王宮にて
あのまますんなり帰れると、信じた私がバカだったのか。
さすが王宮、一筋縄ではいかなかった。
王宮を一人で歩くものではないわね。
出会う貴族出会う貴族、みんながみんな私の後ろに『月の王』を見て、そして話しかけてくるのだ。そして一般庶民の私は無視できない。
私を配下にしようと甘言を吐く。
私を政治の道具にしようと寄ってくる。
使えるか使えないかを判断しようとする人たち。害になるか益になるかを見極めようとする人たち。
記憶を少し取り戻してからは、魔術を強化したはずなのに、他人の意識をシャットアウトしきれていないという事にここに来て気がついた。ふとした拍子に相手の感情を検知してしまうのだ。多分、向こうに強い感情がわくと、私の防御魔術を通り越して飛び込んできてしまう。遥か昔のセシルの苦悩を嫌でも追体験してしまう。
どいつもこいつも。
その権力への欲望を、私に向けるんじゃない。私は興味が無いんだから。私は誰のためにも働かないよ。私は一人の人間であって、道具ではないのだから。
最高に便利な魔道具を、欲しがるのはやめて。
私は珍しいオモチャじゃない。
ありがとう旦那様! ありがとうカイロスのおっさん!
「シュターフで主人の迎えを待たなければナリマセンカラ~」
という大義名分で、全てお断りだ!
でもそんな断り文句も何度言ったかわからくなったころ。
なぜ私は魔道具たちを見せられているのでしょうか。
王子に。
さすがに王子のちょっとそこまで、の誘いは断れなかった! しくしくしくしく。
あの時の護衛隊長はこの国の第三王子だった。
そして魔術師団の責任者でもあるらしい。ああーだからあの、偽『再来』の場にいたんだね!
帰ろうと四苦八苦していたところを、あっさり捕まってしまったよ。ついでに魔術師団長も一緒だ。うわあ、さっき勝手に逃げ出したばかりで、とっても気まずいぞ。
くそう。全てはいちいち足止めしてくる貴族連中が悪い! ええ八つ当たりですが! いつになったらここを出れるんだ!
王子殿下にお久しぶりですねと言われたけれど、ああーその節はどうもゴニョゴニョ驚かせてしまってすみません、と言うしかなく。なんか冷たい視線を向けられたけれど、王族ならではの感情を隠す術でもあるのか、こちらに向けられる強い感情は感じられなかった。もう、じゃあ、いいや。もし恨んでいたとしても怒っていたとしても、表に出さなければいいです。権力者の本心なんて知らなくていいよ。知りたくない。かかわり合いたくない。
私が魔術師団の入団を断ったと聞いて、王子が厳しい目を魔術師団長に向けていたのは見なかったことにしよう。
だけどせっかく逃げたのに、今度は王子が勧誘しはじめた。さすがに王族には逆らえないんだよ。怒らせたらどうなるのか想像もつかない。でも絶対入団はいや。さあどうする。
王宮の魔術師団のエリアの一角で。
ずらりと魔道具が並んでいた。さすが王宮。資金がたっぷりだね。お高そうなものがザクザクあるよ。宝石が石ころのように置かれているとは。
でも、カイル師匠の作ったものの方が魔力が強いような?
それはそうか。魔道具なんて、作った魔術師の魔力に依存するのだ。どんな高い素材のものでも、込められる魔力が強くなければ強い効果は出ない。
師匠がここに近寄らない理由と、そして魔術師団が師匠を欲しがる理由が手にとるようにわかってしまう。
「魔術師団に入ればこの様な様々な道具が使い放題です。このような環境は国中どこを探してもありませんよ」
得意気に自慢してくださるが、ごめんね、こういう道具がなくても大体自分で出来ちゃうの。だからいらないのよね。
「申し訳ありません、そういう大事なことは主人の許可がないと決められませんので」
もう、奥の手を使おう。私は決められない。そういうことで。
そしてその『主人』は何処にいるかもわからない人。よし、完璧。
「私がお願いしてもダメですか」
いくら金髪美麗イケメンににっこりされても。
まず確実にダメだろうな。この前の様子からして。それに、旦那様でイケメンに免疫がつきつつある今日この頃。クラっとしないよー。
「申し訳ありません。私は主人の意思に従います。主人に相談もなく勝手には決められませんわ」
まあ決められるとしても入らないけどね! 婉曲な断りなんだと気付いて。お願い。空気を読もう。
必死で断って断って、断り疲れてついでに金髪のキラメキと美麗な笑顔にオメメも疲れてきたころ、やっと私を探しに来たおっさんに見つけてもらい、そしてなんとかおっさんの口添えで帰ることができました。
振り回されて気疲れする私とは違って、おっさんは「忙しい」の一言で全てを退けた。さすが高位貴族! 権力すごい。一般庶民には出来ない技だわー。
いやあ、王宮にはもう行きたくないです。
みんながみんな自分の希望通りに人を動かそうとしすぎじゃない?
私のことは放っておいてください。心からお願いします。
権力にも贅沢な暮らしにももう、飽き飽きなんだよ。記憶をちょっと取り戻しただけで、そんなものはもうお腹一杯になりました。釣られるどころか全力で逃げるぞ!
「王子が勧誘か。特別扱いだな。謁見といいながら最初から魔術師団に勧誘するのが目的だったんだろう」
やっぱりそう思う? 私が入ると思っていたのかしら。
「まあ、一般的には魔術師団といったら超エリート集団だからな。普段は断る立場で志願者が山ほど来るんだろ。オレやカイルが変わり者なんだよ。どっちかってえと」
なるほど? じゃあ、私も変わり者でいいです。
薬や呪いまで使って嵌めようとする人たちになんて、かかわり合いたくない。視える人でよかった。気付かずにまんまと入団させられていたら、偉い人に都合よく振り回される未来しか見えないわ。くわばらくわばら。