教会
私の「盾」のコントロールも随分自由自在になったあたりで、私たちの山越えは終わった。
一回間違えてカイロスのおっさんをかすめてしまったら、おっさんが豪快に吹っ飛んでしまったので、おっさんの懇願を聞き入れて最後は周囲10センチくらいにクッション代わりの結界を張って直接当たらないようにさせられた。
「いやせめて50センチはとれよ! 怖いだろ! 半端無かったんだぞ衝撃が!」
とか言われても、それじゃあ練習にならないじゃないねえ?
「あ! じゃあ一回模擬戦やろうよ! 戦うフリ。力だけ手加減してさ?」
と思い付き、乗り気じゃないおっさんを巻き込んで実戦の練習もしてみました。
ガッ、ゴッ、ガキン、ドゴォ!
と、それはそれは迫力満点で、そして私は自分が動きながら鈍器もとい「盾」を振り回す練習も出来たのでした。いやあ、おっさん、ありがとう。刃こぼれ? ナニソレ美味しいの?
そして剣がダメなら魔術を、とカイロスさんが突然火球を飛ばしてきた時にはビックリしたけれど、それをとっさに結界で防いだ私すごいよね? よくやった私。お陰で右手で「盾」を振り回し、左手の「盾」でガードもするという二刀流? も完成しました。ダブル「盾」。あれ、なんか響きがかっこ良くないぞ。まあいいか。
どんどんグレードアップする私を見て、
「ほんとに、いいのかな、こんなの世に放っちまって……」
とか聞こえてきたけれど、まあ気にしない。攻撃は最大の防御でございますよ。ふふふふ……。
まあそれも山を降りると出来ないわけで。はい終了~。
私たちは地方都市のレンティアに入った。今までで一番大きな街、いや市だね。
早速私たちは宿を決めて身なりを整えたあと、観光に繰り出した。観光を隠れ蓑にしたカイロスさんの情報収集というお仕事を兼ねてだけど。
私はさっそくご当地のお菓子やスイーツを買っては食べ、ウィンドウショッピングを楽しんだ。
その間おっさんはアッチコッチでひたすらお喋りしている。
やっぱり天職だな、おっさん。生き生きしてるよ。
そんなこんなで活気のある街を歩いていたら、なにやら今までに無いものを見つけた。
十字架?
ひときわ大きな建物のてっぺんに、十字架が載っていた。
「ん? 教会? そうか、お前、初めてか。行ってみるか?」
あー、なるほど教会ね。そういえば今まで無かったかも。いくいく! もちろん!
教会は普段一般公開されているらしく、出入り口も開け放ってあった。ちらほら人も出入りしている。
大きくて、シンプルで、そして威厳がある建物だ。
こんな旅装束の観光客が入っていいのかわからなくて最初はビクビクしていたけど、カイロスさんは気にせずズカズカ入って行くので私もそれに従った。
「旅の方ですか。お祈りにいらしたのですかな? どうぞお好きな席で。ご自由にお過ごしください。神は全ての人を受け入れて下さいますよ」
柔和な笑みをたたえながら、神父さまらしき長い上着を着た年配の方が声をかけてくださった。
お言葉に甘えて教会の中の大きなステンドグラスや、天井に描かれている神話らしき絵や、建物の細かな装飾などを見てまわった。神聖な雰囲気と芸術が美しく共存していて荘厳だ。天井が高い。大きな街だとこんな建物があるのね~。
そうしていたら、神父さまが
「今から結婚式がありますよ。よかったらお二人も祝福してあげてください」
と言ってくださった。
結婚式! すてき! ぜひ!
