昔の私と今の私
私が必死に2龍をなだめて、龍たち、特につっかかっていたセレンが疲れて根負けしてやっと落ち着いたころ。
「ところでそこの今までシエルだった彼女ですが、なぜ名前がセシルだとおっしゃるんですか? たしか古のセシルは黒髪ではなかったはずです。それとも偶然名前が同じということですか?」
師匠の質問攻めが始まりました。やっぱりね……。
あれ? 私、昔の髪の色何色だった……? ん? 茶色、かな? そういえば。
「ああ、彼女の魂がセシルのままだからだよ。昔、彼女の命が尽きようとしていたときに、魂まで消えそうになっていたのを私が無理矢理魔術でこの世に残したんだ。そして蘇ったところを見つけた。だから彼女はセシルなんだよ。髪の色が変わろうとも、中身は昔のセシルのままだし、魔力も変わらない。彼女自身はなにも変わっていない」
そう言ってだんなさまが私をウットリ見つめるんだけれど。
冷静に考えると言っていることが怖いんですが。残したってなんだ。蘇るとか見つけたとかも。
「私が……?」
師匠が?マークを顔に浮かべる。
「私?」
「そう。私。セシルの魂がセシルの全魔力を使って消えようとするものだから、魂だけでも残すのに私も魔力を使い果たしてしまってね、その後百年くらい眠らなければならなくなってしまったけれど。でもあの時の努力が報われて本当によかった」
え? それ、よかったの? 国は? 国はどうしたの。王さまだったじゃないか。本人、なにうっとりしているんだよ。
「ん? ああ、眠ったのは、もちろんすぐにではなかったよ? ただ魔力が一時的に枯渇してしまったからね。休もうと思って。ちゃんと私が休んでいる間の後継も決めて、いろいろ決め事も全部決めて、百年くらい寝ていても大丈夫なようにしたはずだったんだけどねえ。起きたらなんか違う一族が王になっていて、ちょっと驚いたよね。何があったのかは知らないが、まあ王朝なんて永遠とは限らないから、しようがないよねえ」
ええ……それでいいの? 王さまだったんでしょうが……。
「え? でも、セシルが居なくては、王なんて虚しいだけじゃないか。それとも君は王ではない私は嫌いかい?」
って、尻尾と耳シュンとさせない。いやいや、女一人に国を疎かにしてはいけないと、思いませんか?
「うーん、疎かにしたつもりはないのだけど……。本当にどうしてだろうねえ? 後継に指名した子もすごく魔力のある子でやる気もあったから、彼なら大丈夫だと安心していたんだよ。サポートする大臣たちもみんな裏切るような人たちではなかった。なのに彼らはどうしてしまったんだろう?」
静かに首を捻る元王さまの姿。
あらまあ……。
「まあ、正直に言えば、セシルさえいれば、王かどうかなんてどうでもいいかな。私は今は幸せだよ? さすがにちょっと無理矢理すぎるかなとは思ったけれど、やっぱり最初に結婚の契約を結んでしまってよかったな。君も誓ってくれたしね」
ニコニコニコ。そして尻尾もフリフリフリ。
いやあなた、権力に未練無さすぎでは? いくらなりたかったわけではなくてもさ。びっくりするほど清清しい笑顔だな。
「で、お前は、古のセシルの自覚はあるのかよ?」
あ、おっさんがちょっと復活してきた。
「あー、ちょっとだけ? 一部記憶が戻ったみたいで……はい、すごく最近……デス……」
黙っていた後ろめたさでちょっと歯切れが悪くなる。
「蘇るって、どうやるんですか? 復活の魔術が存在するんでしょうか?」
わあ、師匠あいかわらずー。ブレないな!
