半分こ
「王が報告しろって、うるせーんだよー。しょーがねえからちょっと行ってくるわ」
そう言っておっさんは王都に旅立って行きました。
一緒に派手なパフォーマンスをやらかした女も来いとの事でしたが、またしても魔力を使いすぎて寝込んでしまって起き上がれないので、今回は行けません! よし!
もう行きたくないよーあんなとこ。見かけはどこも綺麗なのに、そこにいる人たちはドロドロしている人が多すぎて。頑張ってシャットアウトしているつもりなのに、それを飛び越えてやって来る感情なんてろくなもんじゃない。
おっさん覚醒しちゃったのに行って大丈夫かな。
まあ、おっさんは王の臣下だしね。貴族さまは大変だ。いつまでも騒動の後始末を理由には出来ないよねえ。遅かれ早かれ行かなければならなかったんだろう。
なにしろ。
あれから国全体で「火龍」と『月の王』ブームになってます。
ブームというか、もうね。
「『月の王』復活!! 伝説は存在した! 『月の王』がとんでもない力で人間を圧倒!」
「火龍登場! 火龍を従えるまさに火の王! シュターフ領主カイロス見参!」
「そしてその二人が協力しあって敵を一掃! もう敵なし! 誰も逆らえない!」
といってお祭り騒ぎ。
それはそれは山ほどの人が目撃したからね! 火龍も『月の王』もでっかい上に浮いてたからね!
はぁー私はちっちゃくてよかったー。
どうやらあの火柱とか、龍の炎とか、随分遠くまで見えたらしく、国の広範囲で一気に噂がたったのだった。王も教会も、そうなると火消し出来なかったらしい。
王宮でおっさん、苛められないといいけど……。
まあおっさん強いから大丈夫だよね?
と、いうことで、さっそく私は久しぶりのモブ観光客になってお散歩に来ております! 鬼の居ぬ間になんとやら。普段はおっさんがブツブツうるさいんだよ……。
髪色を変え、その上で師匠の髪飾りでハニーブラウンの髪と青い目に変えたいつもの変装です。
そして今日は護衛さんだけでなく、フード姿の旦那様(影)も一緒です! って。
いやいいんだけどさ。小娘とフード姿の人と護衛二人って、ちょっと目立ちませんかね?
「カイロスが留守をしている今、あなたに何か騒動でも起こされると困るんですよ。何故かカイロスが私にくれぐれもよろしくと言って行ったのでね。あなたが何かやらかした時は一人が止めて一人が知らせに走る。二人は必要でしょう。あなたのご主人が止めてくれるとは限りませんからね」
って師匠、私もそんな騒動を起こす気なんてないんですよ?
良いところのお嬢さんということにすればよろしい、とか言われたんだけど、そんな「良いところのお嬢さん」は街で買い食いするんですかね?
一応デートですよ?
え、デート。そんな二度聞きされてもデートです。師匠ほらみて、見えない尻尾がブンブン振られているでしょ? フードで見えていないかもしれないけれど、あなたの王様は満面の笑みですよ。
そして街を歩いていても嬉しそうだから私も嬉しいです。考えてみればシャドウさんと歩いているのとあまり変わらないけれど、今回は旦那様だと知っているからね。なんか照れるね! うふふ。
まあ、もっぱら私がおやつを物色しては食べているのを、旦那様がニコニコ見ているだけなんだけれど。そう言えば最近この人そんなに喋らなくなった? そして外では特にだねえ。
と思ったら。
「どこで誰が見ているかわからないからね。あまり迂闊に喋らないほうがいいんだよ」
とのことでした。あら王さまって大変ねえ。
まあ今『月の王』ブームのさ中だし、注目されてしまうと大変だよね。そして噂がついてまわるか。二人で大人しくしよう。私は経験を積んだのだ。モブに徹するぞ。できるできる。
あ、これ、美味しいよ? 食べる?
今買ったおやつを、ちょっと千切って渡す。旦那様はポンと口に入れてニッコリして言った。
「うん。美味しいね」
そう言えばシャドウさんの時は食べなかったよね?
「今は本体が直接魔力とエネルギーを吸収しながら眠っているからね。食べなくても死なないけれど、食べられないわけではないよ」
へえー、直接エネルギーを吸収って、すごいね。だから長く眠れるんだねえ。
でもそういえば、そんな状態で火龍にあんなに魔力を送って大丈夫だったのか? みたところピンピンしているけどさ。まあ……全力っぽくはなかったしね……そう考えるとこの人結構規格外だな。
まあいいや。
食の楽しみは大事だからね! 一緒に美味しいもの食べようね!
そして私は買ったおやつやお菓子をことごとく半分こにして、せっせと旦那さまに分けてあげたのでした。
うん。一緒に食べると楽しいね! ついでにブンブン振ってる見えない尻尾もかわいいね!
まあ「火龍の形の揚げ菓子」とか、「月の王の顔が描かれた饅頭」とかも容赦なく半分にしたけどね~。
食べるのが半分になると、食べられる種類が倍になって素晴らしいです!
結局私は旦那さまと護衛さんたちを引き連れて、日が暮れるまで街をブラブラ満喫したのでした。
いやあ、楽しかったです。
たとえ街の人たちが、ひたすら火龍と『月の王』の話ばかりしていたとしてもね! そこに『再来』も助太刀していたとか言われていてもね!
いいのよ~実害がなければ~。
噂なんていつかは消えるよね?
騒動無しでちゃんと帰ってきましたよー、と胸を張って師匠に報告してみたら。
「それは良かったですね。普通のことが普通に出来て。ではこちらに来てください。この部屋の物全部、もちろん天井まですべて、さまざまな貴族や周辺の有力者からの貴女へ届いたお見舞いの品です。一般の方からはお断りしているのですが、お花だけは受け取って隣の部屋に積んであります。飾るには多すぎるので、せめて見てあげてください。さすが有名人ですね。一応手分けして全て目を通して、お礼状は代筆という形で作ってありますから、最後に一言とサインくらいはしてくださいね。あまり遅いと失礼ですから早めにお願いします」
ああーそう言えば寝込んでいる設定だったー……。
なんか師匠の機嫌が悪いと思ったのは、これの処理をしていたからか……すみませんでした。のんびり遊びに行ってて。
そしてお見舞いの品の目録を見て目眩がした。
なんだこの量、そしてやたら高そうな物たち! しかも使わなさそうな……。
化粧もしないしお洒落もしない。家具も足りているし芸術品も好みがあるでしょ。日用品だってこんな高価なものじゃなくても全然使えるし、そもそも十分足りてるよ。骨董? 壊すのが怖くて近寄りたくもないです。
とにかく全て、ぜんぜんいらない!
でもお礼状は出さないとかー……。
しくしくしくしく……。