実感
…………。
うーん……まあ、なんとなくそんな気はしていたよね、さすがにね……。言えないけど。うーん……。
私がかの古のセシルと何らかの関係があると仮定すると、まあその方向が妥当だよね、うん。まあ、想定出来なくもない。
ただ、恐ろしく実感が無いだけで。
これだけ詳しく? 語られても、どうにもこうにもただの昔のお話にしか聞こえないのはどうしたものか。今も、多分この国の子供たちが初めて聞いた時のようなテンションでうっかり聞いてしまった私は、どうすれば。
お伽噺を聞いたあと、実はこの姫はあなたなんですよー、王子さまと結婚したんですよー、って言われて、あらハイそうですか、じゃあお妃教育頑張ります、って、なれるか? 私はなれない。
だいたいあの人、末裔なのか? 末裔なら、その人が二頭の龍と王を継いでいるのか? いないのか? それとも本人か? もしかして。ん? さすがに時間的に無理がある? でも子孫だったらそれはそれでその執念怖くない? 先祖のただの恋人だよ? おっさんとは事情が違うんだよ?
でもしかし。あの見えない尻尾を振りまくりの「だんなさま」が? ちょっとイメージが違わなくないか?
しかも、何で今こんこんと寝てるんだ?
…………。
まあ、結局「だんなさま」が起きないことには真相は闇の中だな。うん。わからん。
起きるのを待とう。
だって他にどうしようもないしねえ? それまでは静かに黙っておく方が無難だね。私の本名言うだけで、きっとどうせ騒がれる。そして何を聞かれてもわからない以外の答えは無い。騒ぎ? いえいえ結構です。穏やかな生活最高。絶対死守!
「大丈夫ですか? それともそれほどショックは受けていない?」
師匠がこちらを観察している。うーん、こんな時どういう態度がいいんだろうか。
「うん、まあ大丈夫です。そんなこともあるのかなーって」
「ほう? それはそれは」
ええもうしょうがないよねー、あはは。何で笑っているのかは私もよくわかりません。もう。
「まあ、セシルに関してはそんなところです。では、次に魔術の歴史について。魔術とはそもそも……」
ええ、講義は続くよどこまでも。
そういえば、私の水晶玉どうなったんだろう?
そんな疑問が浮かんだのは、カイル師匠の授業が始まって、もう何週間も経った頃だった。いや気付けよ私。でも環境に慣れるのでちょっと大変だったのよ。目が回るとはまさにこのと。そして頭がパンパンです。
と、いうことで、師匠に言われたとおりに庭にミストを振り撒きながら、聞いてみた。
「そういえば、前に、前領主に送った水晶玉って、今どこにあるんですか?」
「……ちゃんと集中してください。あなたは集中が切れると暴走しがちなんですから。この前吹っ飛ばしたそこの壁の修理に、カイロスがいくら払ったか教えてさしあげましょうか?」
あ、いえ結構です。あれはちょっと手が滑ったというか、気が滑ったというか、まあ、はい。ミスりました。ごめんなさい。
まさかあんなちょっとで鉄砲水になるとは……。
魔術って、加減が難しいんだね。
「抑える訓練なんて私も初めてですよ。どんなに慌てていても、びっくりしても、暴走しないようにするのはどうすればいいんでしょうね? 私も初めてなのでよくわかりませんよ。そうですね。……あの水晶玉は盗まれました」
はい!?
「はいコントロール」
あ、はい。コントロール。大丈夫、一瞬雨になったけど、すぐミストになったから!
なに? 驚かすための嘘?
「いえ、残念ながら本当です。数日前に気がついたとカイロスから内々に相談がありました。知られると騒ぎになるので、今カイロスが内密に調査中です」
あらー、あの子盗まれちゃったんだ……。
「では今から私が映像と投影するので、そのままミストを均一に撒いていてください」
そう言うと師匠は詠唱を始めた。すると空中に丸い輪っかが写し出された。おお、ミストがスクリーンになってる? 輪っかが形を変えて鳥の影になり、そして吹雪のような光の乱舞。おおきれい~。
魔術の使い方を教えるのに便利という理由で、師匠と私の間を通しているチャンネルは授業中は開け放してあるので、師匠のこの技も、チャンネルを通してなんとなくわかった。
うーん、こんな感じ?
思い出した水晶玉の姿を写してみる。もともと透明なものを写そうとしてしまったので、なんか薄い。じゃあ、ミストを濃くしてみる? ちょっと見えやすくなった? うーん、投影を強くしてみる? えーと、よーく思い出してみればいいかな?
『あなたならいいわよ? 王の大切な人だから』
『王は王よ。私たち、地のものたちの王』
そう言っていた場面を思い出す。
うん、くっきり見えるようになった。ついでに店の背景つき。あの子、今はどこにいるんだろう?
「はい、いいですよ」
師匠の合図でミストを止める。映像も。
うん、ミストって便利だね? 映像の濃さも練習すればもっと濃くできるかな?
なんて考えていたら。
「で、さっきのあの台詞、王がどうのというのは、あの水晶の言葉なんですね?」
あれ? 音も出てたの? さっきの。
「はっきり聞こえてきましたよ? ミストが音を出すなんてすごいですね? そして、石が喋る場面を見たのも初めてですね。まさかあの宝石店で、そんな会話をしていたとは」
あれ、師匠、ジト目はいやん。
「会話できるとは言っていましたが、まさかあんな風に本当に会話になっているとはねえ。そしてやっぱりあなたは『王の大切な人』なんですね。これであの一族が王を密かに継いでいるのではという憶測が現実味を帯びましたね」
ふう……とため息をつく。
「よくも黙ってましたね? 今まで」
え? だってこれ、そんなに重大な情報だったの? ただあの水晶玉がそう思っているってだけの可能性は?
「石がそう言うということは、地龍がそう思っているってことですよ。つまり地龍はいまだあの一族についていて、そしてそのトップとあなたが結婚しているということです。石は嘘は言いません。地龍の意思を写しているだけですからね」
え? そうなんだー。知らなかったー。
「あなたにはまだまだ勉強しなければいけない事がたくさんあるということですね。しかも急いで。どうします? 夜もやりますか? 勉強」
えっ、なにこの薮蛇……!? ええー……。