遠足楽しい
私たちはカイロスのおっさんの提案で、野宿用のあれこれを買い出しに来ていた。
「シュターフに行くには、この山を越えるとはええんだよ」
とのことだが、そういう主張をする時には大抵ウラがあるんだよなあこのおっさん。
で、単刀直入に聞いてみたところ。
「お前の能力って、山でもなんか発揮できるんじゃねえ? ほら、町では見られないような」
と、ワクワクしながら言われてしまった。
なんか実験動物になった気分だ。
しくしくしく。
まあ、長い旅になってきているからね。
たまにはいつもと違うことをしてもいいかと了承するわたしも大概お人好しなのかもしれない。
でも私は決めていた。
普通に旅をすると。
魔術なんて縁のない、この国の大半の人と同じように山越えするんだ!
ちょっと便利なおっさんを連れて。
がんばるぞ。
「なんだそれ?」
「え? テント」
「随分小せえじゃねえか」
「うん。一人用だからね」
「ええ! 入れてくれないの?」
むしろ入れると、なぜ思った。
プライバシーは大事です。ということで、出来るだけコンパクトな高性能テントをワクワク購入してみた。色がかわいいんだこれー。素敵な緑。保護色にもなってすばらしい。うふふふー。
「そういやお前、あの旦那にもらっていたカード、残高大丈夫なのか? あいつ金持ちだった?」
「あ、うん。けっこう余裕があったよ。ちゃんと締めるところは締めているから大丈夫」
……ウソです。なんかびっくりするような金額が入ってました。
そしてどうやら随時自動補給されている気配です。太っ腹すぎだろう。だんなさま愛してる。
まあ、普段はどんなにお金があったとしても、派手なことはできないけどね。
派手なことって、相対的に旅に向かない気がするよ。
華美な服とかね。そしてあんまり興味もないんだな。
しかも強盗とか呼び寄せそうだから、普段はいたって地味装備。
だからこういう時はここぞとばかりに、ちょっと良いものを買って楽しませてもらってます。
楽しい! 心から!
ほんと、「だんなさま」ありがとう。
持ち物無制限の遠足に行く気分だよ。
そうだ、おやつも持って行こう。
私はいそいそとお店に向かった。
後ろでおっさんが、女の買い物がどうとかぼやいていたが、さっくり無視して、私はウキウキ買い物を満喫したのでした。
あー楽しい。心の底から楽しいです(二度目)
さて、おっさんの言うには5日もあれば余裕で越えられるとのことなので、それを前提に準備をしましたよ。もちろん私は山越えなんて初体験なので、カイロスのおっさんから必要なものを聞いてだけどね。
「何か注意するようなことってある?」
「ん? いや別に。危険な動物がいるわけでもないし、ちゃんと山越え用の道もあるから大丈夫大丈夫。もし何かあったらオレが守ってやるからよ。まあノンビリ行こうぜ」
「はーい」
と、言うことだった。はずなのに。
山越え二日目。
なぜ今目の前に熊がいるんでしょう? しかもやたらと大きいぞ。
おっさん、よろしくーー。
「あっれえーー? なんでこんなところに熊がいるんだ?」
「え、なに、普通はいないってこと? まあそうじゃないとこの道封鎖されてただろうから、そうだよねえ」
「お前……相変わらず恐怖心が皆無だな。大丈夫か? パニックとかじゃないよな?」
「え? だっておっさんが守ってくれるんでしょ? それに多分私、『だんなさま』の防御魔術あるから大丈夫だよ」
「ああーなるほど。お前ズルいなそれ」
とか言いながらも、おっさんは逃げる様子のない、どころかむしろ敵意剥き出しの熊をあっさり剣で一刀両断していた。
さっすがーかっこいー。
「はいはい。心にもない世辞をありがとうよ。今日は熊鍋にするか、夕飯」
「やったー」
なんて最初は無邪気にしていたんだが。
どうも何かおかしいのではという話になった。
普段は熊なんて出ない。というかこの山にはそもそも居なかったはず。
熊なら大抵はおっさんと睨みあったあとは逃げていくものなのに、今回は向かってきた。
種類は小型の熊なはずなのに、やたら大きかった。
え、危なくない? 他の旅人だったら命の危機よね?
おっさんはちょっと考えて、イカロスに何処かに伝言を運ばせていた。
まあ私たちだけでどうにか出来るものではないからね。お役所やお偉いさんたちに対策してもらわないとね。
こんな時には「だんなさま」がかけた防御魔術、心強いわ。内容はよくわからないけれど。
どうやら思い付く限りのケースを想定していそうだから、まあ大丈夫でしょう。
過保護万歳。
その夜。
残念ながら熊鍋は食べられなかった。
おっさんが言うには熊は証拠としてそのまま残さないといけないらしい。
まあそれはそうなんだけど、一瞬本気で期待したからとっても残念極まりない。いつか食べてやるんだ。
でもそれなりに夕飯は楽しんで。
遠足遠足楽しいね。
火おこしは便利なおっさんがいるから、そのうちキャンプファイヤーもやりたいね!
