私は
豪華な家紋入りのナディア家の馬車の中。これでもかとお金をかけた豪華なドレスを着た私が、優雅に揺られている。
どうしてこうなった。いや知ってるけど。
私に似合うのは旅装束だと思うのよね。記憶の最初から、私が着ていたのは旅装束しかないからねえ。地味で動きやすくて良い服だった。
優雅に扇子で扇ぎながら言うことでもないんだけどさ?
目の前のシャドウさんもとい旦那さまの影が、同情の眼差しでこちらを見ながら言った。
「まあ、しようがないよねえ。その髪の色は目立つからね。魔術で変えたとしても、一生誤魔化して生きるのも辛いだろう? 龍たちだって、隠れていろって言ったっていつ暴れだすかわからないしね。もう堂々とするのが一番楽なんだよ。だからもう、あきらめなさい」
そう言う旦那さまもため息をついているんですが。旦那さまも苦労したんだろうな。きっと今まで色々経験してきた結果導きだした結論なんだろう。
「とりあえず、今までの打ち合わせのおさらいはしておいて、あとは『海の女神』であり『古のセシル』として、国民を落胆させることは極力避けてあげて欲しい。それだけ意識の隅にあればあとは自由にしていいから。どうしても私は、昔の王だった時の意識が完全には抜けないみたいなのでね」
ちょっと寂しげに微笑む旦那さま、いやここは『月の王』か。
そうだね。もう当時の『月の王』を知っている人は誰もいない。彼だけが一人ぼっちで過去を背負っているのだろう。捨てられない記憶、そして王として国民を大切に思う気持ち。今はもう他に王がいるというのに。それでも大切に思ってしまうのだったら、私も大切にしよう。絶大な『月の王』の伝説への人気は今や一人歩きして、生身の人間が体現するのは厳しかろうが、そのイメージを壊して国中を落胆させたくはないのだろう。そして『海の女神』も。
その結果のこの豪華絢爛な状態ですが。ええ、甘んじて受け入れますよ。そんな事情なのでね。
さようなら、シエル。身軽で能天気で楽しかった日々よ。
シュターフ領の広範囲で目撃された五頭の龍は、瞬く間に国中の話題をさらった。
いいですか、ここで大事なのは、五頭だったことです。そう、『月の王』の時代にも全く姿を現さずに行方がわかっていなかった、風龍も居たのです。伝説の龍が全部揃ってドッタンバッタン大騒ぎしたあげくに解散したのだから、そりゃあ憶測だの噂だの尾ひれ腹ひれ、たいへんな騒ぎです。
良いこともありました。おかげで例のトゲを抜いたあとの天変地異あれやこれや全部、龍が復活した衝撃で、龍がやったんじゃしょうがないよねーな空気になってます。カイロスのおっさん的には万々歳ですね。叔父さんの所業、見事にウヤムヤ。
もちろん悪いこともありますよ。
王宮の王さまから至急報告せよとお呼びだしです。あちらの王様としてはそりゃあ至急どうにかしないといけない案件でしょう。わかる。自分の権威が龍に食われているのだから。龍と、そして龍の後ろにいる魔術師に。
国民はみんな龍が大好き。
そうつまり龍と私たち、只今国民の人気が暴上がり中です。ふう……。ため息しか出ねえ。
そして。水龍と風龍がついている人間は、『セシルの再来』のままよりは事実を公表するのがよかろうという政治的な判断で、『セシルの再来』は『セシルの生まれ変わりだった! つまり蘇ったのだー』とかなんとか、火龍がついている、実質魔術師のトップのシュターフ領主が正式に発表したのでした。
え? 私の意思? 希望? どっこにも入ってないよ? 相変わらず勝手に流れるように決まっていったよ。でも、しょうがないよねえ? そろそろ隠れてはいられないのは感じているよ。さすがにオオゴトになりすぎだ。嘘ではないので、もう、あきらめるしか……。そして冒頭の状態に。
「旦那さまも一緒に行きませんかね?」
地龍と緑龍の王ですよ、同罪よね? と言ったんですが。
「二人で行ってなにか罠があるかもしれないから、ちょっと慎重になりたいよねえ。あの王族だけは感情が読めないから、警戒はしておきたい。今の王の思惑や考えが今のところ全く情報がなくてね。私たちをどうしたいのか全くわからないんだよね。あと、ちょっと気になることもあってね……調べようと思っている。なので一人で寂しいかもしれないけれど、王宮の方はよろしくね」
そう言って旦那さま本体は帰って行ってしまったのでした。まあまだ寝ていたのを飛び起きて来てくれただけだったしね。影が馬車の中だけでも付き添ってくれていることに感謝するよ。
え? おっさん? おっさんは混乱しているシュターフ領の政務に専念してハナレラレマセン。セシルに説明させます、とのことでした。ええ、私ひとりぼっち。しくしくしく。
まあ、仕方ない。腹を括りました。龍たちが離れる気が無い以上、もうきっと逃げられない。そして逃げもすまい。私はセシル。海の女神と呼ばれる人。……いいのか私で。そう思わなくはないけれど。
元王族の妻ということで、それはそれは華美なお衣装も用意してもらいました。お財布は旦那さまです。旦那さま、元々国一番の大金持ちだったのに、三百年も寝ている間に利息が利息を呼んで何倍にも膨らんでもう、いくらあるのかわからないらしいです。国が買えそう。
とりあえず王への報告内容は、念入りに打ち合わせと練習をしていざ本番へ。余計なことは言わないように! 馬車のなかでも旦那さま(影)と復習したし。
王宮の目の前で、豪華な家紋入りの馬車からしずしずと降りる、豪華絢爛な宝石とドレス姿の銀髪の女、それが私。お顔の地味さは衣装と髪で多少誤魔化されていることを願う。威厳は大事。キラッキラだ!
そして今ごろになってかつてのナディア家の貴族教育が発揮される。侯爵夫人教育ありがとう。頑張って偉そうなオーラを出すよ!
お迎えの王宮側の人々が一斉に頭を下げる。
そう、私は旧王家の王妃。元王が生存するとわかった以上、そしてその元王がいまだに絶大な人気がある以上、現王家は私たちをおろそかに扱えないのだ。
静かに頷いて、私は歩き始める。
周りの人たちの思惑や感情が、かけたはずの防御の魔術を飛び越えてくるが、まあだいたい想像の範囲内。嫌な気持ちにはなってももう泣かないよ。
私たちは少数派の魔術師。現王朝の監視下で生き延びなければならない。そのためには足元を掬われてはいけないのだ。
強くなれ。私。もう大人になった今、自分の足で進むのだ。
そして私は王宮に入って行った。
しっかし、慣れない宝石と衣装が重いよー……。しくしくしく。





