王と教会と私
「監視がいるとまずいからな、一旦南に出てから進路を変えるぞ」
というおっさんの主張で一旦公言した通りに南にある町に向かうことにする。
「監視って、いるの? やっぱり疑われている? 結構頑張ったのになー私も懐も」
「まああれはよく頑張ったよな、特にお前の旦那の財布が」
あ、はい……。
「大丈夫なのか? あんなに出して。まさかオレの言った理想の金額をポンと出すとは思わなかったぞ。金が無くなったら言えよ? 貸してやるから」
「……すごい高利で貸された上に、恩まできせられそうなので、全力でそうならないように努力します! でも、まあ実は大丈夫。正直あんまり痛くない。わたしの『だんなさま』太っ腹みたいよ」
「まじか……。あれが痛くないって、どんな富豪だよ。ほんと何者だ? あいつ。得体が知れないよなあ……」
などと、今朝に私が作ったチャンネルを通しての会話をお送りしております。
結局、一番安全に会話ができる状態がこれだったのよね。やってみるととっても便利。
お陰で一見、無言でぼーっとしながら歩いていて、たまに吹き出したり驚いたりする怪しい二人組になってますよ。
もし監視が見てたらイロイロ疑われそうだな。主に頭が。
でも、誰にも聞かれないというのはとても助かる。今までしにくかった話も出来るというものだ。
「もともとこの国は『月の王』の人気が根強すぎるんだよ。ついでに『海の女神』もな」
何故井戸ごときでと、不思議がる私に、おっさんは教えてくれた。
「正直今の国王は『月の王』ほど人気がない。『月の王』はなにしろ元々王様で、超人的な能力があった上に悲恋の主役で、そして今は死んでいてもういないときている。もう美化されまくっているから今の国王にとっては目の上のタンコブなんだよ。国民に常に比べられていてまあ辛いと思うよ? だから、他に信仰の対象を作って、『月の王』はイメージを悪くして遠ざけたい。その手先機関が教会だ。だから教会はちょっとでも『月の王』を思い出すようなモノは見逃せないし、全力で叩きにくる」
うへえ、なるほどな。
「あれで疑いが晴れていればいいんだけど……」
なにしろ逮捕怖い。魔女裁判に勝てる気なんて全然しない。
「まあどうだろうな。神父の性格にもよるだろうし。まあ、ちょっとは躊躇するんじゃないか? さすがにあの金額寄付されて、心証悪いままってことはねえだろ」
結局金か! 一番効果的なのは金なのか! せちがらいな!
「水汲んで見てみるか? いまならホクホク言ってそうだぞ?」
なるほど? それは見てみたいかも。でも水を汲んだり目を瞑って立ち止まったりしたら、監視がいたら怪しまれそう。そうでなくても周りに人がいない訳ではないのだ。しょうがない。なんとか歩きながらやるか。
「水はいいけど、じゃあちょっと目を瞑るから、上着持っていていい? 躓きたくないから」
「あ? いいけど、面白そうだな。チャンネルとやら開けとけよ?」
アイアイサー。では。
意識をレンティアの教会に飛ばす。神父は……いたいた。見えたのは。
「あの娘、何者だ? こんな高額な寄付をしてくるとは」
「それはよかったですね、神父さま。なかなか中央から遠いと寄付金も集まりにくいですから、助かりますね」
「うむ……。あれはただの世間知らずな箱入り娘だったのかもしれぬな。きっとこれからは信仰と共に正しい道を歩むであろう」
「ではもう監視は解きますか?」
「うむ……そうだな。言っていたとおりに南に向かったようだし。取り越し苦労だったのかもしれない……」
そう言って小切手を金庫にしまう神父さまだった。
いたよ! 監視! ついてたよ!
