私のかわいい子
「申し訳ない」
ちょ、天下のシュターフ領主さまが頭を下げないでくださいよー。
まあ、おっさんなんだけど。
「お前の水晶玉は5日ほど前に、保管していたはずの場所から無くなっているのがわかったんだ。一応まだ前領主の部屋に仕舞われていたんだけどな。まだ本調子ではなかったから。ただし、見えないように。前領主の部屋なんて入れる人間も限られているから、すぐ犯人がわかって取り返せると思っていたんだが、何故か誰がかかわったかも出てこないんだ。で。今日新事実がわかった」
うわー、嫌な予感がする顔をしているよ。
だいたい普段はそれはそれは忙しいこのおっさんが、わざわざ私の応接間にやってくるんだから、嫌な予感は最初からあったけどね!
「今日、その水晶玉が、例の王都の『再来といわれている』令嬢の元にどうやらあるらしいという情報が入った。そしてその水晶玉で前領主を癒したと言い出したらしい」
ええ!? 偽物が本物として活動し始めたの!?
いやだーめんどくさい! やめてー!
「水晶玉は証拠品ですか。面倒ですねえ。誰が黒幕なんだか」
カイル師匠も渋面だ。
「まあ証拠はない。一応正式に、その水晶玉は前領主の寝室にあったものだから、返還しろとは言ってみたが、まあ素直には返ってこないだろうな」
「あなたの継承の儀のときに『再来』がいたという情報は入っているでしょうからね、件の令嬢が実は参加していて、その時に返してもらったとか言い出したら、王家の権威で通りそうですねえ」
「水龍の魔術師が火龍の魔術師の継承の儀に参加していても、おかしくはないんだよなあ。他の龍の支持を受けているアピールになるし、実際参加してるしな」チラッ。
あ、はい。
「シエル、何か取り戻す方法はないか?」
え? 私に聞く? ないよ。何にも浮かばないよ。
「あの遠見で行って持ってこれないかな?」
えー、やったことないよ。
うーん、やってみる?
目を閉じて、水晶玉を探す。だいたいの王都の方向を、って、広すぎないか?
しょうがない、もう少し高いところから探すか。上昇ー。
でもうっすらとシュターフの自分の場所にも意識を残す。何かあったらすぐ帰れるように。上空に上がるにつれ、実際の自分の周りに風が吹き始めたのを感じる。自分の部屋には結界を張っておいてよかった。
髪の色が銀に変化する前に帰りたいところ。どこだ?
風に乗せて呼んでみる。
水晶ー。どこだー? おーい?
……。
…………。
キラッ。
ん? 何か光ったよ? よし行ってみよう。ヒューン。
……って、なんだこの豪華なお部屋! キラッキラ!
私の今のお部屋が霞むって、どれだけキラキラしいんだ! 目が。目がー!
『呼んだ? 水の王』
「いた!」
思わずリアルに叫ぶ。
「チャンネル開けといてくれ」
おっさんの声。了解ー。
あなたは何でこんなところにいるの?
『運ばれてきたの。でもここには癒すべき人はいない』
この部屋にずっといるの?
『何度か持ち出されたけど、水の王に頼まれた癒すべき人はいなかった』
弱っている人はいたの?
『いたわね。でもそれは地の王も、水の王も知らない人だった。私は水の王のもの。水の王に頼まれなければ水の王の力は使わない。だから普段は眠るの』
癒さなかったということ?
『そういうこと。あなたがやれと言うならやるわよ?』
おお、水晶玉さん、律儀な子だ。確かにあの子は前領主を癒すために作った子だった。
「やるなと言っておけ。そうじゃないとお前の立場が危ねえぞ」
わかった。水晶、あなたは私が呼ぶまで眠っていていいわよ。
『わかった』
そうね、持って帰れるかな?
手を伸ばしてつかんでみる。
スカッ。
うーん、さすがに物理では無理か……。
でもこのままでは、この子が危ない? 働かない子の処遇がちょっと心配……。よし。
私以外の魔力は受け付けないよ。
「カチリ」
壊されないよ。かたーく固く。
「カチリ」
攻撃を受けたら跳ね返すよ。
「カチリ」
うーん、あとは……。
悪意を持った人が触ったら、大きな音を出すよ。
「カチリ」
「おいおいおい、どこまでその水晶玉を無敵にするんだよ! これ以上厄介なものを作り出すな。お前、あの旦那に似てきてないか? やめろ。怖い。今、お前に山ほど守護魔術かけてたお前の旦那を思い出したぞ!」
え? そう?
でも他になにかかけておいた方がいい魔術は……?
私が呼んだら大きな声でお返事してね。
「カチリ」
そして水晶玉と自分を細い意識の糸で繋ぐ。いつでも辿れるように。
私に忠実な、私のかわいい子は、出来るだけ守ってやりたいの。
「ついでにその部屋の主を辿れるか?」
えー? なにそれ。気配? んー……。女の子。まああの偽物さんのお部屋なんだろう。
今どこにいる? ……こっちか。
あらー。なんか金髪のキラキラしい男の子と仲良くお茶の最中です。金髪のイケメンと、黒髪の美少女。美しい庭園。美味しそうなお菓子たち。舞台はお城!? うわあうっつくしー! 絵画だわ。お伽噺だわ。
「あれが偽物の『再来』か……」
うん、おっさん情緒ないよ。
もう戻っていい?
「そうだな。戻ってこい」
はーい。帰りまーす。
「とりあえず、水晶が義理堅くて良かったですね。水晶って、あんなにかたくなな性格だったんですねえ。どうりで扱いにくいわけです」
「とりあえずあの水晶を使って『再来』を名乗るのはこれで難しくなったな。しばらくは安心か。でも王子と親睦を深めているのはまずいぞ。見きり発車で結婚話がいつ出てもおかしくない。発表されてから文句を言うのも、まずいな」
嫌だなー。政治の話になってきた? これは嫌な流れ……。どこか他の所でやってくれ。少なくとも私がいる私の部屋ではやめてー。
「しょうがない。シエルがもう少し知識と行動を学んだらと思っていたが、時間切れかもな」
え? なに、時間切れって! 最初から何かに組み込まれてた!? ちょっと、私の意思は? 希望は!?
「あなたが『再来』な時点でそれは無理な話ですよ。なに言ってるんですか」
師匠!? やーめーてー。
「お前、そろそろ自覚しような? 残念ながらもうお前、重要人物なんだよ。諦めよう。な? 逃げ回ってもあっちの偽物の存在が大きくなるだけだぞ? もう潰すか潰されるかになってんだぞ?」
嫌です。私はひっそり楽しく過ごしたいんです。
お願い私をほっといて……。
そしてその日、シュターフ領主は声明を出した。
『セシルの再来』はここにいる、と。
ああ、私の平安を返して……。