水晶
「でもあれ、あのまま彼が死んでたら、普通にまずかったからな? 原因不明で『再来』も救えなかった病気の発生した団体なんて、どこも受け入れてくれないぞ。そして向こうが、こっちだったら救えたとか言い出すんだからな? まあ未然に防げて良かったわ」
うえー、めんどくさい……。あの呪いの複雑さ、本気であの護衛さんを殺しにかかってたよ? やだわーやることがいちいち汚い。
「まあ、彼女じゃなければそうなっていたでしょうね。なんですかあの早さ。かけた魔術師も驚いていることでしょう。何日もかけて作り上げた呪いが一瞬でパアですよ。きっとプライドが今ごろズタズタになってますね」
って、うーん、余計な恨みはかいたくないんだけどな。
「まあおかげでシエル、お前の護衛たちからの支持がうなぎ登りだ。よかったな! ついでにお前が直接救う場面を見ていた病院関係者からもさっそく噂が広まりはじめてるぞ。危険を顧みずに護衛を救った聖女ってな」
うわー早っ。というかそれ、おっさんが後ろで糸ひいてない?
「もちろん」
やっぱりねー。ほんとこの人怖いわー。
「ちなみに王都の方はお前を嘘つき呼ばわりしているぞ。お前は芝居で、後ろの魔術師が全部やっているとな。自分たちもやっているからそう思うんだろうな。そんなキラキラ見える魔術はないんだと」
「すごいですね。私にはなかなか出来ないことをやっていると言われるとは、名誉だとでも思っておけばいいんですか」
うわー師匠嫌そう。師匠は広範囲で派手な魔術は苦手だもんね。手のひらサイズだったら何でもござれなのに。
「まあちょうど護衛たちもお前に心酔し始めたから、お前、そろそろ一人で行動するか? 護衛たちも死ぬ気で守ってくれるぞたぶん」
あら、放り出される感じ?
まあ、最近やっているのって、基本ルーティンワークになっているし、出来ないこともないか。おっさんも忙しい身だしね。でも何処をどう回るとかなんてわからないよ?
「それはオレが考えてやるよ。このチャンネルはどこまで離れたら聞こえなくなるんだろうな? 聞こえる限りは直接教えられるぞ」
なるほど。そこらへんも試せるね。
いいよー。気ままに慰問していればいいんでしょ?
「お前……頼むからおかしなことするなよ? ホウ・レン・ソウ守ってくれよ? いいか? 余計なことはするなよ?」
うるさいなあ、大丈夫だよ。大丈夫~。
いや、本当に大丈夫だったんですよ。最初のうちは。チャンネルも繋がっていたしね。私が直接呪いを解呪した護衛さんなんて、私の秘書の様になんでもやってくれるようになっちゃって。おかげでこっそりご当地おやつを買って来てもらってお部屋で食べることも出来てなかなか快適な旅だったのよ。最近は私の趣味を理解した彼によって、常に私の元にはおいしそうなおやつが常備されるようになりました。天国!
そう。今までは。
たしかにね? なんかじりじり王都に近づいているなーとは思っていたのよ。でもほら、王都の偽『再来』との対決なんだから、遠ざかるのもおかしいよね。だからまあ、にらみ合い的な? そんな勝負だと思っていたのよ。
チャンネルも届かなくなったこんなところで。いやまあ王都に非常に近いところではあるけれど。わかるけど。
なぜ、ここで鉢合わせ!?
ここ、シュターフ領よ? 勢力拡大しに来たの?
地方にしては大きな病院。の、前。
こちらは私と護衛たちの総勢十数人。私一人の護衛としては多すぎると思っていたけれど。
対してあちらは、豪華絢爛なお衣装の偽『再来』と、魔術師が十数名、護衛なんて何十人いるんだ? なんだこの団体様。ひとには魔術師がいるから魔術師のせいとか言っておきながら、自分は何でそんなにぞろぞろ連れているんですか。
そして、真っ赤なお座布団に乗せられた私の水晶玉!
なるほど。さわれないから乗せたのね!
なんかズルくない?
私のモノで勝手にこんな大騒ぎしてくれちゃって。
なんでとっても偉そうに練り歩いているの?