しかし金の威力ってすごいな……。やだなー大人の事情って。
まあ、頑張ったかいがあったというものだよ。主に財布が。しくしく。
「……ふーん、今のところいい感じになったな。これでオレの名前だのお前の詳しい容姿だのが伝わらなければこのままになるかもな。まあ、バレたところで、その時にシュターフに入ってさえいれば何とかなるだろ」
「ところで何でシュターフにいると何とかなるんですかね?」
「えー? そりゃああそこにはオレの知り合いだの友達だのの有力者がいっぱいいるからだよー。権力ってすげえよ? たいていの無理は通るからな。お前の存在を隠すなんて簡単だぜ?」
おう、すごいなー権力って。そりゃあ欲しがる人がいっぱいいるわけだ。
え? 私は要らない。……と、思っていた。昨日までは。今? 今は、うーん、ちょっとならあっても良いかと思い始めたよ。
ああ……なんか汚れていく気がするよー。
私は一介の旅人でありたいだけなのに……。
誰にとっても無害な、関心なんて引かない人でいたいのに……。
どうしてこうなった。しくしくしく。
「で? お前、これ水龍関係なく見てたよな? てことは自力でやってるな? 相変わらず道具も詠唱も無しで。なんなの? そんなにホイホイやって見せてるってことはどうせお前、また何にも知らないでウッカリやったんだろ。ほんと何なのお前? 世の中の魔術師から嫉妬で刺されても知らねえぞ? 目を瞑るだけとかふざけてるな。くっそう! 羨ましい」
あれ? そうなんだ? 実は目を瞑らなくても出来ますとは言えないな……瞳の色を隠す為なんてもっと言えないから、まあ黙ってるけどさ。
そうか、普通は道具とか詠唱とかいるのね。
へえー。道具って何使うんだろう?
そうこうしているうちに、レンティアの南隣の町に入った。
とりあえずそこで何をしたかというと。
地味ーーな服にお着替え。
私は髪を結んで帽子に出来るだけ隠し。
だて眼鏡も買っちゃうか!
鞄も変えて。靴も変えて。
出来るだけ見かけを別人に。
そして私は、無精髭を伸ばし始めたカイロスさんと、改めて東に舵をとったのだった。
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地味におとなしく、目立たずに。
そうしてしばらく経ってみたら。
私は有名な、教会のお尋ね者になっていた。
なぜなのー!? しくしくしくしく。
どんどん状況が悪くなっていく。
ちょっと大きな街に着いて、様子をみるために教会に行くと、必ず私が糾弾されているのだ。大ホラ吹きの詐欺師だと。
そして教会がそれほど躍起になるくらい、今なぜか「海の女神」の人気が上がっているのだ。なんでだ。
いや知っているけど。
なんと、井戸堀りの騒動の時に居た人間が一人、タルクの長雨を止めた時にも、私がタルクに居たのを思い出したらしいのだ。
どうやら同時期に同じ旅をしていたらしい。女の旅人が珍しいのが災いした。
思い出すなよー頼むから。
せっかくシャドウさんもとい「だんなさま」頑張ったのに……。上手く誤魔化せたと思ったのに……!
で、そいつが得意気に吹聴したもんだからさあ大変。水脈をみつけた女は雨をも止めた、まさしく「海の女神」と騒ぎが広がり始めたのだ。そうなるともう止まらない。同時期に三ヶ所止めたから始まって、やれあっちの街のあの長雨も、こっちの街の台風も、なんでもかんでも「海の女神」のせいではないかと尾ヒレがつきまくってきている。
人は信じたい話を信じるって本当だね……。
頼むよ。やめて。お願いだから。
半端に真実が混じっているのが怖い。
最近なんて、その男の証言とやらから作ったらしいブロマイドまで見た。すっごい美人になってた。照れる。いや違うって。そうじゃない。
考えようによっては、それは指名手配写真とも言えなくもないのだ。黒髪だとか、黒い目だとか、そんなことが一目瞭然なのだから。
ヤバいよー嫌だよー困るよー……。
私は必死で考えた。無い知恵絞って考えた末、とりあえず結界を張ってみたよね。
気配を消すよ。何にも出さないよ。
「カチリ」
するとおっさんが、
「おおー、なんだか存在感無くなったな。なんだそれ、どういう仕組みだ?」
と言っていたので、とりあえず成功したらしい。
やってみるもんだね!
確かにそれ以降は、こちらから話しかけないと私の存在に気づいてもらえない事が多くなったので、嬉しくなってずっとこの結界をかけっぱなしだ。
お願い誰も私を見つけないで。
私は食べ歩きがしたいのよ。のんびり観光したいのよ。
得意気に言いふらしたやつ、ゆるすまじ。でも絶対に再会しませんように。
そんなグッタリしていたある日、おっさんが、
「ちょっと寄り道していくか」
と言い出した。
「魔術師にとってちょっとおもしろい街があるんだよ。気晴らしに見せてやるよ」
ほう? おもしろい街? ほうほうほう?
頑張る。私、そこに行くまで超頑張るよ!