龍たち
空を真っ赤に染めて燃え盛る火龍が現れる。
空が火で覆われたかのような巨大さだ。
地面がビリビリするほどの咆哮で叫ぶ。
『我は復活した! 人間ごときのくびきなどで我を従わせようとは! ゆ る さ ん !』
そして大きく開けた口から巨大な炎を吐いた。
あっつうい……。
え、これまずいんじゃ……。
近くでおっさんが必死に火龍をなだめている声をぼんやり聞きながら、上空から何もない平原が瞬時に焦土と化していくのを見る。
よくよく見ると、火龍、私の水晶玉をしっかり握りしめていた。
水晶玉? あ、傷の治りが良いって言っていたな。
あっ……もしかして、トゲを取る時にすっごい痛かったのか?
そういえば私、押したり引いたり殴ったり、随分あのトゲを揺すっていた気が……やば……。たしか体に仕込まれて痛いって言っていた気がする。
あんまり痛いと怒りが湧くよね……ごめん、忘れていて。
また怒りにまかせて火龍が火を吹いた。もう一つ焦土が出来あがる。
おっさんの懇願か火龍の理性か、人のいなさそうな所を狙っているのだけが救いだけど、でもこのまま暴れさせると絶対にそのうち大きな被害が出るよ。
でも龍に対抗できる存在なんていない。
龍を除いては。
これは、お願いするしかないよね? 頼ってもいい場面だよね!?
「セレン!」
『ほいほい~。なんとまあ、火龍、どうしたどうした』
なんとかして~。
『ほいほい~』
そう言ってセレンが大地に水を撒いた。
パッシャン。
あ、うん、そっち。ありがとう。たしかに燃えないことは大事だね。さすがセレン、私と違って冷静だ。手慣れた対応。……手慣れてる?
『さてさて火龍、ちいと落ち着こうかの~?』
とウネウネと火龍の近くに寄っていく。が。
『うるさい! 水龍! 我は怒っているのだ! 邪魔をするな!』
そう言って火龍がセレンに火を吐いた。
『火龍……おぬし、暴れるならもっと上に行けばよかろう……』
セレンがなんだか凄く嫌そうに言った。まあ火を吐きかけられたんだもんねえ。
『上に行ったら憎きあの人間を見つけられないだろうが! あの人間、どこに行った! 見つけ出して焼いてくれるわ!』
そして低空飛行でジロリと地面を見渡している。
え、それ誰かな? あの叔父さんかな? そういえば今はどこにいるんだろう?
「アグニ、あの叔父は今行方知れずだ! オレも探しているから! 見つけ次第教えるから! 今は我慢してくれ!」
おっさんが叫んでいる。
『 待 て る か ! 今すぐ焼かねば納得いかぬ! 今すぐだ!』
火を吐きながら叫ぶ火龍。
『まあまあ、火龍~』
『 う る さ い ! 』
そして火炎放射。うわあ、空が焦げる……。火を吐きながら火龍が空一杯にウネウネと移動している。すごい威圧感だ。
そして、ついでのようにセレンを轢いた。
轢いた!? なにワザと? 火龍、けっこう気が短い子……?
そして見事に轢かれたセレンが。
『か~りゅ~うぅ~? お主、年上に向かって、ちょーっと失礼じゃないのかの~おぉ~?』
あっ、セレンの機嫌が……急降下。目が座った。
その時火龍が水龍セレンに向かって火炎放射、って、え、火龍!? 喧嘩売ってる!?
そして突如始まる龍の喧嘩。
くんずほぐれつ? どう表現すればいいんだ。二頭の龍が絡み合ってお互いに力ずくで相手を締め上げはじめた。空一杯に、視界一杯に。
どったんばったん、ギリギリギリ……ゴゴオオォー……!
水と火だよ!? お互いが接触しているところから、もうもうと水蒸気が轟音とともにあがっているよ。空気が震える。
普通だったら水が勝ちそうなところだけど、セレンがおじいちゃんだからなのか、火龍がとっても怒っているからか、はたまた龍同士実力が同じなのか戦いは互角だ。
あっけにとられたあと、私たちはもうどうにも出来なくてみんなでホールに戻って観戦体制になった。師匠のおかげで脳内で実況中継はされてます。
「これは……長引くな……」
旦那さま、冷静に判断している場合なの?
「でもこうなると人間ではどうにもならないんだよ。地龍、緑龍、止められないか?」
旦那さまが両肩に乗っている小さな龍たちに聞いた。
『嫌だね。とばっちりを受けて痛いだけだ』
『あんなところに行ったら蒸し焼きにされるか燃やされちゃう……』
龍たち……。
『火龍は怒ると手がつけられないからな。放っておいて鎮火するのを待つのが一番いいのだ、水の』ウンウン。
えっ、そんな悠長な事を言っている場合じゃあないよね!?
