温泉に入ろう
「まあいいや、何とかオレの膝は助かったみたいだし、一息ついたらオレ、大浴場行ってくるわ。この膝労ってやんないと。まだ痛みの余韻が残ってるよ~ひどいよ~」
とおっさんは恨めしそうにシャドウさんを見ているけれど、シャドウさんはしれっと視線を明後日に向けていた。
「じゃあ私はお部屋のお風呂に入ろうかな! 露天風呂いいよね~気持ち良さそう!」
「おい、まて。ずっと思ってたんだがな、いっつもいっつもオレはダメでその影は良いってどんな理屈だよ。シャドウも男だろ! 後ろにいるヤツもどうせ男だぞ! そいつは居ても良いのかよ! なんでいっつもオレだけ部屋別なの!? 風呂だって覗けちゃうのにお前なんでここの部屋のに入るの!? 男なら絶対覗くよ!? もちろんオレだっ、て、いってえぇ!」
呪い再発動。
なんだどうしたおっさん。
シャドウさんとは最初から一緒だったし、もともと半透明で人間味が少ないし、普段の用事がない時はお部屋で静かに座って眠っているんだから、危機感なんてないよ。
そんなアグレッシブなシャドウさん、むしろ見てみたいくらいよ?
あ、そうかおっさんは普段の部屋でのシャドウさんを知らないのか。
「シャドウさんは大丈夫よ? ほらもう座ってうつらうつらしてるから。話しかければ起きるけど、普段はお部屋では大抵寝ているんだよね。覗くなんてナイナイ」
それに見ようと思えば何でも見えちゃうしね、この人。もう今さらですわ。千里眼万歳。
「へえ? そうなの? へえー。じゃあその影が寝ている時は例えばお前さんとイチャイチャしててもわからな、いてえぇ! 寝ててもダメか! くっそー!」
懲りないな、おっさん。呪いはもうかかっているんだから自動発動に決まってるでしょうが。そろそろ学習すれば良いのに。
おっさん初めての同室ではしゃぎすぎだよ。
でもその呪いがあるから同室なだけで、それがなかったらもちろん別室なんだから、呪いのお陰でこんな高級な部屋に泊まれたと思って……ないんだろうな、はあ。
もう放っておこう。
ぶつぶつ文句を言いながらも大浴場におっさんが向かったあと、私は部屋についていた露天風呂に入ることにした。
いやあ~お風呂! 嬉しいね! なにしろ普段はお風呂も有料で用意してもらわないといけないから、なかなかしょっちゅう入る訳にもいかないからね。
ここならいつでも入り放題。素晴らしい~。しかも天然かけ流し!
そんなに大きくない露天風呂の周りはほどよく植栽が目隠しをしていて、お部屋との間もちゃんと衝立が立てられるから、お風呂に浸かると自分と緑と空だけの世界になった。
ひんやりとした空気と温かいお湯が極楽ですよ。はあ~。
お湯は濃密な透明のお湯で、先ほど外で感じた地下からのエネルギーを乗せて私を包む。
よくよくお湯の表面を見てみると、あふれ出たらしいエネルギーがキラキラと踊っていた。
じわじわと湧き出るエネルギーは揺らぎながらも尽きないで静かに空間へ溶けていく。
のんびり湯に浸かりながらなんとなくこのエネルギーを遡ってみた。どこから来てるのかなー。
エネルギーは北の山脈の地下から湧きだしていた。
そこから緩やかにカーブを描きながらこの地を通って、ゆっくり渦をまきながら国中を巡っている……のかな。
あんまり遠くまでは追いきれなかったけど。
巨大なエネルギーがこの国の地下をゆっくり流れているのが感じられた。
たまに漏れだすように細くエネルギーが地表に吹き出していて、そのうちの一つがこの旅館の下にあった。
と、いうかこの露天風呂が出口の一部と重なっている。すごい。最高のお風呂じゃない!?
あ、でも、ちょっと待って? 近くに何かある。
エネルギーの流れに逆らうような何か……太い太い流れの表面のほんの一部だけど、何か邪魔なものが刺さっている。
トゲみたいな……なんだろうこれ。嫌な感じ。
これがあるせいで、ここの出口が歪んでいるみたいだ。エネルギーがちょっと弱々しく揺らいでいるのはこれのせいか……ふうん。
抜いちゃう? このトゲ抜いちゃおうか?
なんとなくトゲを抜くイメージでスポッと……え、硬い……えー悔しいなあ。スポッと……ふんっ。
イメージの中の手に渾身の力を入れて引っ張ってみた。お、何とか抜けたー。やったー! すっきり~。
トゲはポイっとしてエネルギーの流れを観察すると、邪魔が無くなった道の表面を、エネルギーが生き返ったように勢いよく流れはじめた。
おおー力強い! そうそうこれが本来の姿でしょう。良いねえ、気持ちいい~。
そうこうしているうちに、このお風呂からも勢いよくエネルギーが上に向かって流れはじめた。
さっきは水面を漂っていたキラキラの粒子がこんこんと涌き出ては上へ上へと上がって行く。
綺麗だねぇ~。極楽極楽~。
旅館のご飯もなかなか豪華なお食事で、これも料金いらないのはちょっと気が引けるという話になった時のこと。
「それがなあ、どうやら本当に受け取らないみたいなんだよなあ。オレも流石におかしーだろーと思って探りを入れてみたんだけどよ、どうやら本当にその『白き人』からは金を取らないってなってるらしいんだよな……」
って、探りって……おっさん行動早いな。どうやったんだろう?
それはいわゆる"末裔"だから客寄せパンダになるとかそういうこと? と思ったら。
「それがどうやら"末裔"って呼び名が出来る前からここの人たちは"尊き白き人"って呼んでいて、で、その白き人がこの部屋に泊まると商売繁盛間違いなし! って信じてるんだよな。言い伝えっての? オレが同行者だって知ってるから、なんかお供え? したほうが良いかとか、必要なもんはないかとか、いつまで居てくれるんだとか、逆にいろいろ聞かれちまうくらいでさあ……オレそんな話初めて聞いたよー」
まさに困惑という顔でおっさんが教えてくれた。
へえー。縁起物な感じ? しかしお供えって、神様扱いか。
まあシャドウさんが泊まって喜ばれるなら良いことだけど、これ商売が繁盛しなくても私達に責任は無いよね?
ないよね!?
ちょっと心配になってシャドウさんを見てみると、シャドウさんは我関せずという風でこっくりこっくりと舟を漕いでいた。おーい。
「これは、ご利益が無いってわかる前に退散したほうが良いのかな……ここのお風呂超好きなんだけどな……」
と私が弱気になっているのにこのおっさんは、
「はあ? なにいってんのー。前例なんて下手すると何百年も無いんだから、効果が出るのはゆっくりじっくり何年もかかるんですよーって言っときゃいいんだよー。こんな役得しゃぶりつくしてなんぼだろ! そんでそのうち商売が上向いた時には白き人が来たお陰って勝手になるんだから大丈夫だよ。世の中そんなもんよ」
とか言ってニヤニヤしていた。
うわあ悪い人がいるー。
でも、まあ、だったらしばらくお風呂三昧な日々を送っても良いかしら!? いいよね?