立場
夜。そろそろ恒例になりそうな三人だんまり会談中。
「まさか王にご挨拶が出来る日が来るなんて! そして挨拶を返していただけるなんて! 修行に耐えたあの苦しみが今日報われました! ああ、父に知らせたらどれだけ羨ましがることでしょうか!」
はいはい、そろそろ師匠、おちついてー。
それ以上語るとおっさんの機嫌がまた悪くなりますよー。
「へっへっへ。大丈夫だよ。もうこれ以上悪くなりようがねえからな! あの叔父貴親子まだ生きていやがった。次会ったら今度こそ義叔母のいるあの世に送ってやる」
うへえ……。
「まあ証人がたくさん居ましたからねえ。幸か不幸か。しかも魔術師一族の重鎮ばかり。もう覆せませんよ」
「叔父貴今すぐ殺してやる」
やめてー物騒! 赤っ恥かいたんだから、ゆる……いや許せないわ。でも殺しちゃだめよ。半殺しにしておこう。ね?
「まあスンナリいかないだろうとはオレも思っていたからな。だからオレはやらなかったんだ。なのに強行しやがって。しかもあんな失敗するとか、馬鹿なのか! 今までのオレの努力まで水の泡にしやがった! なんでオレはあんな馬鹿に20年も振り回されていたんだ。自分が情けない」
なんだと! 物騒! 考えていたんかい! あんたも!
この一族、怖すぎる。あと何人いるんだろう、まさかみんなこんな感じじゃないだろうな!?
「カイロス、もしかしてあなた、本気でシエルを好きだったわけではないんですよね?」
あれ、師匠、突然何を言い出すんだよ。あるわけないじゃん、そんなの。
おっさんも睨まないでよーもうー。私は何も言ってないから! 睨むんだったらあっち!
……ちょっと、なんで黙っているのさ?
もう、違う話をしよう。ね?
そうそう、火龍の話、しよう?
「ああ、アグニどうだったか?」
あ、よかった、おっさんが正気になってくれて。
そこからは私はかくかくしかじか、ことの経緯を説明する。
「なるほど、魔力の流れは変えてみたものの、龍には届いていなかったんだな。で、あの馬鹿は気づいていなかったと。ただ龍を弱らせただけだったというオチか。くそう、あの馬鹿なにしてくれてんだほんとに」
おーい、呼称が変わってるよー。
「でもそれでは少し時間がかかるかもしれませんね。火龍が山の中から自力で脱出するのは。どうします? カイロスが動いた方が早いですかね?」
「うーん、あの馬鹿一応生きてるからな。魔力はつえーんだよ、あいつ。あんまりヤケにさせると何するかわからんところもあるしなあ……。ちょっとしばらくは様子見しながら策を考えるか。あ、息子は無害だから大丈夫だぞ?」
へえ、そうなんだ。たしかにいろいろ自慢話をしていたけど魔力自慢は無かったかも?
「たしかあなたの叔父さんの奥さまは、魔力が強かったはずですが」
「そーなんだよー。なのにどっちの才能もあの息子にはいかなかったんだな。そういう意味ではこの一族の中では肩身が狭かったんだろうよ。おかげで父親に認めてもらうために必死だ。馬鹿め」
あらまあ、あのキザな奴にも悩みがあったのね。
「そうそう、それで思い出したが、その義叔母なんだがな。シエルの言っていた、前にトゲの魔術が刺さっていたっていう『火の鳥亭』を作った魔術師の妹だった。うちの一族は血統とかよりも魔力に惚れるからな、その親族については誰も関心無くてわかるのが遅れたが、確認がとれたわ。やっかいな一族だな。他の人間に教えていないといいけどな」
「まあ今では私が解読して、理解しましたから、大丈夫ですよ。解除も出来ます。小さいものならね。今度シエルにも教えておきましょう」
おお、ありがとうございます! 師匠!
「広めてくれるなよ?」
「そうですね、秘術にしましょう」
え、そんなの教わってもいいのかな?
