叔父と息子
さて、あのトゲですよ。あの兄妹が魔力を注がなければこれ以上の成長はないだろうけれど、だからといって小さくするのも難しいかもしれないとのこと。できちゃったものを削るというのは難しいらしい。うーん。と、いうことは、抜く時は一気にやるのか。
「こっちも調べているんだがな、どうやらこの二十年で随分あちこちの気候や土地の性格が変わっているっぽいんだよな。これを一気に二十年前に戻すとなると対策をしたとしてもどうなるか。しかも説明も難しい。そして王都にも影響が出そうなんだよな」
うーわーおおごとだ……。
「せめて火龍がいればいいんだが、火龍のいない今のオレだとなかなか大きなこともしづらいんだよなあ……」
うーん、権威っていうのも大事なんだねえ。
「その火龍なんですが、今いる場所はわかりませんか? 魔力が足りなくて動けないとしても、場所がわかれば何とかなるかもしれません」チラッ。
えっ? そうなの!? あれ? なんで私を見るの?
「シエルが温泉地で、地下のエネルギーを温泉まで持ってきて接続しました。同じことを火龍のいる場所に繋げることができれば火龍の魔力不足を補えるかもしれません」
ええっ? そうなる? 言われてみれば? でもあれ、結構大変だったのよ!?
「シエルお前……いや、何も言うまい。そうかそうか、助かるぜ。あれほど、あれほど! やらかすなと言っておいたのに、何をしれっとやっているとか言わねえから。そうか、そんなことが出来るのかお前」
え、そのニヤニヤ顔なんかいやー……。 凄くこき使われそうな感じがするのは気のせい? 気のせいなの? だから大変だったんだよ! 聞いて? そういえばアレ、接続したまま放っておいてしまっているけどいいのかな。
「ただなあ、火龍の居場所がわからねえんだよなあ。シエル、いっそシュターフ領全体にそのエネルギーとやらをバラ蒔けないか? そしたら火龍にも届くだろ」
えーダメです。あのエネルギーはシュターフ領を通って、また違う土地に流れていくんだから、ここで流れを変えると他の土地、下手すると国全体に影響が出る可能性があります。
あのね、自然はいじっちゃダメなんだよ。どこかをいじったら、その歪みが違うどこかに出ちゃうから。だから今回のトゲも困ってるんでしょうが。そんな大規模ないじりかたは、もし出来てもやりません。ていうか、そんな大規模なこと出来るわけないじゃないか。なに無茶ぶりしているんだよー。しかもあのトゲを抜いたらまた全部がおかしくなるよ?
「でもそうすると困りましたねえ。ではもし火龍の居場所がわかったら、そこにだけそのエネルギーを引くことはできますか?」
うーん……まあ、それくらいなら。火龍の辛いのを助けると思えば……いいのかな? 全体に影響が出ないなら、まあ少しなら……。
でも場所にもよるよ? あんまり本流から離れていたり、地下水が流れていないと難しいと思う。
「まあ火龍が見つかったらだな」
どうやったら探せるんだろうねえ。
水龍セレンも知らないみたいだったしねえ。
結構その噂の叔父さんとやらが知っていたりして? この二十年の間になにか知っていてもおかしくないんじゃないの? なーんてね!
……あれ? 二人とも、なんか真剣な顔で黙っちゃったよ? え? 冗談だったんですけど? え?
「なるほどな? 一度探ってみる価値はありそうだな?」
と、おっさんがニヤリとしたら、それは決定ということなんですよ。しくしくしくしく。ええ、私に否やは無いんですよ。もちろん言いましたよ? でもね、誰も聞いてくれないんですよ、私の言葉なんて。私の、言葉なんて!
あっという間におっさんの手によって段取りが組まれました。
そうです。私の誘拐計画です。ああ、正確に言うと、私を誘拐させる計画です。なんでそうなる!
「だって、お前が一番あの叔父が欲しがる人間だろ? そして一番安全じゃねーか。あの旦那の守護魔術で守ってもらってんだろ? そうじゃなくてもこの中でお前最強なのに。いーなーオレもそんな風になりたいわー。大丈夫大丈夫、さわれないんだから危害も加えられないって! どうしても嫌なことが有ったら全部吹き飛ばしていいからさ。ちゃんとオレが後始末してやるよ! いやー助かるわーさすが頼りになるなシエルちゃん! ちょうど館内のスパイも特定したし、すぐ出来るぞ! まかせとけ!」
とか言いながらサクサクと計画がたてられました。開いた口が塞がりません。
言うんじゃなかった……。口は災いのもとだった。くそう。何かあったらどうするんだ! ほんとに全部吹き飛ばすぞ? 水なんてどこにでもあるんだからな! ここに私を心配してくれるような優しい人はいないの!? ねえ、いないの!?
