呪いのターゲット
「は……? そんな年じゃないだろ? なに……なんで……?」
おっさんが初めて見る蒼白の顔で動揺している。
カイルさんが目を剥いて驚愕している。
危篤という言葉は重いけど、この二人の動揺具合は突き抜けていた。
明らかに感じる。一大事だ。
「まずい……今はまずい。まだ早すぎる。カイル! 何とかならないか!?」
おっさんがすがる。
「この距離では……」
カイルさんが途方にくれている。
……距離? 行ければいいの?
でもここは往来。派手な行動は出来ない。
一瞬迷ったけれど、どうやら一刻を争う事態のようなので、私は二人の手をガシッと取って、出来るだけ人目につかなさそうな場所に移動した。といっても道の隅っこだけど。
おっさんの手が冷たい。大の男二人が小娘に易々と引かれている。
結界!(誰にも見えない)
「カチリ」
重ね!(誰も入れない)
「カチリ」
チャンネル全開。目を閉じる。
「おっさん、その領主の場所を教えて」
「あ……?」
「思い描いて」
……座標が見えた。
私はその座標に意識を飛ばす。
ヒューン。
二人の手から動揺が伝わって来るけど、気にしない! だって急いでいるんでしょ?
着いた。が。なんだこれ!?
建物がでかすぎる。これは宮殿!? それとも城なの!? 一体これの何処にいるんだ!
今度は私が動揺した。
と、おっさんが寝室の位置を教えてくれた。
なるほど。行きます! さあ着いた!
部屋に入る。が。
なにこれ! 真っ暗! 何も見えない!
なんだ!?
……
…………
………………煙?
真っ黒い、煙?
え? 呪い!? 部屋に充満しているの!?
手から二人の動揺が伝わってくる。そうだよね。これは酷い。空間が呪いで塗りつぶされている。
どうする? 時間がない。
……取り敢えず蹴散らすか。有無を言わさず。
……散れ!!
大量の魔力を一気に入れて、呪いを蹴散らしていく。
知識も考える時間もないから、とにかく力ずくだ。
散れ! 出ていけ! ここから出ていけ!!
ザアアァァ――――
煙が押し出されて晴れていく。
領主の姿は…………見えた。息は……まだある。間に合った……?
その時領主が深くため息をついた。そうだね、ちょっと楽になったね。あんな呪いにのし掛かられていたら、そりゃあ苦しかったよね。
だけど。
また部屋の外からじわじわと黒い煙が染み込んできた。明らかに狙われている。取り敢えずまた蹴散らす。が。
これは困る。ずっと蹴散らす訳にもいかないよ。
うーん……
お部屋に呪いを入れないよ。
「カチリ」
えーと、
お部屋を覗けないよ。
「カチリ」
あとは?
お部屋に入れるのは、領主を好きな人だけよ。
「カチリ」
「回復の魔術を」
カイルさんが教えてくれる。詠唱は覚えられないけれど、ポイントはわかったので大雑把だけどかける。ちゃんとしたのは着いたらカイルさんがかけてあげて。
回復ー。
「カチリ」
でも、熱が高いのかな。顔が赤い。
「セイレーンのじいさんを呼んでくれ。じいさんなら熱を下げられる」
カイロスさんが言った。了解。
「セレン」
『はいはい~。しょうがない、お友達のお友達はそれなりに友達じゃて。熱を下げればいいんじゃな~』
ほ~れ、といって、セレンが見えない水を領主にぶっかけた。えっ! 乱暴!
あ、でもちょっと楽になったみたい?
『本物の水じゃないから、濡れないよ~~』
領主の部屋で半透明の龍がグルグルウネウネしていた。
『枕元に器に入れた水を置いておいておくれ。そうしたら、たまに熱を冷ましてあげるからの』
「恩に着る、じいさん。すぐに伝える」
カイロスさんの手が、少し温かくなってきた。
取り敢えず、あの黒い呪いは結界の中には入って来なくなったみたいだ。病気じゃなくて呪いだけのせいなら、後は少しずつでもよくなるかな? 病気は私はわからないな。
出来そうなことが尽きたので、取り敢えず意識を戻した。
「……ありがとう、シエル。助かったよ」
おっさんが、安心したようにちょっと笑って、そして落ちていた私の髪飾りを拾ってくれた。あ、また落ちたか。魔力使うと落ちるなー。でもよかった。おっさんが、少し笑えるようになれて。
取り敢えず歩かないと。ゆっくりするには宿がいい。野宿はいやん。それにあれが呪いなら、この先カイロスさんとカイルさんの敵がいるということなんだろうしね。出来るだけ無駄に疲れない方がいいよね。
「……いまシュターフの領主が死ぬと、いろいろまずかったんだよ。ありがとな。危うく内乱になるところだった。そうなると王家が口出ししてくるかもしれないし、ほんと助かったわ」
カイロスさんがしみじみしている。
「でも、あれで本当に大丈夫なのかな? 重大な病気っていうことはないの?」
と聞くと。
「つい最近までそんな話は聞いてなかったし、元々丈夫だったから、まあ大丈夫だろ。寿命もまだまだ何十年もあるはずなんだ。魔術師で長命だから」
へえ、詳しいね。
「まあ、昔から世話んなっているからな。やっと恩が返せるかなって時に死なれちゃ困るんだよ」
恩! おっさんが恩を感じるなんて! 一体何をするとそんなことに!?
「うるさいな。さっきのもちゃんと恩義を感じてるから。オレはそんな冷たい人間じゃねえよ」
へえー?
「しっかし、火龍がなぜ守らなかったんだ? 近くに居なかったな」
火龍!?
「シュターフ領主は火龍に守られる。結構有名な話ですが、知らないんですか?」
あら、ずっと黙っていたカイルさんが口を開いた。
知りませんよ? 何にもね? 言ったじゃーん、記憶が無いって。
「他の常識は知っているのに?」
「……あー、どうも本当に知らないんだよ。オレも最初は疑ったがな。どうやら魔術関連の事だけすっぽり抜けているみたいなんだ」
よかった、おっさんが言ってくれて。またあの説明のくだりを繰り返すことになるかと、ちょっとドキドキしちゃったよ。
「それにしては、魔術の使い方が普通じゃないですよね? さっきのなんて、もう王の領域ですよ?」
はい? なにそれ?
んんー?