『火龍に対抗出来るのは水龍か地龍だけですよ。私なんて怒った火龍になんて近付いたらダメージが大きすぎて』
ああ、まあ緑龍は気持ちがわかる気がするけれど。
その時、上空から「ドーン!」という爆発音が響いてきた。
なにが起こっているんだろう。もう水蒸気でよく見えないよ。
低く真っ赤に染まった空と、それを霞ませるくらいのもうもうとした水蒸気。
その水蒸気がだんだん熱を帯びてきて、なんだか世界がサウナのようになってきた。
カイロスのおっさんが止めようとずっと叫んでいたけれど、とうとう声が枯れたらしい。悔しそうに見上げるだけとなった。
え? わたし? でもセレンを止めたら火龍が地面を焼くんじゃないの? それにあのセレンが、あのマイペースでかつ暴れたがりのセレンが我を忘れているのに、私に止められるとでも?
無理でしょ。
おっさん同様に声が枯れて終わるだけだ。
滅多に怒らない人いや龍が怒ったら、それはもう止められないんだよ。それこそ人間ごときにはね……。
ドーン! バリバリバリ……。
ああー、なんだもう、水蒸気でよく見えないけれど、本当に何が起こっているのやら。たまに火龍が放っているのであろう火炎らしき光がチラチラ見える。
旦那さまの言う通りに長くなりそうだ。
あつい……。
せめてもうちょっと上でやってくれないかな。地面が蒸し焼きになっちゃうよ。
「かいる……風で吹き飛ばせ……ない……かな……ケホッ」
おっさんが弱々しく言う。
「この大量の水蒸気はちょっと無理です。この空間だけならまだしも」
あー、風かあ……。せめてこの水蒸気を飛ばせばとりあえずサウナからは抜けられるのか。
「そろそろ家畜に影響が出そうですね……」
風ねえ……。え、でもこんなに大量の水蒸気を風でなんて、さすがに私も無理だよね。
水蒸気って、普通の空気よりもだんぜん重いんだよ。水だから……なら直接動かすか? 上に行けって。でもこの量を? しかもなにやら常にかつ大量に水蒸気が生まれているんですけど?
いつまで続くんだ。どうにかしようにも、さすがに範囲も量も気が遠くなる……。
と、思っていたら。
なに? この目の前の可愛い子?
妖精さん? 羽の生えたキラキラのふよふよのふわふわな小さなちいさな女の子が、目の前に出現して、にっこり笑った。誰?
『こんにちは』
あ、はい、こんにちは。初めまして?
『うふふ……初めましてじゃあないのよねえ?』
キラキラを振り撒きながらうふふふ……って、いや、初めましてでしょ?
と、旦那さまを見たら、すっごく目を剥いているんですが?
旦那さまにも見えてるね?
世紀末のような真っ赤な水蒸気地獄の世界に似つかわしくないファンシーなちびっこ。しかもすごーく嬉しそうに笑っているんだけど?
『お手伝いしましょうか?』
手伝い? してくれるの? えっと、何を?
「いや、それは……」
と、旦那さまが横やりを入れてきた。でもこのちびっこはキッと旦那さまを睨み付けて、人差し指をフリフリして言った。
『あなたには聞いてないわ。私は彼女に聞いているの。いつもいつも邪魔してきて、あなた迷惑なのよ。あなたは関係ないでしょう?』
あら、可愛い姿の割りにはしっかりしているな、この子。
『どうする? 私の力を貸してほしい?』
「いや、今の彼女はわかっていないから、待て」
『だからあなたは引っ込んでて! 部外者は口を出さないでよ!』
えーっと? おっさんと師匠は……うん、見えてはいるみたいだけど、フリーズしているね。わかる? と目で聞いてみたけれど、二人は静かに首を横に振った。
『さあ、どうする? 私だったらあのうっとおしいやつ、ぜーんぶ吹き飛ばしてあげるわよ? そりゃあ気持ちいいわよう?』
あら、それはちょっと魅力的ね?
『一緒に上に行ってみましょうか? そして一緒に吹き飛ばすの!』
そう言ってその妖精さんは私の意識の手をとって、空高く舞い上がった。
「セシル! 待て!」
なんだか旦那さまが焦った声で呼んでいるけれど、でも上空はとっても気持ちいいのよ?
なぜダメなの?
「私はニンリル。私と契約しましょうね? そしたら私、ぜーんぶ吹き飛ばしてあげるから! さあ、一緒に!」
ああ、いいわねえ? なんだかとっても気持ちがいいわ。だって上空はこんなにも広くて素敵な場所。
なんで旦那さまが止めるのかわからない。
だから、つい言ってしまったのよ。
そうね、いいんじゃない?
その瞬間、私の体を鋭く風が突き抜けて、そして目の前に、巨大な五頭目の龍が現れたのだった。