三の姫
三の姫ことシャーロットさまは、豊かな金髪を煌めかせたそれはそれは可憐なお姫様でした。
まだ十代? 若いな? と思っていたら、どうやら二十歳だそうです。美しいと若く見えるのかしら? え? 悔しくないよ?
「わたくしシエルさまがご病気と侯爵様からお聞きしたものですから、思わずお父様にお願いして、こうしていてもたってもいられずに参ったのですわ。侯爵様にもまたお会いできて嬉しゅうございます。それで、シエルさまのお加減はいかがですか?」
って、体のいい口実にされてますね? わたし。
お陰でお部屋のベッドから出られません。
私が動き回らないので、旦那さまも私の寝室の椅子に座ってこっくりこっくりしてますよ。本当にシャドウさんとかわらないんだけど!? 考えてみたら今回、影のままけっこう居るよね。体力大丈夫なのかな。
チャンネルを通しておっさんが予告してきた。
「これから三の姫が見舞いに行くそうだぞ。ベッドに入ってろよ? ちゃっちゃと見舞って帰ってもらうからな!」
そして旦那さまがかき消えた。くそういいなぁ……。
扉が開く。
「はじめまして、シエルさま。シャーロットでございます。突然の訪問失礼いたします。お加減はいかがですか?」
そして茶番が始まるのだった。
ぐったり。
後光がさしているような高貴な人の相手って、すごい気疲れするよね。
え? 世が世なら王妃? でも今はそんな世ではないしね。かつてなっていた事もないから実感ないです。
わたしは一介のただの旅人………………だったはずなんだけどな……おかしいな。
とうとう王だの姫だのと顔見知りになっちゃったよ。大出世だな。泣いていい?
「まあもう随分よろしいのですね。よかったですわ! わたくし、お元気になられるように、特別に美味しくて元気が出るという食材をほうぼうから手配しましたの! ちょっと手に入れるのに時間がかかってしまっているのですが、ぜひそれを食べて元気なっていただきたくて! もう少しお待ちくださいね? 一緒にいただきましょう」
などとおっしゃって、しばらくご滞在だそうです。その食材、本当に届くんだろうか?
そしてご滞在の間は一番高貴な身分の方なので、もちろん領主自らが始終お相手をしております。
これは実質お見合い? こんな可憐でかわいらしい姫さまなんて、さすがのおっさんも好きになっちゃったり?
おっさん、がんばれーなんてベッドからニヤニヤしていたら。
あれ?
シャーロットさま、カイロスのおっさんにべったりなのは最初だけで、あっという間にどこから聞き出したのか、
「シエルさま、ご主人がこの館にご滞在なんだそうですね! 私全然知らなくて。大変失礼をいたしました。今日はシエルさまのお近くにいらっしゃらないんですか? わたくし、『月の王』さまにもご挨拶しなけば、父に叱られてしまいます。今どちらに?」
とか言い出した。え? どこから聞いたの? 一応秘密だったはずよね? おっさんも言っていないはずだけど。旦那さま、ずっと事前に察知して逃げ回っていたよ? 旦那さま息をするように遠見するからね、絶対に失敗しないよ?
「さあ、私もあまり把握しておりませんので。カイロスさまにお聞きになっては?」
おっさん、対応はまかせた!
のは、間違いだったのかな? ん?
シャーロットさま?
挨拶して知り合ったとたんに、なんで私の旦那さまにベッタリくっついてるの?
私は部屋から出られない。
「お元気になったら、ぜひ王宮に遊びに来てくださいませ。もし出来るなら、わたくしが帰る時にでもぜひご一緒に」
と言われてしまっては、ベッドから出たくない。少なくとも私の寝室と応接室から外は行けなくなってしまった。
だけど。
なんで一日中エヴィルさま~とか言いながら探し回っているのかなあ?
ちょっとおっさん?
チャンネルを通しておっさんを呼び出す。
どうなってるわけ? あの姫なんでひとの夫を追いかけ回しているわけ?
「さあなあ? どうも王族だけは感情が読めねえんだよなあ。何を考えているのかわからねえ。てかなんでお前、この部屋から出てないのにそんな詳しくあの姫の動向知ってるんだよ?」
そりゃー何処でも見ようと思えば見えるのよ。今さらでしょ。
暇だしね! なんなんだ。イライラする。
「お前……女の嫉妬は醜いぞ? オレが慰めてや……」
ギロリ。
とにかく早く帰ってもらってよ。見舞いはとっくに終わってるんだから。
「まあ、オレも落ち着かねえし、言ってはみるけどな」
頑張れ、おっさん!
