アグニ
「とりあえず、証人として呼んでいた関係者には口止めしといたからな」
おっさんが苦虫を噛み潰している。
「突き抜けろとはいいましたが、さすがに想像の範囲外ですねえ」
師匠は何故かニヤニヤしている。
ていうか、呼んでいた関係者って。やっぱり今回の鉢合わせ、完全に仕組んでいましたね。さすがおっさん。知ってた。策士だって。味方でよかった。
「範囲外すぎだろう。オレは二人を対決させて、シエルが勝てば宣伝するつもりだっただけだ。あそこまで徹底的にやるつもりは無かったんだよ。あっちの『再来』なんて号泣してたぞ」
えー? ちょっと驚かせただけじゃーん。大袈裟な。
「まあ、そこも『セシルの再来』ということなんでしょう。かのセシルも似たような感じで騒動を起こしていたみたいですからね? そっくりですね?」
「まじか。昔の人も苦労したんだろうな」
うーん。セレンの
『まったく同じじゃの~~』という台詞を思い出してしまった。
「しょうがねえから、ちょっと暴走して濡らしてしまったが怪我はさせてはいない、という方向でなんとかするわ。まああちらさんも派手に攻撃してきているからなんとかなるだろ。あの強気で偉そうにしていたやつ、多分王子だな。あいつさえいなけりゃなあ……」
え! 王子!? もしかしてあの偽『再来』ちゃんとラブラブだった人かな!? 被り物してたから髪の色わからなかったよ。
彼女の名誉のために頑張っちゃった感じ? 愛なの? 愛なのかしら!?
「プライド高そうだったからな。あいつの気持ち次第だろうな。意地にならなきゃいいが」
ひえーー。そっちか!
「まあ、カイロスの呼んでいた関係者とやらが口をつぐんでも、噂は出回るでしょうしねえ」
「派手にやったからなあ……。伝説の水の龍だよ……。今まで呼ばれてなくても今回ので『セシルの再来』で決定だな、お前の二つ名」
あれ、伝説だったの?
「古のセシルにしか出来なかった技ですよ。あなたといると、いろいろな伝説をこの目で見れて、私もなかなかお得な人生になっています」
「シエル、頼むからもうちっと、大人しくしてくれ。いいか? 本物の水龍は絶対に出すなよ? 今回目立ちすぎたからな? 王子に喧嘩売って、水龍までいるとなったらお前、命の危機だと思え? いいな? おとなしーくしてくれよ? ほんとに」
あらー、それは申し訳ないです……。え、そんなに?
「それより問題は、シエルの瞳です。あなた、気づいていますか? あの龍を操っているとき、瞳の色が変わっていましたよ?」
ぎっくう……!
「は? なんだそれ?」
「カイロスはシエルの後ろだったから見えなかったんでしょう。彼女があの派手な魔術を操っているとき、瞳が銀色に変わっていました」
「はあっ!?」
え、ちょっと、こっちを睨まないで? あれ? おかしいな、「だんなさま」のおめめパチンの魔術どこ行った? 色が変わる前に、パチンって……あれ?
「……その様子だと知ってたな? なるほど何かというと目を瞑っていたのはそのためか」
「まああの一族と婚姻してますからね。その影響かもしれませんが。問題はその銀の瞳を大勢の人たちが見ていることです」
…………。
「『再来』で済めばいいですね? 銀の瞳は『月の王』だけの特徴ですよ?」
え? 「だけ」? だ け !?
私の脳裏に「だんなさま」の麗しいお顔が浮かんだのは言うまでもない……。まじか。
「……シエル、とりあえずお前、体調崩して寝込んどけ。しばらく『セシルの再来』は姿を現すな」
あ、はい、わかりました……。
あ、でもこれで私、晴れて一般人としてモブ生活できる!? やった! 色変えの髪飾りつけて、遊びにいこう! そうしよう! どこに行こう! 旅もいいね! ひゃっほー! 自由だ!
はい。そんなことはありませんでしたね。うん。知ってた。
いや、こっそり近くには遊びにはいきましたよ? 護衛つきで……。なんでただの食べ歩きに護衛がつくのか私にはわかりませんが。わからないよね? え? なんですか? 信用? なにそれ美味しいの?
