火龍の承認
ほうほうの体でシュターフ領主館に帰ってきたら。
げっそりやつれた師匠がお出迎え。あれ? どうしたんです?
「いえ、あなたの、あの温泉地での私の魔術の増幅の技をですね、なんとか再現できないものかと、いろいろ試行錯誤していまして」
で、寝ていないと?
師匠って……お金にうるさいだけでなく、研究バカだったんですね。うん、ちょっとそんな気はしていたけれど。
「お前ちゃんと休めよ。倒れられると困るからな? オレ、ちょっと火龍に会いにいこうと思っているのにお前が倒れたら行けないだろうが」
え? 火龍に会うの?
「そう。ちょっと国王と話していてまずい状況になりそうだなーって。どうも火龍を探していたのに勘づかれているみたいでな。できるだけ早いとこ非公式にでも承認してもらわねえと心配だなと」
承認……?
「お前……あのセイレーンのじいさんに承認されてないわけないよな? あれだけ好きなように水龍動かしていて」
え……? なにそれ、って、言っちゃまずい雰囲気? どうしよう、黙ってる? 全く覚えがないんだけど……。
「おい……覚えがないとは言わせねえぞ? 承認されずに繋がれるわけねえんだぞ?」
ええ? ……じゃあ、承認されたんじゃない? よく覚えてないやーははは。
「おい、なんで覚えてねえんだよ。あのじいさんだってれっきとした龍なんだから、そういうところはしっかりするだろ。お前大丈夫か? ……もしかして、記憶を失う前に承認されているのか?」
うんー、そうかも。もう出会った時にはあんな感じだったから。
「お前、あいかわらず適当だな。まあいいや。承認されたかどうかが大事で、いつとかはあんまり大事じゃねえからな。で、だ。シエル、火龍の場所を詳しく教えてくれ。叔父貴の目を誤魔化して、こそっと話をしに行きたいんだ」
あー、はいはい。水晶玉をおいてきたから、水晶と繋がっている糸をたどれば簡単に行けるでしょう。座標を教えるね。
おっさんの意識をチャンネルを通してつかんでから、糸をたどる。
火龍は……寝てるのかな?
大きな大きなおき火。
せっかく来たから状況もチェックしておこう。
湧き水よーし、キラキラの魔力もよーし。そして地龍の言っていた地面からのキラキラもよし。おお、地面からだ。すごいな。
「おお、アグニだ。よかった、生きてる」
おっさんが安心したように言った。本当はすぐに確認したかったんだろうに、突然の結婚式だの王の呼び出しだのでなかなか確認できなかったんだね。安心したようで何よりなにより。
と、そのとき火龍アグニが目を開けた。
んん?
『誰だ?』
あら、さすが龍。気づいた?
どうせだから、姿を現すか。私とおっさんの白い影を、アグニの前に立たせてみた。
「火龍アグニ、お加減はどう? カイロスさんと一緒に来てみたの。見える?」
『カイロス……おお、小僧か』
「アグニ、聞こえるか? カイロスだ。昔、アグニに後継に指名してもらった」
『聞こえるし、見えてもいるぞ。久しぶりだな。情けない姿で悪いが、どうもうっかりしてしまったらしい。お前が次の火の王か』
「そうだ。継承の儀は終わっている。あとはアグニの承認だけなんだ。一度会えないだろうか」
火龍がゴオゴオと燃える笑い声をあげた。
『いま会っているだろう。体はどこにあっても関係ない。魂がいれば我らにとってはその場所が人間のいる場所だ』
「なるほど。では今会っているんだな? ならば承認もしてもらえないだろうか」
『よかろう。水の、水龍も呼ぶがよい。お前と水龍が証人だ』
その時床に置かれていた水晶が光った。そして地龍が浮かび上がる。
『おい。我を除け者とはどういうことだ、火龍。我も呼べ。我の小僧も呼んでやるから』
「はあ? あいつは要らねえだろ! 地龍だけでいいだろ」
ちょっとおっさん、この期に及んでなにを言っているんだ。そんなことを言うなら私、帰っちゃうぞ。
「あ! シエル、まてまて! でもオレこんな所でまで人のイチャイチャ見る気にならねえんだよ! 今、オレの大事な場面なんだぞ!」
『火龍……お前の小僧は、我の小僧と仲が悪いのか?』
『さて知らないな。なん十年ぶりかで会ったからな。だが小僧、承認は多い方がいいぞ。特に我がこんな状態だからな』
「ちっ……わかったよ。アグニの良いようにしてくれ」
おっさん……舌打ちすることないでしょうよ。もうー。
「セレン」
『ほいほい~』
セレンの登場とほぼ同時に、旦那さまの影も地龍の横に浮かび上がった。
目が合って、お互いにっこり。
「ちっ。だから嫌だったんだよ……」って、おっさん聞こえてるからね。
『揃ったな。こんな体調だから、この体勢で悪いな。だが』
火龍が厳かに言った。
『我、火龍アグニはこのカイロスと友情を結び、協力することを約束する。カイロスは我の声を聞き、我の意思を人に伝えよ。次の火の王に引き継がれるその時まで』
「承知した」
おっさんがそう答えた瞬間、火龍とおっさんの間が一瞬光り、二人の間に糸が通った。絆が結ばれた瞬間だ。
水龍と地龍と旦那さまが頭を垂れる。あわてて私も倣った。承認するという意思表示なんだね。
「ありがとう、アグニ。これでいろいろ動けるようになる。アグニを邪魔する魔術も出来るだけ早く何とかするから、それまで待っていてほしい」
『すまないな、小僧。頼む』
おお、よかったね~。
旦那さまが威厳たっぷりに口を開いた。あいかわらずの美声だ。
「おめでとう、火の王。その邪魔な魔術は地中にある。動かすときには私にも教えてくれ。出来るだけの手を打とう」
「ありがとう、地の王。その時はよろしく頼む」
「承知した」
うわあ、旦那さまかっこいい……。美貌と威厳と美声のハーモニーが極上です。
隣から、なにやら「チッ」と聞こえたのは、うん気にしない。
旦那さまは最後に見えない尻尾を全力で振りながら、私に微笑みかけてから消えていった。
あいかわらずかわいいなー。うふふ。
「……お前も浮かれてるのかよ。くっそ、ムカつく」
いちいち隣がうるさいな。
もういいですかね? 連れてきてあげたのに悪態つきすぎじゃあないですかね?
「ふん、でもありがとうよ。じゃあ、アグニこれからよろしくな。もうしばらく待っていてくれ。なんとかするからな」
『ああ』
そして私たちは再びだんまり会談の会場へと戻って行ったのだった。
そしてその数日後。
突然、あの腹黒の叔父が反乱軍を揚げた。