だけど。お姫様は自由でした。特権階級すげえ。なんら状況が変わらない。
一応おっさんは頑張っていた。それは伝わった。が、残念ながら身分の差は越えられない。
おっさんは責めまい。
責めるべきは……。
「エヴィルさま? 見つけましたわ。うふふ……何を読んでいらっしゃるの?」
なんて可愛らしく言い寄られて、ニッコリ笑顔を見せている、お前だ!
あのまま逃げ続ければいいのに、面倒になったのか普通に館内をフラフラするようになった君だよ。いやフラフラするのは個人の自由だからいいんだけどさ?
なに鼻の下を伸ばしているのかな? なんで嬉しそうに見つめ返しちゃっているのかな? 私がなんでも見えているのはわかっているよね?
そしてこれがまた、旦那さまも今はモノクロ色彩とはいえイケメンな上に金髪の美姫と一緒だと、絵になるんだよ。美男美女。
……。
「ちょっとこっちにこない? だんなさま?」
聞こえてるよね?
ぴくっと反応して、旦那さまが立ち上がったら、すかさずシャーロットさまが腕を絡ませた。は?
腕を!? 絡ませた!?
「まあ、エヴィルさま、どちらに行かれるのですか? 私せっかくお話が出来ると思って嬉しかったんですのに」
とか言いながら、すごいむりやり旦那さまを座らせたぞ。なんだこの自分の希望通りに人を動かし慣れている感じ。
旦那さまは困った顔で見つめ返している。
そこは! 一言断ってこっちに来るところじゃないの?
シャーロットさまが、さりげなく周りをうかがって、人が居ないのを確認した。
そして真剣な雰囲気で話し出す。
「エヴィルさまは……その……もともと王族でいらっしゃいますよね? そして王の称号を継いでいらっしゃると聞いております。あの、差し出がましいようですが、その王の奥さまがあのように病弱というのは、その、不安ではありませんの?」
え? 何を言い出した?
「後継というものは王族にとって、とても大事な事だとわたくしは言い聞かされてまいりました。わたくし、王族の務めというものを真剣に考えておりますのよ? エヴィルさまは……その……側室、というものはお考えではありませんの?」
そしてハニカミながら上目使い。って、ええ? これ、わざと……? 完璧に研究しつくされた角度じゃないか。私からみても凄くかわいいぞ!? ……これ相手を落とす手練手管だよね? そしてチラッと見せたその策士の目が怖い!
なのにあっさり引っ掛かってデレデレと鼻の下を伸ばした旦那さまが言った。
「私はもう王ではありません。残念ですね……」
プチ。
私の中で何かが切れた。何言ってるんだこの男。なに見つめあってるの?
まさか女の人になら誰でもデレデレする人だったのか?
ふざけるなよ? それとも私が見ていないとでも思っているのか?
「まあ……エヴィルさまでしたらわたくし……」
ええぇ!? どさくさに紛れて人の夫に抱きついているんじゃないよ!? なにやっているんだよ! ちょっと! そこ! なに抱き返しているんだよ!
ブチッ。
……ええ。姿を現しましたとも! 影だけど。なるほど現場を押さえる時って、こういう感じなのね?
「おや、我が妻よ」
なにニヤニヤ平然とこっちを見ているのかな?
「エヴィ? あなた何をしているのかしら?」
「きゃああ! 浮いている! 幽霊!? シエルさん、死……?」
え? これくらいで驚いて、本当にこの人の側室とか言っているの?
この人も浮くよ? 基本動作よ? それに私を勝手に殺さないでくれる?
「何って、うーん、なんだろうね?」
なぜそこで困り顔? 困った顔をしつつ、そのブンブン嬉しげに振っている見えない尻尾の言い訳はどうするつもりなのかしら?
私のまわりに風が回り始める。部屋にあった軽い布たちが踊り始めるが気にしない。
「どういうことかしら? この状況」
ゴオォ……。
なぜかしら、とってもイライラするのよ。いっそこのイライラする光景を、風でぜーんぶ吹き飛ばしたらスッキリするかしら?
旦那様もお姫様も、みんな吹き飛んじゃえばいいんじゃないの?
ゴオオォォー……。
なんか色々舞い上がっているけど、軽いものだからね、大したことはない。
「ええっと、ここは室内だよ? 落ち着いて。そしてこの方は王女様なんだから、怪我させられないよ? 聞いてる? 奥さん」
じゃあ部屋の外に出せばいいでしょう? いつまでその人抱きしめているのかな? ねえ?
「エヴ?」
暴風吹き荒れる室内で睨み合うことしばし。
「うん、ごめんね?」
そう言って旦那さまはやっと姫を離……そうとしてますます怖がる姫にしがみつかれるという事態。
イラァッ。
おっとー、ついうっかりー。風の調整って、ムズカシイわねえ?
お高そうな家具がいっぱいあったのに、ごめんねえ?
ちょっと調節デキナクテー。
ウン、ホントホントー。