粘土遊び
「さて一度彼女には落ち着いてもらって、だ。うちの大事な客人に、攻撃をされた理由は何かな? 場合によっては正式に抗議をさせてもらうが」
おっさんが領主らしいことを言ってるー。でもお偉いさんが出てくれるのは有難い。
あちら側の護衛隊長らしき人が進み出た。
「私ども所有の水晶玉をその方に奪われたので、取り返すために仕方なく。その水晶玉はこちらの『再来』たるカロリーナ様のものです。お返しください」
え、なんかさあ、この人たち、しつこくない?
「見たところこの水晶玉は、今持っている我が客人『セシルの再来』の所有物で、わがシュターフ領主館から先日盗まれたものだ。なぜそれをそちらが持っていたのか、むしろこちらが聞きたい。それともそちらのものという証拠はあるのか?」
「証拠? 『再来』さまの持ち物になんと失礼な」
「それを言ったらこちらの人に失礼なのはお前らだろう。オレはこの『セシルの再来』がこの水晶玉に魔力を込めた時にその場にいたんだよ。そして彼女から借りて、病床の前領主に送ったのもオレ自身だ。間違えはしない」
「何とでも言える。そちらこそ証拠を出されよ」
地が出ているおっさんもおっさんだけど、仮にもシュターフ領主に向かって、妙に強気な態度だよねこの人。ただの護衛ではないのか?
「この水晶玉には、持ち主の本物の『セシルの再来』しか触れられない魔術がかかっている。そして水晶玉も彼女の命令しか聞かない。今彼女が何事もなく持っているのが何よりの証拠だろう」
さっきさんざん大騒ぎしたから、さすがに誰も文句は……言えないよね? 言わないでよ? もうこれ以上ややこしくしないで?
「もちろんカロリーナさまも持てていた。途中でおかしな魔術をかけたのはそちらだろう。解いて返却されよ」
「はて。もともと『セシルの再来』とこの方が呼ばれたのは、かの古のセシルと同じ魔力を示したからに他ならない。そちらのカロリーナさまとやらも同じ魔力をお持ちなら、もうとっくに解除できているはずではないのか? いまだに解除されていないというこの事実は、こちらの『セシルの再来』が本物であって、なおかつ彼女の方が魔力が上ということ……」
……ねえ、そろそろ注目されつつキリッと立っているっていうのにも疲れてきたんだけど? 何時まで続くのかなこの水掛け論。この人たち、宗教なみに頭が固いよ。いくら言っても理解する気も、ましてやこちらの言い分を認める気なんて最初から全然無いんじゃないの? 自分たちが絶対的に正しいと思っているよね? さっきから聞いていれば、話し合いじゃなくて命令しか言ってないよこの人。
私は何があってももうこの水晶は渡さないよ? 奪いに来たらもちろん阻止する。こんな面倒事、二度とごめんだ。
さっきの脅しでは足りなかったのかな? もっと派手にやったら終わる? 私、そろそろ終わりにしたいわ。らちが明かないよ。
ちょっといろいろ嫌になったので、意識を広げて何か使えそうなものを探してみた。何処かに何かないかな~? んん~?
……あ。みーつけた! あっちの方に川がある! この距離なら、いけるんじゃない?
チャンネル通して予告しよう。
「おっさん、お水でちょっと派手に脅かしていい?」
おっさんがギョッとしてこちらを見たあと、ニヤッと笑った。
「……こちらの『セシルの再来』がそちらの言い分にそろそろお怒りだ。このまま引かねばオレももう抑えきれないかもしれない。今回の事は不問にするから、もう帰った方がいい」
あっ、なんかオレが抑えてるアピール入れられたぞ。ちゃっかりしてるな! 相変わらず。
でも、引かないんだね。引けないのかもしれないけど。相変わらずわーわー言ってるよ。
水晶、ちょっとおっさんの所に行ってて。
『わかったわ』
「ちょっと持ってて」
水晶をポイっとおっさんに渡す。水晶のお陰と思われたくないし、正直片手が塞がるのは面倒だからね?
おっさんが無事水晶を受け取ったのを確認して、前に出た。はい拡声機能オン。風纏いオン。
「誰が何を言おうとも、私の水晶を奪おうとする人は許せない。私のかわいい水晶を、私利私欲で利用するなんて許せない! 帰られよ!」
はい、いくよー!
「おいで!」
右手を高く掲げて、川の水を呼んだ。
ザバーー!
凄い勢いで川の水が根こそぎ、アーチを描きながら飛んでくる。
昔セシルがやったという粘土遊び、ちょっとやってみたかったのよね。いい機会だ! やってみよう!
せっかくだからたくさんの水の魚になって飛んできてもらう。わー壮観~。空を埋め尽くす水で出来た魚たち! 上空をぐるぐる回遊するよ! キラキラしてとっても綺麗~。
あら、これだけでも結構パニック?
でもやっちゃう。
はい、龍~! 魚から巨大な龍になって、敵さんの上で舞い踊る! 頭の上スレスレを、水の鱗が凄い勢いで走る。操りながら私もちょっと踊っちゃう。
お、逃げる人が出てきたね? 腰を抜かしている方が多いけど。
でもまだ許さないよ?
龍が水のボールを、敵陣営に雪合戦よろしく投げつける!
バッシャン。バッシャン。
えいっ。えいー!
やだ楽しい~~!
とうっ!
「……シエル、そろそろ許してやれ」
あれ? なんか疲れた声がするよ? おっさんどうしたの?
「もう泣いてる奴もいるから」
んー?
見てみたら、敵陣営に戦意の残っている人どころか、立っている人がいなくなっていた。あら、終わり? なんだー楽しかったのにー。
しょうがない。私はしぶしぶ水を川に戻したのでした。
誰もが唖然としている中で、おっさんが静かに言った。
「帰られよ。もうこれ以上は、オレでは彼女を止められない。今帰らないと、こいつ、ヒートアップしてどんどん手に負えなくなるぞ?」
えー、ちゃんと止めたじゃないのー。失礼しちゃう……。