トゲを抜こう
様々な下準備を積み重ね、対策を考えて、そしてその日はやってきた。
「いろいろ考えたんだがな、今回は正式には王宮に事前報告はしていないからな? できるだけ穏便にやるぞ。へたに大きな事をするって予告したらまた余計な詮索が来そうだからな! シュターフの内政だけで完結できるように頼むぞ?」
と、首謀者がなんだか少ーし及び腰ですが。
まあ賢い人たちが時間をかけて導きだした想定からはそんなに外れないことを祈ります。
飢餓がおこりそうな所には備蓄を。気温が変わりそうな所には対策を。周知もして心構えを。物流も出来るだけ止めて、人々は家の中へ。どういう理由にしたかは詳しくは知らないけれど。それはカイロスさんの管轄だからね。私はその間、ひたすらトゲの魔術を抜きやすくするためにできる限りの対策を施した。
魔術師四人でチャンネルを共有。
いざ、作戦開始。
師匠が大ホールの真ん中に描いた魔法陣の真ん中で、トゲの魔術を中心にその周辺を監視に入る。シュターフ領の変化をこれでリアルタイムで察知する。
その傍らで、私は意識を巨大なトゲのところまで飛ばした。横にはだんなさま。
「いきますよ」
うっすら意識を残したホールで、宣言する。
魔力の手を大きく拡大する。山のような大きさのトゲを掴めるように。出来るだけ大きく。
ホールにいる自分の周りに風が吹き始めた。黒髪が暴れている。
大きく。もっと大きく。
山をも掴めるくらいに大きく!
自分の意識が大きく膨らんで、相対的にトゲの魔術が小さくなってゆく。
体のある私の周りだけでなく、現地に飛んでいる意識の周りにも風が吹きはじめた。上空を縦横無尽にわたっていた風が私の意識を包む。私の意識が周りの風に溶け込んで……。
と、突然、目の前に旦那さまの姿が現れた。
あれ? ダメ?
こんなことが、前にもあった気がする。溶けちゃだめ? 気持ちいいんだけど……。あ、旦那さまの眉間にシワが。だめなの~?
渋々それ以上は意識を広げないで、トゲにとりかかるか。
魔力の手だけを、もう少し大きく……。
これで掴めるかな? ためしに掴んでみる。
うん。いけそう。
「では、抜きます」
魔力の手に力を込めて、引っ張る。
ひっ……ぱっ……るっううぅ。
うーん、さすがの大物ですわ。ちょっと、危惧していたとおりの頑丈さ。
びくともしねえ!
事前に旦那さまと練習していたのとは比べ物にならない。大きさが違うとこうも違うものか。これでも大分軽くしているんだよ!?
私が格闘しているあいだに、旦那さまが仕込んでおいた魔術を発動させて、トゲの魔術の周りの土をよけてくれた。隙間ができる。
土の支えがなくなったら少しは不安定になるかと思ったのに、がっつりエネルギーの流れに刺さったまま完全に自立していた。
なんでこんなにしっかりしているんだよ! 優秀すぎだろう!
しかもガッチリ根を張っているのが確認できた。
嫌な魔術だなあもう。
旦那様が根本の魔術の解呪を始めた。すごい勢いでほどけていく。が、もともとが巨大だからな……。
引いてもだめなら押してみな。
横からグイグイ押してみた。それはもう渾身の力を込めて。
グラ……つかない。
むっかあ……。なんだこいつ、盾で殴ってやろうかしら。でもそうすると地面ごと吹っ飛ばしちゃうか。ああだめだ。危険。
大規模に避難させているんだよー。いろいろ手配しているんだよー。
今さらできませんでしたなんて言えないんだよー……。ましてやもう一回今度やりますなんて言えない……。
旦那さまをチラッと見たら、旦那さまも眉間にシワがよっている。
「火龍、少し動けるか?」
旦那さまの言葉を受けて、おっさんが火龍アグニに伝える。
地響きがし始めた。
トゲが刺さっているエネルギーの流れの勢いが増す。少し流れが動いた。
でも一緒になってトゲも動く。うわあガッチリ一体化している感じ。
もう一度、トゲを横から押した。できたらポキッといきたい。せめて小さくなったら、もう少しやりようがありそうだから。
グイグイ押していく。
グラ……つか……あ、ちょっと? はじめて手応えを感じたよ!
あっちから、こっちからトゲを押して少しずつ緩めていく。
なんかこんなこと前にもあったな。今日はデジャヴが多い。これは、いつだっけ?
