魔術師団
いいですか? もう一度言いますよ。
早く帰りたい。
なのに、謁見の後に連れていかれたのは、さっきまでいた控え室ではありませんでした。あれ? じゃあ出口で良くない? もう終わったよね? 私のライフはもうゼロよ?
初めての所でおっさんと別れて一人ぼっちで非常に心細いです。
とっとと先に帰っていようと思ったのに。なんですか、この扉。
開かなくてもいいのに、その物凄く威厳あふれる重そうな扉が、音もなく開いた。建て付けいいね。さすが王宮。いやそうじゃなくて。
中には黒いローブを着た人が三人ほど。魔術師か……。場所的に魔術師団というやつですね。あの師匠が毛嫌いしている……。
「はじめまして、『月の王』の奥様。お目にかかれて光栄です。王妃さまとお呼びするべきでしょうか?」
口を開いたのは、そう! お前! あの偽物『再来』ちゃんに悪事を吹き込んでいた黒ローブだ!
やばい、過去に派手にパフォーマンスしてるよ私……。こんなところで再会したくなかった。今は完全にアウェイじゃないか。向こうは仲間までいるし。
背中を冷や汗が伝う。
が、仕方がない。
「まあ、そんな。普通にシエルとお呼びくださいませ。ハジメマシテ、魔術師さま」
優雅に礼をしておこう。貴族然としていたら、少しは手を出しにくくなる、と、いいな。ついでに過去は無かったことに。実際、直接会うのは初めてだしね!
「おやおや、以前にお会いした気がするのですが、気のせいだったでしょうか?」
「まあ、なんのことでしょう? おほほ……」
一度始めた芝居は変えられないよ! シラはきりとおすぞ!
そして、あなたは信用ならない。それを忘れちゃだめ。スキを見せるな。出来るだけ早く逃げたい。あの偽『再来』ちゃんは今どうしているのだろう?
「まあそんなに緊張せずとも。むしろ私どもの方が、かの伝説の人物の奥方様にお会いするというので、とても緊張しておりますよ。どうぞお座りください」
座りたくない……座ったら話をしないといけないじゃないか。回れ右をしてスタコラ逃げたい。が、もちろんそんなことを出来るはずもなく。
「ありがとうございます」
しずしずと座るしか私に道は無いのであった。後ろの扉は、とっくに閉められているのだ。
「それではお言葉に甘えて、シエルさん……」
お願い私を帰らせてー。
一見和やかな会談なんですよ。
おやおやそうなんですね、そうなんですのよ、おほほほほー。
でもその実は『月の王』についてそれはそれは根掘り葉掘り。
まあ、そうなるよね。
どこにいるんだ、どこにいたんだ、どうやって知り合ったんだ。言われないけど、なんでお前なんだというオーラも感じていますよ、そこの女性魔術師さんから。
でも、相変わらずの何もわからない状態なのよね。過去はちょっとだけ思い出したよ? だけど、今、彼がどこにいるのか、そう言えば知らないよね。知らなくて良かった。口を割る心配がないから。
なので、おっさんと口裏合わせどおりの回答だけをしていくしかない。
「まあ、私もよくわからないのですわ。ずっと幻だと思っていたのです。何度か幻のあの方とお会いして、そして私は惹かれてしまったのです。ですから他の方に愛を誓うなんてどうしても出来なくて、思わずあの方に誓いをたててしまったらこんなことに。お名前は知っていましたけれど、まさかあの方が『月の王』ダッタナンテー」
がんばります。平穏な明日のために! 何事もなくここから逃げるのだ。私はなんにも知らないよ~。
「直接会いもしていないのに、結婚したんですか?」
「はい。そうなんです。笑ってくださっても結構ですわよ?」
まあ実際もほとんどそんな感じだしね。
「今の『月の王』は、貴女にかのセシルのような魅力を感じたという事なのでしょうかね?」
女性魔術師さん、口を開いたと思ったらそれですか。
「さあ……? 私にはちょっとわかりかねますわ」
小首をかしげてとぼけておこう。
実はセシル本人だからいいけれど、けっこう失礼だな。まあこの地味顔では仕方ないか。対してこの魔術師さんは誰が見ても美人だ。羨ましい。
「私たちは貴女の魔力を存じております。私たち王宮魔術師団の者があの『癒しの一行』にも何人もおりましたのでね、実際の目で貴女が水の龍を操るところを拝見しております。私も複数の魔術師と王子の証言が無ければ信じられなかったでしょう。貴女の魔力はすばらしい」
魔術師団長だという件の私が脅しをかけちゃった黒ローブが、真面目な雰囲気を出しながら言い出した。
「私たちの王宮魔術師団にぜひお迎えしたい。あなたを幹部として歓迎するご用意があります」
「あら、いいえ。わたくし今は主人の迎えを待つ身ですから、お仕事はできませんのよ?」
まあ、人に仕えるのは旦那さま的にもアウトみたいだしね。私? もちろんごめんです。のんびり気ままな生活がしたいのよ。魔術師団なんて、どう考えてもややこしい事に巻き込まれそうじゃないか。しかもこの腹黒ジジイの部下なんて絶対嫌だ。
「まあそうおっしゃらずに、考えてみてくださいませんか? わが魔術師団は歴史もある国王直属の……」
ええ、何を言われてもお断りです。
だって。
さっきから漂い始めているこの紫の煙はなんでしょうね?