旦那さまは「いや、復活は私がさせたわけではないから……」
と困り顔だ。
え? 私? そこら辺は全く記憶がありません。すみません。
で、オマエ、伝説の『月の王』本人ってわけか。
そう言うおっさんに、旦那さまは。
なんか寝て起きたら伝説になっていて驚いたよね? と笑っていた。
師匠の視線が最高に熱くなったのは言うまでもない。
部屋に旦那さまと戻ったあと。
旦那さまは私の手をとって心配そうに聞いてきた。
「本当に大丈夫? 辛くないかい?」
ん? 別になんとも?
「そうか、よかった。心配していたんだよ」
へ?
と、なったので、旦那さまは説明してくれました。
曰く。
昔のセシルは悩んでいて、そしてよく泣いていたこと。
自分の魔力をコントロール出来なくて、振り回されていたこと。
情報も与えられず、いつも不安がっていたこと。なのに人の感情だけは洪水のように流れ込んできて。
寄り添ってくれる人もいなくて、精神的に不安定になっていたと。
風龍に関しても、私の予想通りだった。1龍でも手に負えないのに2龍なんて。どうやら当時は半狂乱になって拒否したようで。
だから旦那さまは、風龍と契約してしまった時には私が昔を思い出して、また死にたくなるんじゃないかと心配してくれたらしい。だからあの抱擁だったのか。昔セシルを失ったのがトラウマになってるな、この人。またセシルが死ぬかも、そう思って本体が飛び起きて、飛んできてくれたらしい。私、愛されてるわね?
しかし昔のセシル、完全に自分の能力と周りの人に振り回されていたんだな。
うーん。
"お願い私を放っておいて。普通の人でありたいの"
記憶のある限り常にわき出していたこの思い、昔のセシルのものだったか。
なるほど。
「でも今の君は強くなったね」
旦那さまが嬉しそうに私を見つめる。
そうね? 何故かはわからないけれど、結構能天気にしてるわね。
昔のセシルは可哀想だとは思う。もう一度その人生を送りたいかと言われればまっぴらごめんだ。だけど今、当時の周りの人たちを責める気になれない自分もいる。しょうがないよね。
みんな自分のために必死で生きているのだ。得体の知れないものを込みで、他人をまるごと愛するなんて、たとえ出来なくても責められない。
そして両親の手に負えなくなったのも、大人の今なら、まあ理解できる。ちょっとしたきっかけで風で吹っ飛ばされたり、海が襲ってきたりしてもおかしくはないのだ。家を、町を、もしかしたらもっと広範囲を、あっという間に破壊されるかもしれない。
私だったら途方にくれるだろう。
子供の機嫌次第で、自分の命や周りの人の命が脅かされる。感情に揺れる幼児はすさまじい。我を忘れないで常に冷静な幼児なんて、いないのだ。最悪の場合自分の子供が他の自分の子供をうっかりで殺してしまう。周りだって黙っちゃいないだろう。
うん、無理だね。隔離するわ。危険すぎる。
そう考えると、私は幼児の時に殺されていてもおかしくなかったな。危険だから殺せ、そう主張する人が出ないとは思えない。もしかしたら両親は、セシルを生き延びさせるためにとても苦労したのかもしれない。
ただ、隔離された方は捨てられたと思ってしまった。
思わされたのかもしれないけれど。そして。
引き取ってやった。育ててやった。恩を返せ。言うことを聞け。
そういえばよく言われていたような気がするな。そうか、あれはコントロールだったのか。おとなしくするように、反抗しないように、従順になるように。
ふーん。なるほど。だからがんじがらめだったのか。
最後は逃げてもよかったかな、今思えば。でも昔は完全に洗脳されていたんだね。逃げられないと思っていたよ。
と、考えられるようになった今の私は成長したと言えるのかしらね?
心配そうに私を見つめてくれる旦那さまもいるし、うん、今は大丈夫。自棄になって自分を壊すようなことはしないよ。きっと。今の私は昔の私と同じようで違うから。今は泣いていた子供のセシルではなく、大人のセシルになったから。
そう伝えると、旦那さまは嬉しそうに幻の尻尾をフリフリしながら、ふわりと抱き締めてくれたのだった。