……ああ、ダムを壊したときだ。
今思えばあのダム小さかったな。このトゲに比べたら、ちょっとしたひっかかりに思えるよ。あの時も苦労したはずなのに、今こんなやっかいなもの相手に格闘できるようになったなんて、私、成長していたんだなー。
なんて、遠い目をしている場合じゃない。
とにかく押せ、私!
ちょっと辛くて現実逃避しちゃったけど、ちゃんと現実を見よう。
地響きが続いている。
火龍がもがいているのか。
私も頑張らなければ。集中しろ。
旦那さまもなにやら地龍に指示をしている声がする。
少しずつグラついてきた。根っこは相変わらず頑固だけど、連結部分が緩んできたのか? これ、根っこは残して折ってもいいのかな? 旦那様の解呪が全然追い付かない。さすが二十年ものの巨大魔術だ。
「とりあえず出来るだけ取ってください。それでも残るものは仕方ありません」
師匠から指示が来た。状況を把握してカイロスのおっさんと相談しながら対応している。あちらの総意と受け止める。出来るだけ、って、どんだけ~?
もう! これ、しつこい!
八つ当たりの怒りをぶつけ始めた。
ドカスカバカスカ。
よし、おかげでずいぶん緩んできたよ!
このままスポッといけるかな?
渾身の力でトゲを掴んで引っ張る!
いいかげんに……しろおぉぉっ!!
ベキッ。
あ、折れた。上から三分の二位のところで。ああー、思ったより残ってるー! これは、事前に魔術を抜いた時にこの部分が弱くなってしまったのか? 満遍なく抜いたつもりだったんだけど。
取れた部分は即座にポイっとして、残った下三分の一の部分を掴んで引っ張ってみた。
うーん、なかなか動かないねえ。根もしっかり張ったまま。
その時、あのダムを壊した時の事を思い出した。あの時はもう一つ、魔力注入方式でも壊したな。
やってみる? やってもいいよね? せっかく小さくなったんだしね? よし。
掴んでいる両手のひらから魔力をトゲに注ぎ込んだ。
掴んだまま、引くのではなく魔力を押し付けて、ごり押しで入れていく。
旦那さまがそれを見て、岩の壁を周りに築いた。すごいな、地面が粘土のようだ。リアル粘土遊び。遊びじゃないけど。
どんどん魔力を入れていく。大きな魔術だからどんどん入っていく。これ、折れていなかったら無理だったな。様子を見て旦那さまが加勢してくれた。二人の魔力がすごい勢いでトゲに押し入っていく。
しばらく入れて行くと、ほどなくトゲの魔術がお腹一杯になった。
さあここからが本番だ!
そおれ召し上がれー! 嫌でも入れるよ。グイグイ入れるよ! パンパンになっても入れちゃうからね! そおれグイグイ! 全力でグイグイーー!
パアンッ!
と、突然魔術が弾けとんで、そして消えた。
消 え た !
そして突然邪魔物が無くなったエネルギーの本流が、突如生き返ったかのように勢いを増して流れ始めた。
昔の本来流れていた方向へ流れを変えて、鉄砲水のように走り始める。鉄砲水? いや、これ、ダムの決壊の様相だ。
これは、勢いが強すぎる!
エネルギーの太い本流が、勢いあまって暴れ始めた。
土の中をかき混ぜながら、跳ねるように踊る。そしてあらゆるエネルギーを巻き込むようにしてゴウゴウと突進して新たに道を開いていく。その本流の流れに向かって、今まで流れていた道にあったものが、吸引されたように逆流を始めた。エネルギーの流れのまわりの土たちがグズグズになっていく。このままでは地表にまで影響が出て地面が崩壊するかもしれない。上では人が生活しているのに!
その時、隣で旦那さまが数えきれない数の小さな黒いトゲを、的確に暴れているエネルギーの流れに刺していくのが見えた。
ガガガガガッとトゲが並んで刺さっていく。
小さなトゲたちは、勢いのままにのたうちまわるエネルギーの本流を、大地の奥深くに釘付けにしていった。
地鳴りは続いている。
だけど、エネルギーの流れは……新たに刺されたトゲに邪魔をされて、少しずつ軌道を落ち着かせながら緩やかな流れをとりもどそうとしていた。
このまま元の昔の状態に戻っていくか……?
そう思ったとき。
高まる地鳴りと共にゴウゴウと燃える咆哮が轟きわたり、そして怒りで真っ赤に燃え盛る火龍が、空一杯に躍り上がったのだった。