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覚醒

 広大な建物を囲むように全体が満遍なく燃えている。

 石造りだから館本体は燃えづらいだろうけれど、可燃物は山ほどあるのよ?


 とっさに私は館全体に結界を張った。

「魔術を入れない! 燃えないよ!」

「カチリ」


 そして水分を館内に入った炎に集中させて消火にあたる。対応が早かったから数は少ない。

 バッシャバッシャバッシャ……。

 ……よし、館内は消せた。


 けれど、館を囲む広大な庭はひたすら燃えている。というより火が出現して勢いよく燃え上がっている。館が火の壁に囲まれているようだ。これを消すのはさすがに厳しい。

 放っておくと蒸し焼きになるかな?

 さすがにあっついよ。


 そう思ったとき、師匠が詠唱を始めて私たちを冷風で囲み熱を遮断してくれた。



 バルコニーのおっさんが叫んだ。


「火龍アグニ! オレの魔力を食って出てきてくれ! 全部食っていいぞ!」


 火龍のいる方角の何かが、ザワッっと動いた。そして地響き。

 おっさんの体が燃え上がる。そしてその炎が一直線に、空へ向かった。


 火柱。

 一本の、天まで届くかのような火柱が立つ。


 その火柱の太さがどんどん太くなり、カイロスのおっさんを飲み込んで膨張し、そして完全に人の姿は見えなくなった。


 これは、魔力を送っているの? ものすごい量の魔力を感じるよ?

 魔力の放つ光が強烈に眩しい。


 火龍の方角の地響きが止まらない。でも、まだ足りないのか?


 助けられる? やってみる?


 おっさんだった火柱の隣に立つ。


「火龍、私の魔力もお使いなさい」


 そして私は魔力を放出した。


 火柱にそって魔力を補強する。私の魔力もたくさん混ぜ混んで、火龍に流れる魔力を増幅する。

 この感じ、懐かしい。アトラスの守護魔術に注ぎ込んだあの感覚だ。


 火龍、出てこい。おっさんの魔力が尽きるまえに。


 地響きが大きくなる。まだか。

 時間がかかるなら、おっさんの魔力の放出は抑えた方がいいかな?

 少し絞ってもらって私の魔力で補完しよう、そう思ったんだけれど。


 弾かれた。

 これはおっさんの意思か? それとももう、意思は吹き飛んでいる?

 この特大の火柱の中がどうなっているのかはわからなかった。


 じゃあ、頑張ろう。

 私も魔力の放出する口を、最大限に開こうか。


 そう思ったとき。


 空が光った。


 そして目の前に、麗しく銀に光る『月の王』の姿が浮かび上がる。


「手伝おう」

 そう聞こえた瞬間。


 私たちの何倍もの魔力が地響きの元へ注ぎ込まれた。


 まばゆい光の洪水が、空の彼方へ大挙して飛んでいく。ものすごく太い道。


 ドンッ! という音が響いてきた。

 そして咆哮。大地が震える。


 空が真っ赤に染め上げられて、その中に巨大な燃え盛る龍が現れた。


 巨大で、神々しくて、世界の全ての火をかき集めてきたかのような火の龍。


 あまりの迫力にあっけにとられてしまう。


 龍が咆哮のような言葉を発した。


『 我 は 火 龍 ア グ ニ。 我 は こ の カ イ ロ ス と 友 情 の 絆 を 結 ん だ。 我 の 意 思 は こ の カ イ ロ ス を 通 し て 語 ら れ る。 カ イ ロ ス を 害 す る も の は 我 よ り 報 復 が あ る だ ろ う ! 』


 普通の人には領主の敵に向かって火龍が怒って咆哮しているように見えただろう。だけど、この火の一族の人たちは、魔獣の言葉を理解する。

 そして今回も理解した。


 館を囲んでいた火が一斉に消えた。

 火龍も、燃え尽きたかのようにふいと消える。


『小僧、もういいぞ』

 そんな声が聞こえた気がした。


 隣にあった火柱が徐々に細くなって行き、消えたあとには。


 おっさん? が立っていた。




「いやあ、一族が一斉に謝罪にきたぜ? やっぱ見せるのが一番だったな。だがあの叔父貴だけは許さねえからな!」

 うん、ピンピンしてやがる。

 燃え尽きちゃうんじゃないかと心配したのがウソのようだ。


 だが。


 どうやらこのカイロスのおっさん、覚醒してしまったらしい。

 あの火柱が消えた後に現れたのは、白髪混じりの地味な髪から燃えるような赤い髪に変化して、しかも若干若返った新生のおっさんだった。

 誰これ?