そう、いないのだ。しくしくしくしく。
強制的にまた茶番が始まってしまいました。ぶーぶーぶー。
「せっかく静養に行かれるところを邪魔をして申し訳ない。ぜひお噂の『セシルの再来』にお会いしたくて、少々乱暴だったことをお許しください。しかしあんな民間の温泉地なんかより、ぜひ我が家でゆっくり静養していただきたい。出来るだけのお世話をさせていただきますよ。初めまして、私はシュターフ領主の叔父にあたります、カール・ナディアと申します。大カールと呼ばれております。以後お見知り置きを」
はい、キンキラのお部屋で優雅に礼をするのは、キンキラな身なりのアノ噂の叔父さんです。今まで何処にいたんだと言うくらい見なかったのに、あっさりご対面ですよ。おっさんの計画と手配すげえ。おっさん怖いわー。
一見穏やかそうなのに、何故か極寒のオーラを感じるよ。内面を隠しきれてないよ、叔父さん。
私は「体調が戻らないので温泉地に静養に出掛ける事になり、馬車で移動」中、馬車ごと拐われました。あーれー。
まさか仕組まれてるなんてバレたら怖そうなので必死ですよもう。
「まあ、こんなこと困ります……。私、温泉に行くはずだったのですが。知らない所でそんなお世話になんてなれませんわ」
そうしたら部屋の入り口からまた違う声が。
「シエルさん、そんなつれない事を仰らないで下さい。ああ、なんて可愛らしい方なんだ! 父上、この方のお世話は是非私にさせてください」
今度はキンキラの見るからにキザな若造が入ってきたぞ? 笑顔なのに目が笑っていなくて怖いんだが。
「ああ、彼は私の長男のカール、小カールです。気前の良い男なので、どうぞどんな我が儘でもおっしゃってください」
では帰らせてください、とは言えないんだよね。めんどくさいよー。
ええ、結局その後、私は監禁されての小カールからのチヤホヤ攻撃にさらされていますよ。
なにやらキンキラしたお貴族さま的な豪華な衣装を着させられ、ご馳走を並べられ、花やら宝石やらのプレゼント、そしてベッタリくっついての歯の浮くようなお世辞です。
ぐったり。
いらんわ。全て。全然うれしくない。
そもそもそういうのが好きな人間が質素なナリでのんびり旅なんてしないよね。
ご馳走よりも、そこらの屋台や店先の温かいおやつの方が美味しいのよ私は。自由万歳。はー肩凝るわ。
「セシルさんは貴族ではないとお聞きしていましたが、ドレスを着ての身のこなし、食事のマナー、何をとっても貴族の令嬢にひけをとりませんね。素晴らしい! どちらでそのような所作を身に付けられたのでしょう? ああ、どこから見ても美しい貴婦人ですよ! 私はますます貴女に惹かれていく自分に驚いています」
毎日こんな感じです。
この行き着く先はなんとなく見えるよね……。なにしろあの、ナディア家ですから。
あっちも茶番、こっちも茶番。なんだこの状況。茶番はこの家の十八番なのか!? これだから権力者は嫌なんだよ。
もちろん私もここに滞在して何にもしていなかったわけではないのよ? 早く終わらせたいしね。昼間に寝込んでみたり、夜に寝室に引きこもったりしては遠見で屋敷中を徘徊して情報集めです。お陰でこの屋敷の行ったこともない場所も完全に把握しちゃったよ。叔父さんとこの息子の会話も聞き放題だ。
「早く落とせ」
「チヤホヤしても落ちないんだよ、生意気な」
なんていう裏方を見ちゃうとねえ。昼間のチヤホヤも白けるってもんですわ。
さて、問題は火龍のかの字も出ないことですよ。どうしよう?
困った。これではいつまでもこの茶番が終わらない。
なのである日、言ってみた。
「シュターフ領主からもプロポーズされているのですけれど、お返事はしていないの。だって、火龍がついているって言うくせに、見せてはくれないんだもの。嘘なのかしら?」
「でもあなたのお父様に火龍がついているわけでもないんでしょう? そうしたら同じね。私は火龍が見たいのに。素敵なんでしょうねえ。龍なんて、ミタコトナイワー」
なーんて会話をちょくちょく挟んでみましたよ。『再来』は龍が好き。そういうことで。頑張れ私。私は女優!
でもこの綱渡り怖いよー。私はおっさんみたいな度胸なんて無くてハッタリもきかないんだから、どこかでボロが出そうだ。ばれませんように。なむー。