私とカイロスさんは一番後ろの席に座らせてもらって、結婚式を見せていただいた。
新郎が緊張の面持ちで花嫁を待つ。
すると荘厳なオルガンの音が鳴り始め、そして花嫁の入場。
純白のドレスを身に纏った花嫁と、新郎の幸せそうな顔。うっとりと見つめる先はただ一点、花嫁のみ。
新郎を見ていたら、ふと、「だんなさま」の顔が思い出された。ついでにブンブン振っている見えない尻尾も。
花嫁が、父親と一緒にしずしずと入場して新郎に引き渡され、横に並ぶ。
そして神父さまの宣誓まで、全てが絵画のように美しく進行してゆく。
「神の御前で二人は今、夫婦になりました」
高らかに神父の声が宣言した。
いいねえ、結婚式。周りの人も幸せにしてくれる。
うっとりと眺めていたら。
「お前もあんな花嫁になってもいいんだぞ? オレが豪華な式をあげてやるよ。二人っきりの寂しい式しかやらないような奴とはオレは違うよ?」
とか囁いてきたので思わず睨んだ。やりませんってば。自分がこんな式を挙げたいという願望は、不思議なほど、全然、まったく無いのだよ。
私は、あの何もない部屋での「だんなさま」の、歌うような宣誓で十分満足しているのだ。
人々の祝福の中、二人が微笑みあって退場していく。
いやー、良いお式でした。お幸せに。
と祈りながら見送っているときに、何やら見覚えのあるものが視界に入った。
ん? あれは……糸?
仲良く退場していく二人の間に細い糸が渡っていた。
んん? 最初は無かったよね? 気がつかなかったのかな? いや、無かったよ?
でもその糸は、結婚によって結ばれた二人の絆のように、白く、でもキラキラしながら二人の間を結んでいた。
絆なのかな。そうだといいな。
私は今は暗闇に向かって繋がっている、でも消えてはいない自分の糸を意識していた。
会いたいな、と、ちょっと思った。
結婚式の後、カイロスさんは神父さまにお仕事の肩書きを明かし、別室でお話をする約束を取り付けていた。
私も同行してもいいとのことで、ついて行く。
教会というのは、大きな街には必ず1つずつあり、沢山の人が集まるので情報が集まりやすいらしい。
カイロスさんは神父さまに最近のレンティアの街で何があったのかを中心に話を聞いていく。
「この街は市長がよく治めてくださっていますので、非常に落ち着いていますね。犯罪率も低いです。最近孤児が少し増えましたが、それも一時的ではないかと」
などと神父さまも答えてくださっていた。
おおむね落ち着いた良い街らしい。いいね。街の雰囲気も良いもんね。
「そういえば最近、まことしやかに昔の悪習を煽るような噂を聞きましたが、他の街でもそんな悪い噂が蔓延してきているのでしょうか?」
逆にカイロスさんが聞かれた。
ん? 悪習? 悪い噂?
「はて? 悪い噂とは一体どんな?」
「おや、お聞きでないなら、私の口から申し上げるのもはばかられます。忘れてください。この国には立派な神がもういらっしゃるというのに、どうして昔の邪な人間などを崇拝する輩がいまだにいるのか、私には理解できません。目の前には常に見守ってくださる神様がおわすというのに、過去の幻影ばかりを見るとは嘆かわしいことです」
「ああ、『再来』のことですか」
はて、妙に聞き覚えが?
「そうです。もう300年は経つというのに、いまだに少しでも不思議な事が起こると、すぐに昔の邪な人間の話を持ち出して騒ぐのは、この国の悪い風習ですね。神にしか出来ない所業を出来るなどと主張するような人間なぞ、まさに邪悪な心で人々を騙そうとする悪しき人間に他なりません。なのにどうして人は信じてしまうのか。水脈を見るなど人間にはとうてい出来ないこと。どうしてそれを、人間の希望した場所に水を与えたもうた神の奇跡と思えないのでしょうか。何故、過去のいやしい人間の、実際にはありえもしない伝説になぞらえてしまうのでしょうか。実に嘆かわしい。私は不思議でなりません。この前の説教の時間にも説いたのですよ。奇跡を行うのは人間ではない、神なのだと」
そう言って神父さまは深いため息をつかれたのだった。
ほう……邪とな……。
なるほど?
すっかり普通に話題にしていた「月の王」、そういえば「話題にしてはいけない人」だったのを忘れていたよ。そして「海の女神」も同列なんだね。
私はほんのり、自分が王都に近づいてきたのを実感した。
なるほど。そういうことなのね?
宗教戦争みたいなものか。
「あなたもそう思うでしょう?」
って、私に聞かないで欲しい。困るから。
私は仕方なく、ただ曖昧に微笑んだ。