「その魔術の対象であるエネルギーの流れを唯一見える人が、解除の仕方を知らなくてどうするんです。いつも私が近くにいるとは限らないんですよ」
あ、はい、わかりました……。やるのは私ってことですね、はい。
「それより今回のシエルの結婚の契約の完成についてです。古の『月の王』の姿を全員が見ています。古の王復活の話が遅かれ早かれ出ますよ。どうしますか」
「うーん、それだよなあ……。今でも王都のやからが五月蝿いのに、もっと圧力かかるかなー」
え? 王都からなにか言ってきてるの?
「そりゃーお前の魔術すごかったからな。まさか水の龍と踊ったことを忘れてないよな? 魔術師団からの勧誘なんて何度もオレのところで断ってる。貴族からの招待も山ほど来てるぞ。行ってみたいか? ただの興味本意ならまだいいが、大抵はうまくたらしこんでお抱えの魔術師にしたい奴らばっかりだぞ? 弱味を見せるかちょっと色仕掛けにクラっときたら、すぐパクリとやられるぞー行くなら上手く逃げろよ?」
絶対嫌です! 近づきたくもない! ありがとうおっさん! 防波堤になってくれていて! 知らなくてごめんね!
「どうするお前、形だけでもシュターフ領主と魔術師として契約するか? 本当は嫁の方が確実だけど! それがダメなら雇用契約でも少しは守れるぞ?」
うーん、そうなるの? その方が安全?
そう思ったら。私がピカッと一瞬光ったよ? なんだなんだ? 旦那さまの守護魔術?
そう思った時には、ふわりとシャドウさん、いや旦那さまに後ろから抱き締められていた。あら? 来ちゃって体調大丈夫なの?
その時、低い冷たい声がした。
「……それは出来ないな。今は権限はないとはいえ、私と結婚が完成した今は仮にも元王族なのだから、他の人に仕えることはしない。しかもこの人には水龍がついている。火龍のいるこの家とでは、たとえ芝居だとしても誤解を生む。悪いがこの人を部下にしようというのなら、私はこの人をもう拐って行くよ? 件の人間たちには拐われて行方知れずと言っておけばいい。後の事は自分でやってくれ。今残っているのは君の問題だろう、火の王」
「ちょっと待った! わかった! 降参! わかったから。頼む、シエルは置いていってくれ。もう少し貸して欲しい。なんならお前も協力して欲しいです! くそう! 火の王って言ったって、大したことないんだよ俺!」
あら、旦那さま、つよい。こんな弱気なおっさん初めて見たかも。
そして後ろだから見えないけれど、なんか威圧的なオーラを感じるのは気のせい? 相変わらずギューギューしているのに、振り向けない空気を感じるよ。
「今ここで問題になっている魔術は認識している。地龍も迷惑している。力が戻れば手助けしない事もない。ただ、今はまだ足りないから、期待はしないでくれ。間に合うかわからない。そのかわりに、今まで彼女が世話になったから、もうしばらく預ける。彼女もここで投げ出しては後々後悔するだろう。――守れよ?」
すっごい渋面のおっさんが答えた。
「約束する」
「もう少しまってて、奥さん。頑張るから。地龍と緑龍も協力してくれているから。でも辛かったら呼んでね! すぐ助けに来るからね! 愛してる」
スリスリスリ。
えへへー。旦那さまも早く元気になってね!
「うん、頑張るよ! まっててね!」
そしてまたふいっと消えていった。
「……なんだあれ、態度変わりすぎだろ。超怖かったんだけど、オレ」
「さすが王族といった感じでしたね。そして何ですかあのデレ具合……」
「どうせシエルが誓ったから浮かれてるんだろ。くっそうムカつくやつだなー」
おっさん? あなたも態度変わりすぎでは?
まあ言質はとったからいいけどね! 守ってもらいましょう!
ほんとだな?
「しょうがない、約束したからな。だけど、このままだとお前は相変わらずオレのただの『客』だからな、オレで断りきれない話が来たら出ることになるぞ? 今から考えとけよ」
うーん、頑張ります……。何を考えればいいのかはわからないけど。