聖魔術師
私たちがその街、アトラスに入った時には、なんと「セシルの再来」の偽者さんが各地に出現するくらいには騒ぎが大きくなっていた。しくしくしく。
みんな本当に好きだね、古のセシル。
でも考えようによっては、むしろ私は隠れやすくなったのかしら?
『再来』でございと言っている人の隣でこそこそしている人が本来の話題の主とは思わないよね? え、だめ?
アトラスは、なんというか、気持ちの良い街だった。何だろう、あたたかい。これは……何となく、あの「龍の巣亭」を彷彿とさせる感じ。
もしかして?
私はこっそり目を閉じて、気配を探ってみた。
ああ……やっぱり。
ここも、地下を流れる巨大なエネルギーの一部が吹き出す出口になっていた。
綺麗に空まで吹き上がる、地下から漏れ出たエネルギーがキラキラしている。
「な? ここは昔から魔術師たちが好んでやってくる街なんだよ。何故だか魔力が補充されやすいし、魔力を使ってもあんまり減らないんだ。不思議だけどな」
「うん。魔力を補充するエネルギーがたくさんある土地なんだね」
ふんわり言っちゃうよ。
「へえ? お前そういうのも見えるのか? 相変わらず良い目だな」
「まあ見えるというか感じるというか?」
「へえー?」
でも温泉は作らないんだね。んー? なるほど、地下に温かい水脈が無いんだ。そう考えると「龍の巣亭」はエネルギーの出口と温泉の水脈が重なる珍しい場所だったのかもしれない。なるほど。
そして、ちょっと遠くを見てみると、この上昇するエネルギーの流れを綺麗に街全体に拡散させるような魔術がかかっているのが見えた。
凄いよ? 街のど真ん中の上空に、キラキラした巨大なクリスタルボールみたいなものが浮いている。それがエネルギーを反射して、上昇して行ってしまううちの一部を地上に拡散させていた。
「きれいだねえ…」
思わず呟いた。
カイロスさんが不思議そうな顔をしている。そうか、見えないんだね。見せてあげようか?
繋がっているチャンネルを通して、見えたクリスタルボールの映像を送ってあげよう。感動を共有だ。
「おおっ!? すげえな! こんなんなってたのか! お前、本当に良い目だな!」
感動してくれたようで、なによりなにより。
「あのクリスタルボールは魔術で、地下から上がってくるエネルギーを反射して地上に降らせているよ」
「そんな事もわかるのかよ。すげえな」
ふっふっふ。もっと褒めてもいいのよ?
「じゃあ、後であの魔術を管理している奴に会いに行くか」
え? 知り合い? あれを一人で!? 凄いね! いくいく!
着いたのは、とあるアンティークショップだった。
カイロスさんはズカズカと入って店主に声をかける。
「カイル! 久しぶりだなあおい! 相変わらずこの店暗ぇな!」
カイルと呼ばれた店主は30才位の若い男の人だった。黒い髪、グレーの、目。その目が細まる。
「暗くないと商品が傷むでしょう。なに言っているんですか。知ってるくせに」
そして、面倒なヤツが来たから、とバイトらしき人に言って店の奥に行ってしまった。
おっさんもそのままズカズカとあとに続く。慌てて私も追いかけた。
奥にはもう一つ、お店みたいな部屋があった。
「お久しぶりですね。何年ぶりですか? 今日は素敵なお嬢さんをお連れなんですね? ふむ……でも奥様ではない」
おお、わかるの? そんな事。
「……というか、そのかた人妻じゃあないですか。良いんですか? そんな人をつれ歩いて」
あれ?そういえば、私、気配を消す結界張ってるよ?
なんかイロイロ見えてるみたいだし、実は凄い人?
「おお、カイルさすがだなー。で、ものは相談なんだけどさ、この人妻、別れさせられない?」ニヤリ。
って、別れないから! 何言ってるんだ。てかまだ言うか!
「うーん、ちょっと難しそうですね。結構しっかりした結婚の絆みたいですし」
って、真面目に受け取らない! カイルさん? 流していいのよ!?
みんな! 私の気持ちを聞いて?
「くっそう、カイルでもダメかー。いけるかと思ったのに!」
「私は! 今の『だんなさま』が良いって言ってるでしょ! いい加減にして。なんてこと言うんだもう」
私の! 意見を! 聞け! ゼエゼエ。
「だって、こいつ、聖魔術師」
えっ?
「普通の結婚だったら無理やり吹っ飛ばせるかなーと思ったんだけどなー。やっぱ無理かー。くそう。あの旦那しっかりしてやがる」
はい? おっさん言っている事が物騒だよ?
ありがとう「だんなさま」、しっかりしておいてくれて!
もう嫌だよーこのおっさん。なんでも好きなように無理やりやろうとするよね! 絶対嫌だ。捕まりたくないわー。くわばらくわばら。
で。カイルさん? なにやら空中を摘まむ動作は、なに?
「ふむ……。随分としっかりしていますね。これ程しっかりしたものは見たことがありません。お嬢さん、いや奥様かな? これはどなたが結んだ契約なんですか?」
あ、もしかして、私と「だんなさま」を繋ぐ糸を触ってた? 触れるの? へえー。
「うーん、私の『だんなさま』だと思います」
なんかカイルさんの視線が先を促しているけど、ごめんね、それ以上はわからないのよ。なので困った顔のまま黙るしかない。
というか、やっぱり契約なのね? そうなのね? 正式なのね?
「今んとこ正体不明だ、そいつ。そんで今は眠るとか言って消えたまんまだ。ちなみにすげぇ過保護だから、こいつには誰も触れない魔術の他に、何やら山ほどの防御魔術もかけられてる」
おっさんが捕捉してくれた。
「なるほど……ちょっと失礼?」
と言ってカイルさんが私の全身に、くまなく手のひらをかざしていく。
なにこの勝手にいろいろ調べられている感じ。私のプライバシー大丈夫かな。
と、私の左手に手をかざしたときに動きが止まった。
ん? あー、なんか光ってたな、結婚の宣誓したときに。確か魔方陣が浮き出たところだ。
左手を机の上に置かされて、カイルさんは改めてその甲の、かつて魔方陣が浮き出た所あたりを何やらしみじみと調べている。
カイルさんの瞳が白く光っていた。
何だろう? 何かの能力を使っている?
魔方陣が残っているのかな? そしてそれが見えてる?
しばらくするとカイルさんが目を閉じ、天を仰いで深い深い溜め息をついた。
「歴史は繰り返すということですか……」
カイロスさんの眉がピクリと上がる。
「どういう意味だ」
「そういう意味ですよ」
意味ありげにカイロスさんを見やる。
「今回はあなたが先をこされたんですよ。残念でしたね。この結婚の契約は切れません。この契約を結んだ本人以外は無理でしょう。同じ轍は踏まないということですよ」
「まさか……?」
カイロスさんが絶句した。
なになに? 私だけおいてけぼり?
「たぶん」
「…………くっそう! くっそう!! や ら れ た ーーっ!!」
おっさんが、絶叫した。
だから、私を置いてかないで!?





