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龍の巣亭

 さて、そんなこんなな私達、特に誰も何の目的もなかったので、ある日のおっさんもといカイロスさんの、


「あ、こっからだと5日も行けば温泉あるよ~。オレ膝がずっと痛かったから良くお世話になったんだよね~」

 の一言で、みんなで温泉に行くことになりました。


 温泉! 素敵! 入りたい!


 瞬時に食い付いた私の反応にシャドウさんはニッコリ頷いてくれたのです。はい決定~。


「え、オレの希望は聞いてくれないの~? オレの意見は?」

 という人は放っておきます。


 別にね、危害さえ加えなければ、別行動、つまりお別れしても膝は壊れないよ? 多分、て言ったんですよ。そういう呪いだし、シャドウさんもウンウン頷いていたし。


 でも「いやいや~男の約束はね~? 守らなきゃね~? どうせ1人で旅してもつまんないじゃん? こうしてお話しながら歩くのもたのしーよねー!」

 とかいって着いて来てるのはそっちなのでね。


 私は自由にやらせてもらいますよ。


 ……まあ、確かにごつい筋肉の塊のようなおっさんがいるだけで、ちょっと素行の悪そうな人が避けて行ったりしているから助かってはいる。


 それに、シャドウさんの見かけが目立つからって、髪の毛が見えなくなるようにフードを調達して来てくれたり、美味しいものを教えてくれたり、まあいろいろと……うん。


 助かってるわ。自分で便利っていうだけあるわ。


 ついでに世の中の事を教えてくれるのも地味に助かっている。大抵、「はあ? そんなのもしらねーの!?」が頭に着くのがちょっと嫌だけど。


 でも自分の知識が増えるのは楽しいし、おっさんのおかげで良い宿屋の見つけ方から買い物の値切りまで、いろいろ出来るようになりました。嬉しい。


 野宿も経験したよ! 地面固かったけど、何とかなったよ。

 そしてそこで、おっさんもといカイロスさんの魔術も見せてもらったよ!

 と言っても、ただつまむようにくっつけた親指と人差し指の先に、ポンって火が発生しただけなのだけど。


 最初はマッチでも隠し持ってるのかと思ったけれど、正真正銘何もなかった。

 でもこんなに詠唱も無しに瞬時に火が出せるのはとっても珍しいらしい。


 ちなみに私も真似してみたけど何も起こらなかった。残念。簡単そうに見えてきっと難しいのだろう。




「で、これから行く温泉地ってのが、いわゆる【月の王の御用達】だったんだが、『月の王』が死んでから湯量が減って、今までずーっと寂れてたんだけどよ。最近になって突然湯量が戻ってきたってんで噂になってんだよ」


 へえ、月の王ってなんだ? 銘菓? このおっさん基本ずーっと喋っているから適当に聞き流していたら、突然立ち止まって顔をガン見された。


「はあ!? 『月の王』知らねぇの? さすがにそれはこの国の人間じゃあねえだろ! おかしいだろ! 何でこの国歩いてんだ!」


 え、なにそれ皆知ってる美味しいお菓子? ポテチみたいなもん?


「王さまだよ! 昔滅んだ!言っちゃいけないあの人! 今大声だけど!」


 大丈夫、まわりは田舎のなーんにもない道しかないから。歩いているの私達だけさーのどかだね。


 へえー、昔の王さまは『月の王』っていうんだ。なんで月?


「ええ、考えたこともなかったよ。あれじゃね? 白いからじゃねーの? 昔っからそう呼ばれてんの!」


 やだなー全身から呆れている雰囲気をにじみ出さないでくださいよー。


「もともとその温泉も『月の王』が見つけたっていう話で、王さまが死んだら湯量が減ったから、きっと『月の王』の力で温泉が湧いてたんだなーって、思ってたんだよみんな。だけど最近突然湯量が増えただろ? にわかにあれよ、『月の王』復活!? みたいな話が出始めてるわけ」