 40代くらいの見かけから30代くらいの見かけへと若返った本当は70代のおっさんは、生き生きとしていた。

「いやあ、なんか爽快で力がみなぎってくる感じ? なんか邪気を全部燃やしちまったのかな、オレ! さすがだなオレ!」

 とか言って浮かれている。


「魔力を一気に放出して、限界突破でもしましたかね。まあ彼も必死だったんでしょう。あそこで火龍が来なければ、どのみちあの叔父さんと全面対決は避けられず、死者も多く出たでしょうしね。それに下手すると負けてカイロスも死んでいたかもしれません。そうそう、昔の火の一族の長は、みんなあんな赤髪だったらしいですよ」


 とは師匠の話でした。

 なるほどー先祖返りみたいになったのか。


「で、あなたはご主人を放っておいていいのですか?」


 え? いやあ、なんか彼も忙しそうだしねえ。


 そうなのだ。旦那様の影が引き続きこの館に滞在しているのだ。

 一連の騒動もとい反乱が落ち着いたあと、丸焦げになった庭を、彼が緑龍を使って修復してくれている。なんだこのアフターフォローばっちりな感じ。


「まあ、私の 妻 がお世話になっているからねえ?」

 とかニヤニヤしながら領主に言うものだから、

「おうその通りだよ! じゃあ遠慮なくコキ使ってやるわ!」

 と開き直って、焼け焦げて真っ黒だった庭をあっという間に緑に変えてもらっている。


 ミニチュアサイズの龍を連れて歩いているシャドウさんもとい旦那様、なかなか優雅で素敵よ?

 そして緑龍って、すごいのね。植物があっというまに育って繁っていくよ。

 そして彼も植物と会話もできるらしく、こまかな植物の要望まで聞き取って庭師さんに伝えているらしい。もしかしてそういう事が好きなのか? あの人。


 結局、後処理や処分が終わって生活が落ち着くのにしばらくかかりました。



 なので久しぶりのだんまり会談。

 今日は一人、増えました。ええ、だんなさまです。

「いやあ、なかなか 妻 と離れがたくてねえ。それに君、覚醒したばかりだろう。一応心配していたんだが、大丈夫そうだね。いやでもまだシンパイダナ」

「なに後半付け足してんだよ。オレは大丈夫だよ。むしろ前より調子がいい。心配いらねえよ」


「ところで我が妻よ」

「おーい! オレの話を聞けよ!」

 あら珍しくおっさんが振り回されてる。おもしろー。


「なぜこの二人とは意識を繋げているのに、私とは繋がっていないんだい? なぜ? なぜ私が一番近くではない? 私が一番近くにいるべきではないのか?」

 じとーん、って、あれ? そういえば旦那様とはチャンネル通していなかったねえ。

 見えない耳と尻尾をうなだれてさせて、こちらを恨みがましく見てくるよ。え、ごめん、忘れてたわー。


 じとーん……。


 あー、はいはい、繋げさせていただきますよ。はい開通~。聞こえるー? だんなさまー?

「ああ、聞こえるよ。うん、いいね、これ。いつでも君と内緒話ができる」

 おっ見えない尻尾がフリフリしたぞ。


 王さまが知らなかったということは、誰もテレパシーなんていう概念が無かったってことかしらん? こんなに便利なのに。それともそういう魔術が無かったのかな。それともやろうとしなかっただけ? そんなことある?


「おう便利だろ? これ最初にシエルと 繋がった のはオレだからな! 最初はオレ! いやあ便利だろ? オレはもうすっかり慣れたけどな! すっかり馴染んだぜ」


 おっさん、余計な煽りはしない!

 ほらまたせっかく良くなった旦那様の機嫌が……。眉間にシワがくっきりだよ。こうして見るとシャドウさんと変わらないな。

 昔がちょっと懐かしい。思えば遠くに来たもんだ。


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