歴史
「お前、勉強しようか。な? いろいろ知識と技能を学べ。そうしたらやり過ぎることも減るだろうよ。教材は出来る限り用意してやるから、そこのカイル先生に教えてもらえ。オレも後継いだばっかでやることが山程あるんだよ。できるだけお前の尻拭いはしたくないから、な?」
「そこで何で私が出てくるんでしょうね? 承諾した覚えはありませんが」
「いやカイル、そこはやってくれよ。希代の聖魔術師のお前以外に誰が教えられるんだよ、てか誰がコイツを抑えられるんだよって話なんだよ。こいつに間違い教えたら大変なことになるぞ? それにコイツの名実共に師匠になったら、心置きなくコイツを叱り飛ばせる特権つきだぞ~?」
「ふむ……」
え? そこで考える? 「抑える」とか言われた時には嫌そうな顔をしていたのに? でもカイル師匠、本当に凄い人みたいだから、いいのかな? お給料高いんじゃないの?
「そっちの心配かよ。お前はありがたく思っておけばいいんだよ。給料? いるか? カイル、お前もう腐るほど持ってるだろ、魔道具で」
「まあ、金は使いきれないほどありますが、タダ働きなんて嫌ですよ?」
「おう、そうか、じゃああとで金額は相談だな。じゃあ話は決まりだ。オレはもう行くが、シエル、お前しっかり勉強しろよ? じゃあな!」
と言って、おっさんは風のように去って行きましたとさ。
「まあ、彼は彼で学ぶことが多くてしばらくは大変でしょう。しょうがない。では明日から勉強することにしましょうね? 私が学んだ50年分の知識と技能を、あなたがどれ程の期間で習得するかはあなた次第です。楽しみですね?」
50年? ちなみにお師匠さまおいくつで?
「わたしはカイロスとそんなに変わりませんよ。見た目が私の方が若いのは、持っている魔力の量が私の方が多いというだけの違いです」
え! じゃあ70超え……で、その若さか。……本当に凄いんだねえ。半分じゃないか。
「今日は最後の自由の日です。今日はのんびり過ごすといいですよ? 明日は9時に始めましょう。迎えにいきますからね?」
んん? 今までの流れで、私にやりたいかどうか聞いた人いたっけ? なんかいつの間に決まってない? 私に拒否権はないの!?
「ありませんよ。自分でも薄々気づいているんでしょう? このままではマズイと」
はい……すみませんでした。よろしくお願いします。
私はその日の残りは使用人さんに教えてもらって、領主館という名の宮殿の内部を案内してもらったのでした。だって、カイル師匠を探して迷子とか、迷って遅刻して怒られるとか、極力避けたいからね? で、それだけで一日終わっちゃったよー。広すぎだよ。歩いても歩いても先があるよおかしいよ。ゼエゼエ。
次の日。つまりは私がこのシュターフ領の主要都市シュターフに着いて三日目に、私の勉強は始まったのでした。ちょっと前までは想像も出来なかった事態ですね。人生何が起こるのかわからないって、本当だったんだね……。
「はい、遠い目をしていないで話を聞きなさい。まず最初は、あなたの身の上にかかわる話をしておきましょう。セシルの話です。『再来』と言われているのにその人を知らないではすみません」
師匠と向かい合うのは割り当てられた勉強部屋。何やら国の地図やら貼られていますよ。子供用か?
「詳しく話してもよくわからないでしょうから、ざっくり誰もが知っている内容から」
そう言って、師匠は国の地図の南にある場所を指した。
「セシルは約400年ほど前に、この南にある、今はもうない海沿いの都市の比較的裕福な家に生まれました。両親はそれほど魔力が多い人たちではなかったので、突然変異的に生まれてしまったのです。そのため幼い頃から発現したセシルの魔力と、それによる騒動に散々振り回されて両親が途方にくれたあと、その両親の下した結論は、より魔力の強い家に委ねる、というものでした」
うーん、まあ、海の水で遊んじゃった話はなかなかのインパクトだったからな。あんなのがしょっちゅうだったら途方にくれるのもわからなくもない。かな?
