呪いを解こう1
食堂から廊下に出るときに、シャドウさんは私の手を取った。
とたんに私の頭の中に映像が来る。ん? なんだここ? 部屋? 客室……誰のかな? と見回すと、見覚えのある上着が掛かっていた。
「あー、おっさんの部屋かー。え? そこに行くの?」
シャドウさんが手振りで「行く」と言っている。
「は? なになに? なんか内緒話? どうやってんの? え、オレの部屋?」
興味津々なカイロスさん。
「おっさんの部屋に行くんだって。どこかしら?」
「はー? オレの部屋? なんもねぇよー? いいの?」
と戸惑いつつも案内してもらう。
同行者じゃあないからね。私たちがここに泊まると決めたあと、おっさんはまた別に勝手に部屋をとっていた。
三人で小さな部屋に入ってドアを閉めた時に、「カチリ」と頭に音が鳴った。
「え、なに!? 結界!?」驚くおっさん。
あら、おっさん、気がつける人なのね。魔力持ちだから?
どうもシャドウさん、宿に泊まるときはいつも部屋に結界らしきものを張っているみたいなのよね。私も気付いたのここ数日よ? 最初は全然わからなかったよ。
ここ数日で感じられるようになりました。はい。何故か? え、知らないー。慣れ?
私が、おっさんのくせに思いのほか清潔感あるのねなんて見回していたら、
「ここに座れってか」
シャドウさんの指示に素直に応じておっさんがベッドに座った。期待に目をキラキラさせている40代。子供みたいだな。
と、その上半身をシャドウさんがとんと押して、倒れさせた。
「え、うそ、起き上がれねー! 天井しか見えねーよ! なんだこれ!」
声だけが焦っているけれど体はピクリとも動かない。
そしておっさんの前に椅子を持ってきたシャドウさんは、そこに座った。
そして私を膝に座らせる。
は?
なにこの状況!?
でもシャドウさんは、口元に指を立てて静かに、と指示するから必死で黙る。しょうがないから目で「なにごと!?」と訴えるけど!
その間にもおっさんは
「こえーよー! なにされるんだよー! 見たいんだけどなー! 見たいなー!」
と煩いうるさい。
「あんまり騒ぐとシャドウさん、気が変わるかもしれないですよ?」
と言ってみた。あ、黙った。ちょろい。
さてシャドウさん、軽くおっさんの左の膝に手を当てる。と、そのとたんに膝からモアッと黒い煙があがった。
なにこれ?
びっくりしてよくよく見ると、黒い煙の周りにまたホコリみたいなのがふよふよ浮いている。
なんかわからないけれど良くないってことはわかるわー。嫌な感じがムンムンしてるよ。
その煙とホコリはシャドウさんの手が離れても立ち上ったままだった。
するとシャドウさんからまた映像が来た。
膝に手をかざしている。そして……
映像が終わると、私の手を取って膝の上の黒い煙に導く。
私がやれってこと?
目で聞くと、にっこりするシャドウさん。
わたし? あなたじゃなくて!?
まあ、私が出来なくてもその後シャドウさんがどうにかしてくれるとは思うけど。ええい、ままよ。
いや、ちょっと面白そうとか思ったのは黙っておこうか。
手をかざす。さっきの映像で感じたように、あの感じをこっちに流して……入れる?
うへえ、この煙冷たいな。嫌な感じだなー。
煙が私の入れた温かなものに抵抗する。おっさんの膝に根を張って、そこで踏ん張っている。
なにこの感じの悪い引き際の悪さ。
負けるもんかー退きなさいよ! とこれまたこちらのエネルギー? をごり押しで押し付ける。
と、徐々に押し負けた煙は少しずつ小さくなって、最後にはシュンッと音をたてて消えた。
おっさんが「うおっ!?」と声を出す。
でもホコリが残っているのよねー。ふよふよふよ……
なんか多いけど軽そうなホコリだったのでつい手でパタパタ仰いだら、あらちょっと吹き飛んだ。おもしろーい。
シャドウさんが私の頭をなでなでした後、ホコリが発生している膝を撫でたら、とたんにホコリが消え去った。
「おお! すげえ! 痛みが無くなった! 奇跡!!」
あのホコリは痛みだったのかしらん? シャドウさんすごいね。
私がシャドウさんの膝から降りた後、シャドウさんが両手でおっさんの両膝に触れる。
そして突然ブワッと黒い煙が両膝から立ち登った。
え、さっき消したのに!?
「あっ! 何する! また呪いかよ! やめてよーもう呪いはこりごりなんだよー! せっかく楽になったのにー! 酷い!!」
とたんにおっさんが騒ぎだした。
え、あの煙って呪いだったの!?
そしておっさんが飛び起きた。
「あれ? 痛くない。おー! 治った……? でも呪いかけたよね? びしばし感じたんだけどな!? しかも片側じゃなくて両膝にやったろ!」
とうるさく騒ぐので、シャドウさんからの映像を解釈した内容を伝えることにした。
「おっさんが、裏切ったら両膝壊れる呪いをかけても良いって言ったから、その通りにしたみたいですよー」
「なんだそれ! ちくしょー! 確かに言ったわオレ! だからって本当にするなんて!」
とかなんとか一通り悪態をついた後、それでもシャドウさんに
「ありがとうございました。おかげですっかり楽になりました。約束通り着いていきます!」とお礼? を言っていた。
治したの全部シャドウさんがやったって、そりゃ思ってるよね。
そしてこっちを向く。
「それにしてもお前も凄いじゃないか! "末裔"の言葉を理解できるなんて。そんな能力あるならもっと早く言えよー」
なるほどそうきたか。アイコンタクトで何が言いたいかわかったら、そりゃ凄いね。違うけど。
しっかしシャドウさん、呪いもかけられるのね。
元は半透明だったのに、どうなっているんだろうこの人。