切り札
なんですか、あの部屋?
登らないといけないようなバカでっかいベッドがどーん。
天蓋って、初めて見たよ?
どれだけ寝返りしたら中央にいけるんでしょうね?
ちょっと座ってみたら、ふっかふかでした。いやん素敵……。
いやいやいや。
ベッドはわかる、まだわかる。人は誰しも寝ないといけないからね。
でも、隣の応接間って、いるんですか?
あの豪華なソファセットとか、いるんですかね? 一体誰がやってくるというのでしょうか。
私は寝室のちっちゃな机とコジャレた椅子で十分ですよ。お茶も飲めれば食事もとれる。十分では?
まあ、お部屋の趣味はけっこう好みだったので嬉しいです。そこは素直に喜んでおこう。
なにしろ。
私はいつまでここに居させられるのか、さっぱりわからないからな。
私はのんびり旅をしていれば、それで幸せだったのに。
とうとう監禁まできてしまったか……。おかしいな、何を間違えたんだろう?
どうする? どうしよう?
でも確かにここを飛び出しても、またやれ『再来』だの、下手するとその偽物だの言われてしまう現実がこんにちはだ。
しかもこの宮殿、いや館? 使用人さんたちが沢山だよ。そしてその全員から何やら熱い視線をもれなく向けられておりますよ。その目を掻い潜って逃走なんて出来そうもない。なんでだ? あ、領主の呪いを蹴散らしたからかな?
そういえばあの呪いどうなったんだろう? なんか寝室を出ても元気そうだったね。まあ、よかったけど。そしておっさんからどうにかしろと言われた水晶玉、あれもどうなったんだろう?
ああ、おっさんじゃなくて、カイロスさん?
くっそー! 騙された! なーにがさすらいの用心棒だよ! なんか隠しているだろうとは最初から思っていたけど、まさかこんな事を隠していたなんて!
「びっくりしたか? そうだろうそうだろう、今回は初めてびっくりの仕返しできたな!」ニヤリ。
じゃないんだよ! たち悪い……。
「まあそれはお互い様ですねえ。こうなると、私だけがびっくりし損なんですね。なんか不平等ですね。まあとりあえず落ち着きましょうか。どんなに騒いでも、あなたはこの館からは出られませんよ。カイロスが絶対に出すなと厳命してましたから」
ちょっと? そこの優雅にお茶を飲んでいるカイルさん? ぜーんぶ知っていて黙っていたのもたち悪いと思いませんかね?
「おや人聞きの悪い。私にとっては最初からカイロスはシュターフの跡継ぎであって、ただの旅人ではありませんからね。じゃないと聖魔術師を継いでいるわたしとどう知り合うんですか。私も世が世ならカイロスより高貴な身分ですよ?」
ぐう……。
「だいたいあなたはそこら辺の感性が鈍いんですよ。聖魔術師と聞いて、あら珍しいのねーなんていう反応したのはあなたが初めてです。聖獣火の鳥を見たときも同じような、あらかわいいーとかいう反応だったらしいじゃないですか。普通は火の鳥を見た段階で、シュターフ領主の関係者だと気づくはずなんですよ。気づかなかったあなたがおかしいんです」
ええ……そんな謎かけわからないといけなかったの? むり……。
「一応言っておきますが、あなたと私は今回、シュターフ領主の正式な、そして最重要なお客様として遇されています。おかしなことをすれば、それはすなわち現領主と、明日領主になるカイロスの恥になりますからね? そこはちゃんと自覚して大人しくしてくださいよ?」
なんで二人ともから「大人しくしろ」って言われているのかな、わたし……。
それに明日領主になるって、急じゃないの? 普通はもう少し引き継ぎとかしてからじゃあないの?
「そこらへんを説明するために呼んだんですよ。さすがにあなたは何も知らなさすぎる。不本意ながら貴女の当面の世話はカイロスから任されてしまったので、説明してあげますよ。とりあえず、お茶でも飲んで落ち着いてください」
世話って……。しかも不本意って……。
たしかに何にも知らないけど。
「カイロスが領主に急いでなるのは、この前の呪い騒ぎにもあるように、この領には前から後継争いがあるからですよ。現領主と火龍が認めた後継はカイロス、でも、カイロスの叔父がその座を狙っていると言われています。証拠はありません。でもカイロスの膝にシュターフに入れないように呪いをかけたのはその叔父です。もちろん、間違えてかけてしまったとは言いましたが、現にそのためにカイロスは20年もの間、シュターフを離れなければならなくなりました。その間にその叔父が足元を固めていないとは思えません。もともと野心家で有名な方です」
うわあ、肉親で争っているのか。
「その方も魔力が強い方なので、カイロスが能力を現すまでは後継と目されていました」
ああ、世襲じゃあないんだ?
「シュターフ領主というのは、昔から、火属性の魔術師が継いできましたから、完全な能力主義です。一番火の魔力が強い人が継ぐのです。カイロスが本気を出したら、この館くらいならすぐに火だるまですよ、多分」
えっ! そんな凄い人だったんだ。まあ見せてくれたらその時は大変な事態ってことだから見たことなくて正解か。
「この前の呪殺未遂もその叔父が、カイロスの帰還前に代替わりを狙ったのだろうというのが領主とカイロスの考えです。カイロスが帰る前に領主の地位を掠め取られていたかもしれないんですよ。危なかったです」
ああ、だからあの時焦っていたんだね。
「あなたは今やカイロスの切り札です。あなたが居ることで、領主になりたてのカイロスでも王家や叔父に睨みがきかせられるんですよ。『セシルの再来』が味方しているという事実はそれだけの意味があるのです。そして微力ながら聖魔術師の私もね」
ええー? いつの間にそんなことになってるの!?
めいわく! 勝手にそんなことにしないでー!
なんであんなにシュターフにつれて行きたがってたのかわからなかったけど、こういうこと!?
「そういうことです。ついでに明日、あなたとの結婚式も組み込もうとしていましたが、それは流石にわたしも聖魔術師としての立場というものがありますからね。止めておきました。既婚者と結婚はできませんし、させられません。よかったですね、ご主人がしっかり契約されていて。あ、でも侯爵夫人になりたかったら今言ってください。知恵をお貸ししますよ?」
なに? 侯爵夫人って! いやわかるけど! なにカイロスのおっさん明日侯爵になるの? 貴族!? でもだからといって結婚なんてしたくない。愛の無い結婚なんて嫌なんだよ!
ありがとう「だんなさま」!
あなたは正しかった。そしてあの時決断した私もよくやった。
結婚していてよかった!
「いやいや結婚するなんて 死 ん で も ごめんだ!」