師匠に教わったから、解析もできるようになったのよ? 話を聞く振りをして解析してみましょうか?
……うん、人の判断を鈍らせて、言いなりにするやつだね。知ってた。そんなことだろうと思ったよ。おっさんの継承式でまかれたやつだ。その強力版。さすが王宮魔術師団と感じさせられる魔術。濃いわー。この三人は大丈夫なのか? 何か対策してあるのかな。
旦那さまの守護魔術のお陰なのか、私にも効いていないけど。
私に効いていないって、この人たちはわからないのかな?
「――なので、貴女ははいと言ってくだされば、ただそれだけで良いのですよ。『はい』と」
「いいえ」
ざわっ。
黒ローブ三人が狼狽えた。うん、ここで私がつられてハイというシナリオだったのね。もう一人の男性魔術師が部屋の隅に目配せした。なになに、もっと濃くしろっていう指示かな?
そう思って見守っていたら、
「それは残念です。でもまだ諦めませんよ。是非あなたにお見せしたいものがあるのです。それを見たら気持ちを変えていただけるかもしれない。少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って男性二人は部屋を出ていった。
残ったのは女性魔術師一人。なんか気まずい。彼女にも予定外だったらしく、なんか動揺しているよ?
さて、どうしよう? なんて悩んでいたら、なにやら紫の煙に黒が混じり始めました。
え? 黒? 呪い!? ここ王宮なのに、いいの!?
ちょっと急いで解析。なんだろう?
……自白剤。思っていることペラペラしゃべるやつ。
催眠でぼんやりさせて、なんでも喋らせようっていう作戦?
悪どいわー。プライバシーとか個人の尊厳とかないのかここには!
効いてないから放置でいいか。大人しくしておこう。と、思ったら。
「……なんであんたなのよ。この私の方がふさわしいのに!。王と結ばれるのは私なはずなのに! 子供のころからの夢だったのに!」
って、魔術師さん!? 術にはまっているよ! どうしよう!? 今までクールにキメていたのに、突然どうした!?
それ以上言ったら黒歴史になるやつじゃない? 冷静になった後に悶えちゃうやつ! たぶん私の証言を記録するために誰かがここを監視しているよ絶対!
「なんで!」
そして掴みかかってきちゃったよ!? 女性だから弾かれないよ。
いやちょっと、私今日はおめかししているからね? あんまり着崩れた状態で王宮の中を歩くのは勘弁して。
しょうがない、止めよう。どうやって?
とっさに出たのは結界。
呪いを跳ね返すよ。
「カチリ」
冷静になーれ。
「カチッ」
「……え? ……なに?」
「気がつきましたか。この部屋に呪いが撒かれているようですよ。あなたは今操られていたのです。私が呪いを返す結界をあなたに張りました。大丈夫ですか?」
「はい……」
催眠の効果は呪いじゃないから効いたままか。ぼんやりしているな。
ここの人たちは仲間を巻き込んでまで何がしたいのだろう?
見せたいものなんて最初から無くて、この部屋に閉じ込めて、どんな手を使ってでもウンと言わせる計画な気がしてきたよ。
もう帰ってもいいかな?
「私、あまり時間をかけられませんの。あまり遅くなると侍女や他のものたちが心配しますから。申し訳ないですけれど、私、帰りますね。魔術師団長さまにはよろしくお伝えくださいませ」
記録係の人、記録しておいてね! 逃げたんじゃあないのよ?
「はい……」
言質とれましたー。催眠効果ありがとう。
では、失礼~。