結婚式
「おーい聞こえるかー? 叔父貴がいろいろたくらんでるぞ。気を付けろよー」
帰り道、馬車に揺られていたら突然チャンネルを通しておっさんから話しかけられた。
あら久しぶりー、そういえば何日ぶりだろう? でも全然懐かしくない。はっはっは。
「あっ! ひでえ! せっかく心配して来てやったってのに! しかもオレ、馬車を追っかけてまで情報伝えに来てやってんのに! 嘘でも来てくれてうれしいとか言えよー」
あーはいはいありがとうーうれしいうれしい。あ、そういえばアグニに会ってきたよー。
「おお! そうか! 会えたか! どうだった、元気だったか?」
うーん、そうでもないねえ。でもこれから元気になれそうって言っていたよ。詳しいことは後で話すねー。
「そうか! 良かった。お前のお陰で場所もだいたい特定できたし、助かったわ。だから、お返ししてやるよ。お前、このまま叔父貴のところに帰ったら、すぐに結婚式だぞ、気を付けろー。オレ、招待されて来てるから」
は? なにそれ? 誰と!? って愚問か。えーめんどくさいぃ。断ったじゃないか。なにやってくれてるんだよ。怒るぞ。
しかし。
あいかわらず人の気持ちなんてどこ吹く風で、馬車から降りたらそのまま用意されていた白いドレスに着替えさせられて、連れてこられたこの目の前のドアは礼拝堂の入り口だー。夜な夜な徘徊していたから知ってるんだよ。実際に来たのは初めてだけど。だーれも私の話なんか聞きやしない。ここの人たちのその耳は飾りなのか? え? 飾りなのか!?
この親子、こんな状況だったら私が否と言えないだろうとか思っているのかな。やだなあ、最近の私はすでに少々やけっぱちなんですよ。
ピカピカでキンキラな正装した小カール殿がニヤニヤしながら隣に並んだ。そして何故か反対側には屈強な女性兵士。兵士!? いやそれよりも。
「どういうことですか? 私は承諾した覚えはありませんが。なんですか、この茶番」
「何って、結婚式ですよ? 私は火龍を見せた。あなたは私の申し出を承諾して火龍に会った。言ったでしょう、火龍に会えるのは家族だけだと。ですから今から家族になるんです」
いつそんな話になったんだ?
「お断りです」
「これでもそれは言えますか?」
その時扉がバーンと開いた。
中には正装した偉そうな人たちがズラリと並んでいる。
あっ! 正装のおっさんも師匠もいるじゃないか! なにしれっと参列しているんだ!
固まる私。もうこのまま固まっていようかな。
こんな時でもチャンネル会話は平常運転なのはなぜなの。
「ホラもうお前、ここで派手に振ってやれ。ちゃんとお前の味方になってやるから。なんならここで新郎とオレが入れ替わってもいいぞ~」
って、なにニヤニヤ見守っているんだよ! 異議をとなえろよ! おもしろがっているんじゃないよ! もうー。
「前に私の言ったことを覚えてますか? 誓ったら取り消しは出来ません。その男に魔法陣が刻まれないように気を付けてくださいね」
師匠もなんでそんな冷静に他人事感出しているんだ! 助けてよ!
「では待ってますよ」
といって隣のキザ男はスタスタと祭壇の前に行ってしまった。
はあ? 行くわけないでしょ。冗談はよしこさん。じゃあお部屋に戻ろうかと思ったら。隣にいた女性兵士が私の腕をガッシリ掴んだかと思うと、そのまま引っ張ってずるずる祭壇へと引きずり始めた。えっ! そのため!? 私を力ずくで引きずるための人!? あれ? 誰もさわれない魔術は!? え? あっ! そういや侍女さんとか普通にお世話してくれてたじゃん! もしかして女の人には無効!? ヤバい! くそう、私がもっと重ければよかったのに! 足を力の限り踏ん張ってみても負けてしまう。ズルズルズル。
ちょっと! どこからどう見ても嫌がっているだろう! 周りの招待客、なんで黙っているんだよ! ことなかれ主義か! あ、叔父さんが怖いのか!? おっさんが異議を唱えないからなんじゃないの? そこの! 家長! 今こそ行動の時でしょ? なんでニヤニヤ見守っているんだよ!