世間では、領主の口止めなんのその。なぜか『セシルの再来』の話でもちきりですよ。やれ川の水をまるごと運んできただの、水の龍を作って一緒に踊っただの、目が銀色に光っただの。
……はいすみません、事実ですね。もちろん尾ひれもついてます。尾ひれ部分としては、水の龍が咆哮したとか、銀の目から出た光線が向こうの『再来』を射ぬいたとかですね。なんとも物騒です。こわいわ。あ、あと、銀の目だったことから、『再来』は“末裔”説も出てましたね、そういえば。なるほど。ありそう。いやないけど。
それでも「過度な魔術のせいで体を壊して安静が必要」なシエルさんは放っておいて、私はお勉強の合間をぬって、たまには館を出れるようになって嬉しいです。色変えの髪飾り買って本当に良かった!
ここシュターフは、王都に負けず劣らずの充実具合らしいですよ、素敵ですね! 美味しいおやつ! お洒落なお店! かわいいお土産!
まあ、たまになんですけどね。ええ。そんな楽しいひとときは、ほんのちょっぴりなんですよ。うん。でもいいんです。あの緊張の逃亡の日々を考えたら、贅沢は言えません。正直に言う。ありがとう、カイロスさん。毎日ふかふかお布団で安心してぐっすり眠れるのはカイロスさんのお陰です。小さな幸せ大事。
まあ、なので、出来ることは協力もします。うん。
今日はまた何を呼ばれたのかと思ったら、思ったよりも深刻そうなおっさんが来ましたよ。なんだなんだ?
「本当は前領主のおやじどのと、水面下でどうにかしようとしていたんだけど、にっちもさっちもいかなくてな。ちょうどここに優秀な魔術師が二人もいるから、悪いんだが相談させてくれ。絶対に他には言うなよ? 聞かれるとマズイ」
おっさんがすごく真剣に、かつ渋い顔をする。
「珍しいですね、カイロスがそんな顔をするなんて」
師匠も困惑顔だ。
だけど私たち、聞かれるもなにも先程から黙ってソファに座っている怪しい三人組ですからね。大丈夫。ほんとチャンネル便利だね。
「……実は、火龍が見当たらない」
は?
「えっ?」
無言で慌てる私たち二人。
「前領主のおやじどのが言うには、どうやら本当に10年くらい前からぱったりと見なくなったらしい。呼んでも反応がない。そして何処にいるのかもわからないと」
え、それまずいんじゃないの?
「すげえまずい。イカロスが言うには気配はあるから一族から離れたわけでは無さそうなんだが。継承の儀の時にもちょっと言われたしな。このままではそのうち誰かが領主の資格うんぬん言い出して不味いことになりそうだ。だがこんなことは初めてで、なぜだかも、そしてどうすれば良いのかもさっぱりわからん」
なるほど……。それは困ったね。
ちょっと聞いてみる? 知ってるかな。お仲間だよね?
「セレン」
『ほいほい~なんじゃろほい?』
小さな白蛇が、目の前の紅茶のカップの上に出現した。
「龍って、他の龍の居場所とかわかるの?」
『ん~? 普段はお互い関係なく過ごしているからのう。あんまり知らんな。火龍か?』
「そう。じいさん、アグニのいる場所わからないか?」
『う~ん。気配が薄いのう。なんじゃ、弱っとるのか? ワシより若いはずなんじゃが。そういえばここらへんの土地の魔力が昔より薄まっておるのう。そのせいかのう?』
白蛇が小首を傾げている。おおかわいい……。じゃなくて。
「薄まっている? そんな話は聞いたことがねえぞ?」
「昔からここはアトラスに負けず劣らず魔力の多い土地のはず。そんなはずは無いんですが」
え? ……そうなの?
「そうです。ここは昔から魔力が多くて火龍も住んでいたから、カイロスの一族がここに居を構えるようになったのですよ」
そうなの!?
だって、ここに来てから、全くそんな気配を感じたことないよ? え? あのアトラスと一緒だったの!?
その話が本当なら、ここ、エネルギーの出口だったってことだよね?
え? ないよ? 全然……。
「ここには、そんなもの無いよ?」
そう言うと、二人にびっくりされたけど。
「そんなはずは」
いや、無いものは無いです。すっかすか。
白蛇姿のセレンだけがウンウン頷いていた。