でもまあ、今日は寝るか。と、私はいそいそと折り畳んであったお気に入りのテントを広げた。明日もあるからねー。
とその時、
「シエルさん、熊が出たら大変だから、今日は一緒に寝ましょうね~」
とか言いながらおっさんが入ろうとして来た。おい、ふざけんな?
ちょっと呆れた私はそのままテントの中で黙っていることにした。
私が一人入るだけで本当にキツキツよ? どこに入るというのでしょうか?
「え? シエル、入れてくれるの? いやあ、やっとお前もオレの良さをわかっ……」
バチッ!
「痛ってええ!!」
おっさんはあっさりテントの外へ吹っ飛んでいきましたとさ。
だろうと思ったよ。私に触れないで中に入れるわけがないじゃないか。
防御魔術、すばらしい。
ありがとう「だんなさま」!
「おい! お前の旦那、容赦ねえな! なんか恨みが込もってた気さえするぞ。全然手加減無しかよ! ねえねえシエルさーん、オレ熊さんこわいなー。寝ている時に襲われたらさすがにやられちゃうよね? お前だけ結界張ったテントって、ズルくないかなー? オレが襲われちゃってもいいんだ? 冷たいなー、おーい、シエルさんよう」
と、おっさんが煩くてしょうがないので、私はテントの中から半径4メートルくらいの球状に結界を張った。
何にも入れないよ。
「カチリ」
「あ! 自分だけ結界張った音がする! シエルずるい! 見捨てられた!」
もうー。見捨ててないのに。
しょうがないから、結界が見えるようにしよう。
結界具現。
とたんに結界がドーム状にキラキラと光りだした。
「これ今張った結界だからー。この中に居れば大丈夫だと思うよ。一応何にも入れないやつ」
テントから顔だけ覗かせて伝える。
「あ、何かが接触したら、起きられた方がいいよね。んー、どうする? 大きな音でも出るようにする?」
それでいいか。
今張った結界に何か大きな物が触れたら音が出る効果を付与する。
音だすよ。
「カチリ」
よし。
「じゃあ音がしたら起きるということで。おやすみ~」
といってテントに引っ込もうとしたのだけど。
「おいー、ちょっと待てよ。なんだこれ!」
と呼び止められた。
はい?なんでしょう?
「このキラキラの結界どうなってるんだ? 何でなんにも無いところに結界が出来てる? で、何で光ってんの!? 音ってなんだよ!」
「え?、球状に結界張ったんだよ。これで地面からの攻撃も無しだね。変形させて張るのも面倒だから、球の形でお手軽にね。で、おっさんが見捨てられたって煩いから、見えるようにしておいた。これ、『入れない』結界だから、多分一回出ると入れなくなるよー。気を付けてね! で、音はおまけで付与しておいた。便利かと思って。いらなかった? 飛び起きるの嫌ならとるよ?」
「いやいやいやいや……。お前、論点がおかしいぞ。……ああ、知らないのか! マジか! 知らないって怖いな! お前、たまに怖いぞ! こわっ!」
ええー? せっかくの親切を酷くない!? やめちゃうよ?
「いや、やめないでください、お願いします。いやだから、お前……。普通は結界って、何もない空間にいきなり張れないの知らないな? しかも地面の中まで続くとか。あと光らせるとかオレ初めて聞いたんだけど? 人生70余年、は、じ、め、て、聞いたんだが!? なんでそんなケロっとしてるんだよ! 何がお手軽だ! なーにが『しておいた』だ! むしろ変形もさせられるのかよ! 泣けばいいの? オレ泣けばいいのかな!?」
あれ? またやったのかな、私……。
へ、へえー、そうだったんだー。知らなかった。
おかしいなあ、そんなに難しいか?
って言ったら、おっさんに睨まれた。やだこわーい。
「音出すように付与ってどうやるんだ? さっぱり想像つかねえぞ。あ、付与できるならついでに、オレは出入り出来るようにしてくれる? トイレに行っちゃうかもオレ」
おっとなるほど。それもそうだね。
私とカイロスのおっさんは出入り自由。
「カチリ」
「付与したよー。いつでもおトイレどうぞー。他にはない? じゃあおやすみ~また明日!」
と言って私は引っ込んだ。
外から
「くっそうホント簡単にやりやがって……」
とか聞こえて来たけれど、まあいいよね。おやすみ~。