「いやあ、何してくれるのかなーと思ってるんだが?」
とか言ってくる暇があったらなんか丸くおさめるアイデアでも出せ! 思いっきり睨み付けるもしらっと流された。
はい、祭壇の前ですよ。誰も! 助ける気がないのね!
自力でなんとかしろと?
私は少々どころか随分ヤケになってきたよ。
もう知らないよ? 私、その気になれば何でもできるよ? たぶん。
空気? 読まないよ。こんな事態で。それより自分の方がよほど大事だ。
もうナディア家、いいかげんにしろよ?
自分の都合でいっつもいっつも人を振り回しやがって!
神父がなにやらごちゃごちゃ言っている間、私は沸々と怒りを溜め込んでいた。がっちり固定されていて逃げられない。
小カールが誓いますとか言っているけど、神父の前だから魔法陣は関係ないよね。そりゃあ軽々しく誓えるだろうよ。ポーズだけなら何とでも言えるだろう。欠片もそんな気持ちは無いくせに。
「誓いますか?」
はい? 神父さま、いったい誰に聞いてるのかな?
こっち見て聞かれても、誓うわけないじゃないか。
その時、横から手が伸びてきて、私の後頭部を鷲掴みにしたと思ったら、思いっきり前に押してきた。なんだこれ! そんなのが有効になるの!? それを認めるの? 神父さま!?
でも、神父さまの反応を観察する時間はない。これで誓ったとか言われた日にはメンドクサイ事態が増えるだけだよ! 神父がナディア家とグルだったら終わりだ。というより、まず、グルなんだろう。この家がそんなヘマをするわけがない。変な信頼感だけど、自信を持って言えちゃうよ。
「誓いません!」
ここはちゃんと意思表示しないと! その一心で声を張り上げた。ハッキリしておかないと。
ついでにだめ押しをしておこうか!
「私は既に結婚しています!」
ありがとう「だんなさま」! 堂々と拒否できるのは本当に助かる! 私にはもう素敵な旦那様がいるんだから! 宣言しちゃうよ! みんな聞いて!
しかし敵も引き下がらなかった。
神父が言う。
「あなたはそう言いますが、教会のどの記録を見ても貴女の結婚記録は存在していません。ですから貴女はまだ未婚だったんですよ?」
もしかして私の結婚している情報を、叔父さん親子知ってたな? いったいいつから計画していたんだ? これ。
そんなに私を追い込んで楽しいか?
なんでニヤニヤしているんだ小カール。そしてあそこの大カール。ついでにその家長であるおっさんもだ!
私は「だんなさま」が好きだって言ってるだろう! 聞け!
もう頭にきたよ。私は今の結婚を死守する。
誰にもこの結婚は壊させない!
私は息を吸うと、思いっきり声を張り上げた。
「――私は、夫であるエヴィル・ローに、永遠の愛を誓う!!」
その刹那。
私の左手に魔法陣が浮き出し、そして光が溢れだし、会場一杯に広がって全てを白く包み込んだ。
視界が真っ白に染まる。
全てが真っ白で、上も下もわからなくなった時、目の前に「だんなさま」が本来の麗しい色彩そのままに姿を現した。
朗々と歌うような声がする。大音響。
『誓いは受け入れられた。この契約により未来永劫二人は夫婦になる。魂の死が二人を分かつその時まで。ここにアトラの王が宣言する。何人たりともこの契約を覆すことはできない』
光が消えたそのあとに、声を発する人は、誰もいなかった。