 へえー。言っちゃいけない人の話がそんなになるってどんな事情なんでしょうねえ。人気者なのね。なんだかんだいって。温泉一つで復活の話が出ちゃう位に。


 そんな話が出ていたら、混んでいるんじゃないのかな。着いたのに宿がないとか、そんなの嫌だなー。と、思っていたけれど。



 目的のその温泉地はそんなに大きくなくて、古い老舗の旅館が何軒か建ち並んでいる小さな町だった。


 国全体から見ると北の方の端っこだもんね。辺鄙な所で知る人ぞ知るって感じだ。

 だがそこかしこで白い湯煙が上がっているのが「温泉地」っぽくて風情がある。


 地面がほんわか温かくて、地のエネルギーがゆらゆらと立ち上っているのが感じられて心地が良かった。

 大きなエネルギーが流れていて、自然の雄大さを直に感じる。


「ここだとオススメの宿はあそこだな『火の鳥亭』。一番新しくて大浴場も一番でかくて飯も上手い! いいぞ~」

 とカイロスさんが奥に向かって進もうとしたけれど、ちょっと待って。


 周りを見回すとエネルギーの流れが濃い所と薄い所があるのよ。奥はそんなに濃くない。まだら。濃いのは……


「あそこ」


 指を指す。あそこにエネルギーの噴出している口がある。大きな流れから漏れているというか。


「ああ、『龍の巣亭』? ここらじゃ一番の老舗だな。月の王がいた時代から続いてるってえ話だけど、古いぜえ? 女の子は今風でオシャレな方が好みかと思ってたよ」


 おっさんは困惑顔で宿と私を見比べている。


 だってどうせ入るなら、エネルギーが満ちている温泉に入りたいよね。なんか元気になれそうー。お得じゃない?


「なになに、何処が気に入ったの? こういう渋好みだったの? 意外~」


 おっさんはそんな事を言いながらも自分の好みは無いらしく、その私の指した宿に行き先を変えた。


「こんちわー、空いてるかい?」って、おっさん、格式ありそうな宿に向かってなんでそんな軽い態度なのー。いつもながらハラハラするよ。


「いらっしゃいませ」

 出てきたのは法被姿の年配の上品なおじ様だった。

「何名様でいらっしゃいますか」

「三人だけど女性がいるから二部屋だな」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」

 お、お部屋確保。よかったー。さあお風呂だ。温泉~。


 と、法被のおじ様がシャドウさんを見て、

「申し訳ございませんが、そちらの方、被り物はお取りになっていただけますでしょうか。規則でお顔を拝見させていただいております」

 と言い出した。


 シャドウさん目立つからね。出来るだけ顔が見えないように目深にフードをしていたんだけど、そう言われてしまうと反抗するのも気まずいよねえ……確かに不審者感があるもんねえ……


 微妙な空気が流れたあと、一拍おいてシャドウさんがフードを取る。


 と、法被のおじ様が息を飲んだ音がした。


「……ありがとうございます。それではお部屋にご案内いたします」


 まあびっくりするよね。"末裔"の名はここでも有名なんだね。


 なんて呑気に思っていたら、なんと通されたのは、なんだか大変に立派なお部屋だった。


 え、いやあの、そんなにお金を使うつもりはないので普通の部屋でいいんですけど!? すっごい高そうなお部屋だよ!?

 と戸惑っていたら、法被のおじ様いわく


「白き人がいらっしゃったら、こちらのお部屋をご用意せよというのが初代からの言い付けでございます。大変光栄なことでございます。お代も結構でございますので、どうぞごゆるりと、いつまでもおくつろぎくださいませ。お夕飯はお部屋でよろしいですか? はい、では失礼いたします」


 え、なにその特別待遇!? よくわからないけど、ありがとうシャドウさん!


 カイロスのおっさんなんてヒューって口笛吹いてる。


「すっげえな! 初めて見たぜこんな部屋! オレ何度も泊まってんのに! 知らなかった!」

 旅馴れているらしいおっさんがびっくりしている。


 普通の宿が一部屋しかないのに、ここは広めの部屋が三部屋、そして後から知ったけど、部屋に露天風呂がついていた。

 なんか普通より調度が高級よ!? 壊さないようにしないと。気を付けよう。


「お前さんこの事を知ってたからここにしたのか? って、そうだよなあお前何にも知らないもんなあ」

 全力で首を横に振っていたが、後半は要らないでしょうよ。一言多いんだよ。事実だけど。


「まあ、ここは『月の王』ゆかりの場所だからなー。"末裔"には優遇があるってことかな。へえ。でも金も取らないって、太っ腹だなー。すげえな」

 しみじみ凄いな「月の王」人気。


「ま、こんだけ部屋数があれば別に部屋取る必要もねえな。オレはどの部屋使おっかなー。今までは閉め出されてたけどいいよな? あ、なんならシエル、一緒に寝るか? じっくりあっためてやるぞお……って、いてえ!!」


 突然おっさんが膝を抱えて転がった。膝からもうもうと黒い煙があがっている。おお!呪いが発動している!


「やめてーやめて! ウソです!冗談です!ホンの出来心で……あ、違う!ウソです~いってええぇ!」


 呪いが消えた時、おっさんは脂汗を垂らして肩で息をしていた。


「こえぇ……この呪い怖えぇ……握り潰されるかと思った……」

 その時私は見た。シャドウさんがいつもの微笑みとは違う、黒い笑みを浮かべていたのを……。


 えーと、シャドウさん、初めて見たよそのお顔。そんな顔もするんだね。

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