私、巻き込まれてこんなパフォーマンスさせられてんのに。
これ、水晶玉を取り返したら、終わるかな?
ここで会ったが百年目。
取り返してもいいよね? ね?
だって私はちょっと怒っているんだもの。ふざけるなよ?
こちらが何者なのかはすぐに分かったらしく、あちら様全員が私を見ている。ちなみにお迎えに来た病院関係者、『再来』が見たくて集まっていた大勢のギャラリー、その他なんだかんだの無数の視線も突き刺さってくる。
いいんじゃない? 証人もたくさんいるしね?
ここで言わせてもらおう。
ずいと前に出て声を張り上げる。
「私は『セシルの再来』と呼ばれる者。そこにあるのは私が作った水晶玉。そろそろ返してくださるかしら?」
風にのせて声を隅々まで行き渡らせちゃうのも忘れない。
以前の脅しが効いているのか、偽者さんは怯んだけれど、他の人たちはまあそうならないよね。
結界。私のまわりにバリアー張るよ。
「カチリ」
ついでに私の護衛さんたちにも攻撃されない守護魔術を。
跳ね返すよ。
「「カチリ」」
そして水晶玉に近寄る。
水晶玉を捧げ持っている人をあちらの護衛が守るように取り囲んだ。
しゃらくさい。
「盾」
練習しておいて良かった。
今回は透明なまま振り回す。暴力は見せてはいけません。
右手をひらり。水晶の右半分にいた人が、見えない盾という名の結界に吹き飛ばされる。
左手をひらり。水晶の左半分の人が吹き飛んだ。
魔術師団が詠唱を始めた。でも攻撃魔術は全部バリアーが弾く。すっごいバチバチ派手に火花が散るけど全然平気。何が降って来ているのかまでは確認しなくていいよね。
と、矢が飛んできた。なんだこれ、飛び道具まで持ち歩いているのかこの人たち。
もちろんバリアーに弾き飛ばされるので無視。
私は何事もなく水晶の元に……邪魔!
わらわら寄ってくる向こうの護衛たちを吹き飛ばして。
めんどくさいなあ。もう。
呼ぼう。
「水晶!」
キーン!
うん良いお返事! えらいぞ!
その時焦ったのか向こうの魔術師が水晶玉を取り上げた。
キイイイイィィィーーーーーーー!!
うわ大音響だ。耳が痛い。自分の魔術とはいえ、すごい威力だ。びっくり。
でもその音、とっても嫌がっている感じが出ていていいね!
思わずとり落とされた水晶玉がこちらの方に転がった。おお! かわいい!
おいでおいで~。
キイイイイィィィーーーーーーー!!
拾おうとした人を全部、凄い勢いで水晶玉が嫌がっている。耳が痛いよー。
しばらく静観。そして誰も拾えなくて、みんなが諦めた頃を見計らって。
……よし。
私はポツンと転がっている水晶玉にゆっくりと歩みより、そして拾い上げる。
みんなが見えるように水晶を持ち上げて、声を張った。
「お帰り、私の水晶」
キーン!
水晶が嬉しそうに答えた。
「水晶玉を盗まれるわけにはいかない! 攻撃!」
ちょっと……せっかく格好よく決めたのに、なんでまだそんなこと言うの。何処からどうみてもこの水晶玉、私のだって本人? が言ってるじゃないのよ。ねえ?
これは……もしかして、みすみす見逃すと自分の首が危ないのかな?
うーん、ではしょうがないよね、って感じにすれば引いてくれる? ちょっと派手にやればいい?
「私の水晶を盗んだ上に、私を盗っ人呼ばわりなど、勘違いもはなはだしい。許せん!」
もちろん拡声効果つき。
はい、風ブワー! ミストどばー! ミストくらいならここら辺の湿気を全部集めて自由自在だ!
なんか凄いことしそうな雰囲気! 恐れおののけ! 実際にはどうしよう、盾で軽く殴っとく?
「はいそこまでー。シエル、一旦休もうかーストップー」
うん、そろそろ来ると思ったよ、おっさん。
全部おっさんが仕組んだろ。いろいろタイミング良すぎなんだよ。