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放置された花嫁は、ただ平穏に旅がしたい  作者: 吉高 花 (Hana)
第一部

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水龍

『セシル~……そろそろ会いに来てもいいんではないかな~? ワシずっと待っとるんだけどな~……? おーい、セシルやーい?』


 誰かが私を呼ぶ声がする……気がする。


 あれ? デジャヴ……。


『セ~シ~ル~……。無視とは酷いものよのう……』


 いや、無視はしていないんだけど……。

 ん? あれ?


 私はテントの中で目を覚ました。まだ外は真っ暗だ。

 結界張ってるよね? 誰も来れないよね?


『セシル~こっちじゃよ~ホレホレこっちおいで~』


 って、なーんか呑気な声なんだけど、誰?

 気になるのはさっきから、私を本名で呼んでいることだ。

 私の本名は、私の短い記憶の中では「だんなさま」しか知らないはず。

 ということは。

 記憶を失う前の知り合いなのかもしれない。


 ほう? ほうほうほう?


 呼んでいるなら、行くよね?


 私は抜き足差し足で寝ているおっさんの反対側から結界を抜け、声が呼んでいたと思われる方向に歩き出した。

 って、あったな、こんなこと、前にも。

 どうしよう? この先にまた違うだんなさまがいたら。って、まあ無いよねー。むしろあったら困るわ。


 しばらく歩くと、霧が出てきた。今日はお天気がいいと思っていたんだけど……。

 山だからなーとか思いながら進む。

 そして私は大きな湖に出た。


 湖の上に何かが浮かんでいる。

 ん?


 よくよく見てみると、それは、湖の上でトグロを巻いて浮かんでいる、龍だった。半透明の白い龍。

 え、なんだなんだ!?


 全身をウネウネさせつつ、龍が喋る。

『セシル~よう来たな~~~。会えて嬉しいのう~。何百年ぶりかのう~?』


 あれ?

 最後、単位おかしいよ?


『ん~? どうしたセシル、まさかワシを忘れてもうたか?』

 そうみたいですーー。

 じゃなくて、多分人違いです~。そんなに長くは人は生きられないんですよ?


『あれ~? ワシもうろくした? ん~? でも、セシルじゃのう。魂が一緒じゃよ? ワシの声も聞こえておるじゃろ? そうか~忘れてもうたか~残念だのう……』


 白い龍がシュンとしてしまった。心なしか浮いている高度も下がっている。

 水面スレスレだよ、おじいちゃん。


「あのー、本当にあなたの知っているセシルですか? わたし、記憶がとんとなくて、最近のことしかわからないんですよー」

『ん~? なるほど、そうだったのか~。まあイロイロあったからのう、忘れたい事もあったかもしれんのう……』

「イロイロって何でしょう?」

『イロイロはいろいろじゃよ~。人間だって、み~んな、イロイロあるじゃろう~? 自分で乗り越えて思い出さないと意味無いんじゃよ~。それに、思い出さなくても良い事もあるじゃろうて……』

 よしこれは何も語らないパターンだな。でも、なんだろう、優しい気持ちが伝わってくるよ。


『それにしても寂しいのう……そうか、ワシのことも忘れてもうたか……』

 うーん、水面にくっつき始めちゃったよ。


「あの……出来たらあなたの知っているセシルの話をしてもらえませんか?」

 それは、もう少しこの龍と話していたいという気持ちと、少しの好奇心。

 この龍は私にやさしい。

 きっとこの龍と「セシル」は良い関係だったのだろう。


『そうだのう~ではセシルはワシのことを、また前のようにセレンと呼んでくれるかのう? 初めて会ったとき、そなたはワシの名を、まだ幼くて言えなくてのう。ワシをセレンと呼んだのよ……』

 龍は懐かしそうにそう言って目を細めた。

「ではセレンと」

『おお嬉しいのう。昔のようにまたこうして語り合える日がまた来るとはのう……長生きしたかいがあったというものじゃのう~』

 あ、ちょっと浮上した。うきうきウネウネしている。


『おや、セシル、あの小僧と(えにし)を結んだようじゃの。よかったのう』

 えにし?

『ワシらで言う、つがいじゃな。お前さんが居なくなったあとは、あの小僧がよくワシの所に来てはセシルがいない、セシルがいないと、それはもう煩くてのう……やっとこれで静かになるの。ほっほっほ』

 小僧って「だんなさま」のこと? あの「だんなさま」を小僧呼ばわり……すごいなー龍って。


『お互いをやっと見つけたのじゃな。なのにセシル、なぜワシのことは思いださなんだ。冷たいことよのう……』

 下がってる下がってる! 水面がチャプっていってるチャプって!


 いや実はその小僧のことも思い出せなくてね?

 と言うと、龍はおや? という顔をしてまたちょっと浮上した。わかりやすい。よかった。


『そうか~、小僧のことも忘れおったか。ではワシのことも思い出せなくても仕方ないかもしれぬのう。それでよくぞ小僧と(えにし)を結んだのう。ワシはうれしいよ』

 ウンウンと龍が頷く。


『セシル、何も思い出せなくてもそれは自然の流れ。無理して逆らうこともなかろうよ。あの小僧もついているなら、大丈夫じゃろ』

 龍がしみじみと話す。


『だから、これだけ覚えておいておくれ。ワシはセシルの人生のほとんどを一緒に過ごしていた。ワシはセシルをそれは大切に思っておったし、今も変わらぬよ。そなたが死んでしまったと思った時にはそれはそれは悲しかったから、今はまた再び会えて本当に嬉しいのじゃよ。だから、これからも仲良くしておくれ。ワシはそなたが呼べば、水のある所なら何処でも行ける。一言セレンと呼んでくれれば何時でも行くからの。水龍の助けが欲しいときは遠慮なく呼ぶんだよ。出来ることならなんでもしてあげよう』


 セレンは優しい。全てを承知でそう言ってくれるというのは、とても嬉しいし、懐が深いなぁと思う。


「うん、ありがとう、セレン。これからもよろしくね」


 私の返事を聞いて、セレンが嬉しそうに湖の上でぐるぐる回り始めた。


「何でも言うがいいよ、セシル~。この国を滅ぼしたければ一言で、ワシが沈めてあげるからね~ほっほっほ~」

「あ、いやそれはお気持ちだけで! 冗談でも言っちゃダメでしょ~こわいわ~セレンて」

『ほっほっほ~簡単なことじゃよ~~~しかしセシルも相変わらずじゃのう。欲が無くて、つまらぬのう』

「へえ、前もこんな感じだったの?」

『まったく同じじゃの~ほっほっほ~』


 などと、しばらく二人で笑いあった夜更けの思い出。


 私はこの水龍を大好きになった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ちょっとそこのシエルさんよう~? 昨夜は何処に行っていたのかな~? オレを置いて、何かやることでもあったんですかねえ? え? シエルさんよう~?」

 というジト目のこのおっさんに起こされなければ、それはそれは気持ちの良い朝だったのに……。


 そういえばセレンがこのおっさんを「火の」と呼んでいたなあと思い出す。


『なんか、「火の」が着いてきちゃったから、まいておいたからの~。やつも霧ごときで見失うとはまだまだじゃのう~。まあ楽しくやっているならいいんじゃが、いいか~? 一番の仲良しはワシじゃからな~セシル~~』


 仲いいか!? このジト目のおっさんと? 楽しそうに見えるのか!?


 ……えーー……




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