「当時、魔力が強くて有名な家は二つありました。一つは王家。いわゆる『月の王』の一族。そしてもう一つがこの、火龍を従えていたカイロスの祖先、ナディア家です。当時王家は地龍と緑龍を従えていました。ナディア家は火龍のみ。なので、ナディア家が水龍を持つセシル獲得に早くから積極的に動き、結果、両親を説得して当時のナディア家の跡取り息子とセシルの婚約を整えました。将来二人の子供は二頭の龍を従えるはずという読みです。二人が大人になったら結婚させる代わりに、ナディア家で養育すると両親に約束したのです」
おお、幼児の時にもう婚約とか。すごいな、昔の人。
「まあ政略的な取り決めですね。でも正式なものなので、解消するのは非常に難しい。これで二つの家の龍は二頭ずつ。あとはいまだ姿を現さない風龍がどちらにつくか、というのが一般的な関心の中心でした。セシルが大人になるまでは」
ああ……。そして恋をするのか。
「そうです。セシルと、当時『月の王』になりたてだった王が出会って恋に落ちます。セシル獲得に王家が出遅れたのは、この王家の代替わりが原因だったとの説があります。まあそれどころではなかったんでしょう。ですから、気づいたらもうセシルはナディア家のものだった。でもだからといって二人は諦められない。だけど、水龍を持つセシルをナディア家としても手放すわけにはいかなかった。龍が3対1になると今までの均衡も崩れてナディア家が衰退する。そういう危機感があったのでしょう」
うわー、本人の気持ちじゃなくて龍の取り合いか……。
それ、龍と離れて普通の人になるわけにはいかなかったのか?
「龍は、人間の方からどうこう出来る存在ではありません。龍が選んで人につきます。一番強くその属性の魔力を持った人間に協力するのです。だから、セシルが水龍を切り離したくても、セシルの方からは無理です。そして龍はそんな人間の都合などお構い無しの存在ですから配慮とかありません」
他の水龍を探してくる……?
「各龍は一頭ずつ。全部で五頭のみです」
え!? じゃあセレンは? そんな貴重な龍だったの!?
あ! 師匠がすっごいジト目をしている! えーと……。
「ちなみにあのセイレーンという水龍は、セシルの死後、誰にもつかないで一人でいや一頭でいたのですよ。あなたにつくまでは」
え? そうなの? なんで?
「そんなの誰にもわかりません。本人に今度聞いてみてください。あなたしか聞けないでしょうから」
あ、はい。今度聞いてみよう。
「結局セシルを巡って、二つの家と、他にも漁夫の利を得ようとした人間たちをも巻き込んでの激しい争奪戦になり、直接の原因は不明ですが、最後に死んでしまいます。そこのところの詳しいことは伝わっていません。『月の王』も当時のナディア家の人間もみな口を閉ざしたまま亡くなりましたから。ただ結果、ナディア家はセシルを娶れなかったことを悔やんで、セシルのような魔力のある人間と跡取りを結婚させることにこだわるようになり、そして今のカイロスの出来上がりです。ちなみに恋人を失った『月の王』はその後もセシルを探し回ったと言われており、結局王なのに結婚もせず、そのまま亡くなったので当時の王家は断絶したと思われています」
うわぁ……。ん? 思われている?
「“末裔”という存在をご存じですよね? かつての王家を彷彿とさせる特徴の人たちです。どこにいるのかもわからない。『月の王』の直接の子孫ではなくても、傍系の子孫ではないかと噂されている人たちです。あなたの近くにもいたのですよね?」
あ、シャドウさん?
「そうです。そのかつての王の一族、ロー家です。あなたの結婚相手も名前にローが入っていませんでしたか? あなたの魔方陣には入っていましたよ?」
ああ、そうですね……。言ってたわ、名前。たしか……。
「エヴィル・ロー。かつての『月の王』の本名です。そして今の教会が言う悪魔、デビルの語源でもあります。その名を継ぐ人間があなたのご主人ですよ」