保護されたってこと?
どうやら私はスタンドの電気を当たり前のようにつけたことで疑われ、貴賓室で確認され、そして今、テストを受けたということらしい。あのスタンド、罠だったったってことですか。そして捕獲されてしまったと。
棒立ちになって混乱している私に所長が言う。
「あなたはここに有るものがわかって、そして用途も知っている。紛れもなくあなたはここで言う『進んだ世界』の人間です。でもその世界に居たときの記憶が、どうやら無いのですね?」
はい全く。まあここでの記憶も怪しいですけどね。
「たまにこちらに落ちてきたショックで記憶があいまいになったり、記憶喪失になるケースも無いわけではありません。ですが、私があなたを『進んだ世界』の人間だと断言します。ようこそ、私たちの社会へ」
所長がそう言うのと同時に何人もの人がわらわらと部屋に入ってきた。なんだか国際色豊かというか、いろいろな人がいる。老若男女見事にバラバラ。
そしてみんなが口々に言った。不安だったでしょう? もう大丈夫。ここには仲間がたくさんいるからね。もう偽らなくていいんだよ。一緒にがんばろうね。いろんな人種が混ざっているのに、なぜか言葉はこの国の言葉で、不思議。いやそうじゃなくて。
ええ? なんか勝手に仲間になっちゃったよ? なんで? なんなの、ここ。なんの集団なの!?
これ全員「落っこちてきた人」たちなの!?
「もう魔術師のフリをしなくていいんですよ。ここではあなたは本来の姿で生活をしていいんです。思い出を語っても、家族を思って泣いてもいいんです。みんな仲間ですから」
優しげに言い聞かせるような所長の言葉にみんなウンウン頷いているけれど、え?
思い出とか無いんですが。むしろ違う思い出しかないんですが?
なんか新興宗教みたいだ、と思った私は、やっぱりその『進んだ世界』とやらの人だとういうことなの……? 新興宗教、そういえばこの世界にはなかったな……。
そんな混乱して無言で棒立ちしている私は、後ろから突然抱き締めかれた。
あ、旦那さま。影かな? もう振り返らなくてもわかるようになったよ。
でもちょっと苦しいよ? そしてこの周りの人たちの怯えた様子……。
あら、睨んでいるのね? だんなさま?