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見張りの石

「視察旅行?」


 おっさんの、書類がうず高く積まれている執務室で。

 関係ないけどこの人、毎日とっても忙しそうに働いているのに、この書類たちが一向に減らないのはなんなんだろう。大変だね、権力者って。これで回らない分は前領主様が手伝っているっていうんだからどれだけ大変なんだ。

 むしろこの前の慈善事業キャンペーン、よく行けたな。いやここはむしろ前領主さま、よくその間まわしてくださったと言うべきか。もっと言えば今までよく回していらしたと言うべきか。ご老体なのに。そりゃあ引退もしたくなるかもしれない。うん。


「そうです。例の『トゲ』なんですがね、私も興味がありまして。今まで先祖伝来の魔術にあんなものはありませんでした。これは是非近くで見てみて、そして読み解きたいんですよ。地下にそんな魔力の流れがあるなんていうのも初耳ならば、その流れを変えるなんていうのも、はたしてどうやるのか。シエルの目を通して見るのではなく、現地で見て感じなければわからないことも多そうですよね?」


 私の大告白もとい吊し上げから三日、なんか考え込んでいるなあとは思っていたけど、そんなことを考えていたんですね、師匠。


「えー、お前、オレを置いて行っちゃうの? こんな敵だらけかもしれないところに? いいな! オレも行きたい! お仕事飽きた! オレも行って温泉入ってのんびりしたい! お前だけなんてズルいだろう! オレもつれてけ!」じたばた。


  おっさん、ストレス溜まってるね……。


「あなたはあの『トゲ』を抜いたらどんな影響が出るのか調べるのが最優先でしょう。火龍を元気にしたいのではなかったんですか。私も遊びに行くのではありません。研究です。聖魔術師としての大切なお仕事です」


 うん、師匠、容赦ないね……。


「えー、そんなこと言ってどうせあの近くの温泉に行くんだろ? 温泉入ってのんびり研究とか! ズルいズルい! シエル、お前も言えよ。師匠だけ温泉ってズルいだろ!」


  ええー! 師匠! それはズルい! 弟子を置いて温泉とか! でも鬼の居ぬ間にのんびり買い食い生活でもいいかな……?


「お前! こんな時くらいオレの味方になれよ! わかった! じゃあカイル、行くならシエルとの結婚式を先にやって、それからだ!」


「やらないよ!? ぜったい、絶対にやらないよ!? 横暴反対! 人権を守れ!」


「私は結婚の絆の糸が繋がらないような式はやりませんよ。それにシエルも連れて行きます。弟子ですからね。あなたが言ったんですよ、弟子にしろって」

 わーい温泉だ!


 あ、おっさん黙っちゃった。


「二人でオレを見捨てるなんてひどい……」

 しばらくして、おっさんが絞り出した台詞はそれだけだった。ちょっと可哀想?



「まあ、長い間留守をしていて、ひょっこり帰ってきてすぐ就任ですからね。反発する人も多いんでしょう。あの噂の叔父の影響もあるでしょうしね。ですがそれは彼が乗り越えなければならない壁ですから。私は私の出来ることをするだけですよ。それは近くで彼を励ますことではありません」


 まあ、そうなんだろうけどね……。

 そのうち皆で行けるといいね。それまでは、頑張れー……。




 さて、そうと決まれば準備です。準備というか根回しというか?

 なにしろあの叔父さんの近くに行くなんて、危険なので言えません。

 叔父さん自体は今は本宅にいて、あの別荘には居ないらしいですがそれでも念には念をいれますよ。しかし見たことないぞ、その叔父さん。


 表向きは「アトラスの領主に招かれてしばらくカイルが里帰りする」ということになりました。あの時の人脈がいかんなく発揮されてます。

 師匠の偽装はばっちりです。師匠の代わりに師匠と同じ黒髪の使用人さんがお使いに行く予定です。


 で、私ですよ。表向きは「過度な魔術で体を壊して静養中」の私ですが、館の中では元気に歩き回っています。いなくなればすぐわかる。ここは使用人さんたちの口の固さを信用するしかありません。


「なわきゃねえだろ? ちょうどいい機会だ。カイル、見張りの石を大量生産ね? これを機に裏切りものをあぶり出すぜ! 温泉行く前にそれくらいはしてくれるよな?」


 うん、おっさん、権力が手に入っても変わらないようである意味感心する。相変わらず怖い人だ。

 そして私は師匠の、大量の「見張りの石」なるアイテムを作るのを手伝わされたのでした。花瓶にドアノブに額縁に机に椅子その他諸々。片っ端から魔術をかけます。ほんとに石ではないんだね。


 なにやらイロイロ監視できるみたいです。特定キーワードが出たら信号を発信するオプションやら、音声と映像を記録するオプションなんかもつけるので、それはそれはなかなかの作業量でしたよ。こんなのをばら蒔かれて領主に監視されるのは嫌なので早く作って温泉行きたいな。


「別にこのアイテムは、特定条件に触れなければ発動しませんから、普通にしていれば無害ですよ。今回は私とあなたとカイロスと、あとはあの叔父の話題についてだけの条件ですから、悪い噂や密告なんかをしなければ害はありません」


 うん、まあそうなんだけどね? お勉強が嫌になって、師匠のバカなんて呟いたら反応されちゃうんですよ。怖いでしょ?


 そんな下準備? が終わって、やっと出発です。昔の気軽さが懐かしいね。


「行ってらっしゃいカイル師匠」

「おう、気を付けて行けよ!」

 盛大に見送ります。表向きは師匠の里帰り。私はお留守番。

 誰の目にもカイル師匠は旅立つようにしなければなりません。


「さあ! 私の自由時間! なにしよう! 楽しみね! あら? ちょっと目眩が……あららー?」


 はい、いつもの下手くそなお芝居ですが、やらないよりはマシ……よね?

「ちょっとお部屋で休もうかな」よれよれ。


「ダイジョウブカ? シエル?」

 おっさんも大概芝居が下手だけど、これもやらないよりマシなはず!


「カイルがいなくて気が緩んだんじゃねえか? ユックリヤスメヨ?」


「そうね、ありがとう。休ませてもらうわ」


 温泉でね!

 行ってきます!


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