[余談]とある男の話
今回初めての別人視点になります。読まなくても本筋には影響はありませんが、読むとちょっとお得、そんな話になるといいなと思って書きました。短めです。
僕がその人を見たのは偶然だった。
なんか、筋肉の固まりみたいな男とは不釣り合いな、華奢な女の子がいるなーと思ったのを覚えている。
筋肉男が何かを言ったら、その子は食事中なのに、ぽかんと口を開けたのだ。その顔がかわいいなあと思ったので、何となくしばらくそのまま横目で観察していた。
なにしろ当時、仕事のための二人旅は男ばかりのむさい風景ばかり、そして滞在していたタルクの町は、もう一ヶ月以上も雨が降り続いていて誰も彼もが鬱々とした気分を抱えていたときだった。
だからようやく晴れた日の爽やかな朝にかわいらしい旅の女の子、 ちょっと僕が浮かれてしまっていたとしても、しょうがないと思う。その女の子は長い黒髪と黒い目が印象的で、僕はころころ変わるその表情に釘付けだった。まるでその女の子がこの晴天を呼んできてくれたのかとさえ思ったくらい眩しかった。
だから、次の行商先のタカルカスでも見かけた時は嬉しかった。もうこれは運命かも? なんて、大袈裟だろうか。でも僕の人生で女の子と知り合う機会なんて、大人になって行商に出るようになったら全然なかったんだ! なのにこんな再会は運命かもしれないだろう? だから、声を掛けようと思ったんだけど。
なんだか隣の筋肉男に睨まれた。あれ? 恋人っぽくはなかったから、彼女はフリーかと思ったんだけど、違うのかな。
それでも未練がましく、タカルカスの町長たちと一緒に町を歩いている彼女を見つけてこっそり見ていたら。
彼女が何か考えている風にしていたあとに突然言ったのだ。
「あそこに井戸を掘ったら水が出ます!」
ビックリ仰天とはまさにこの事。だって水だよ? 水脈なんて、探すのが凄く難しいことくらい僕でも知っているよ。それを何にもしないで突然だよ?
しかし、いやあ、可愛かったね、そのときの目に涙を浮かべた彼女の顔が。
僕はいつのまにかに、彼女に夢中になっていたのかもしれない。
実際に彼女が探した場所からは、ことごとく水が湧きだしたものだから、彼女はあっという間に有名人になった。
みんなが彼女を噂している。みんなが褒め称えている。
でも。
僕はそれがおもしろくなかった。
僕はもっと前から彼女を知っていたのに。
他の人たちは彼女を古のセシルになぞらえて『セシルの再来』なんて崇め奉っているけれど、でも僕は知っているんだ。彼女は可愛らしい女の子なんだっていうことを。
だから、僕は思わず周りの人たちに、機会があれば訴えてた。
彼女はそんなすごい感じなんかではなくて、可愛らしい女の子なんだよ。みんなが明るくなるような、太陽のような笑顔の女の子なんだ。タルクでも、やっと晴れた日の朝の、彼女の笑顔は素敵だったよ。僕は前から知っていたんだ! って。
なのに、なぜか彼女の『セシルの再来』の話の方が大きくなっていっちゃって。
なんか他のところでもちょうど不思議なことがいくつかあったみたいだね。
でも僕は知らないよ? 彼女が実際にやったのかなんてわからない。
僕が見たのはタルクとタカルカスでの朝食と、そして「水が出ます」と彼女が言った場面だけ。
それなのに、なんでか大騒ぎになっちゃった。
教会の人たちなんて、根掘り葉掘り、それはもうしつこくて。え? 会話もしたことありません。はい。ただ、ちょっと見かけただけです。どこの誰かなんて全然わかりませんよ! むしろ僕が知りたいくらいです。なんで逮捕なんて言うんですか! 知っていることは全部話しましたって! 本当です! 他には何も知りません!
ほうほうの体で解放された。セシルの話になると教会って怖いんだね。
でも、まあ、『セシルの再来』を見たっていう話は仕事ではとても好評で、商売も彼女のお陰で上々なので、僕は彼女にはとっても感謝しているんだ。