呪いを解こう2
だけどなー……。
呪いのブローチを前にちょっと考える。
これ、呪いを掛けた人が陰険そうだったんだよ。普通、呪いって、個人的な恨みを晴らすためにあるものじゃない? でも、この人物に感じたのは、純粋な悪意。誰かを傷つけたいという意思。
個人的な恨みなら握り潰せば消えるかもしれないけれど、悪意のある人が考えたら、どうなる?
そこで思い出すのはカイロスさんの、「二重三重に魔術がかけられている」というやつ。
私がこの魔術師だったら、解呪しようと手を出した人には反撃するような罠をかける気がする。呪い返しみたいな。
そこまで考えて、防御も考えないと、と思った。
慎重になっても悪い事はないだろう。
とりあえず、目を瞑る。大丈夫、呪いの気配はハッキリとわかる。
とりあえず、ブローチのまわり10センチくらいの空間を、ぐるっと丸くボール状に結界を張る。
何にも出さないよ。
「カチリ」
何にも入れないよ。私の魔力以外は。
「カチリ」
うーん、あとはなにがあるかな?
かたーく固く。絶対にこの結界は壊れない。
「カチリ」
「おいおい、何やってるんだ?」
カイロスさんが不思議そうだ。
「うーん、何か反撃があってもダメージが出ないようにしてる」
「へー」
じゃあやってみるけど。人生2回目だから、危なそうだったら各自で逃げてね。と、伝えて。
再度目を瞑った。
そして手をかざす。魔力を入れ……ちょっと待てよ?
こんな風に私の魔力を大量に入れたら、あのダム破壊と同じように痕跡が残っちゃうんじゃない? それ、まずくない? 向こうにも伝わっちゃったら……うわあ嫌だわー。
どうしよう?
そうだ。どこか……根本がないかしら?
この呪いの、根本。一番の核。
この黒い煙を吐き出している点。
どこだ……。
冷たい煙の中を掻き分けてさがす。気配を極力消して。静かに、静かに……。
探すことしばし。
見つけた。
木のような、かたち。幹の部分が結構太い。この幹から、たくさんの枝が伸びて行くように、枝葉の繁るように呪いが拡散されている。
この幹を潰せば、一気に壊せるかな?
私はその幹がすっぽり収まる位に手を大きくした後、その幹に手を伸ばし、一気に両手で締め上げた。
キャアアアアアアァァァァーーーーー!!
呪いがつんざく悲鳴をあげた。
ボール状の防御壁を越えて漏れてくる。うるさい。
どれだけ大音量なんだよ。
「何にも出さないよ」っていう結界なのに。
マンドラゴラかおまえは。
いや、マンドラゴラなのかもしれない。本当に。
おっさんの「うっ」っていう声が聞こえた。
それでも私は渾身の力を込めて呪いの木の幹を締め上げていった。
ギリギリギリギリ……。
幹の内側から猛烈に抵抗されるが、想定内。
手に山ほどの魔力を流し込んで力に変えていく。
容赦はしない。
ジリジリと幹が細くなり、悲鳴も細くなっていって、そして。
最後にバシュっと、音をたてて消えていった。
根本を絞めて上を殺した形なので、私の魔力が触った面積は少ないはず。
これで痕跡があまり残らないといいな。
目を開けると、そこにはキラキラと無邪気に光るルビーさんがいた。
おっこの子もかわいい子だね。呪いが消えてよかったね。
防御用の結界を解く。
ブローチを持ってみたけれど、もうどこにも呪いの痕跡は見当たらない。
よし。終わり~。
「はい」
と、ブローチをおっさんに渡す。
カイロスのおっさんは無言でブローチを眺めたあと、頭をガリガリと掻いて、
「しょーがねーなあ」
とだけ言った。
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私たちは町長の処分の手続きが終わり次第、タカルカスの町を出た。
はああーやれやれ。
やれ『海の女神』だの何だのと注目されるのは本当に肩が凝るよね。
お陰で食べ歩きも出来ないし、せっかく沢山あるアクセサリー屋さんにも気軽に入れない。
常に視線が付きまとって何を食べたか何を買ったか、監視されている気分になるよ。
気軽にその場で気に入ったものを「これくださいな」ってやりたいのにー。
気を使われると、こっちも気を使っちゃうよね。有り難いけど、正直重いのよ……。注目なんて嫌いだ。私はモブになりたい。モブ万歳。
と、いうことで、タカルカスを出て私は幸せだった。
もう二度と近づかないぞ。
人もまばらな田舎道をおっさんとテクテク歩く。
ちょっと火の鳥イカロスが光の玉になって周りを飛んでいるけど、もうカイロスのおっさんに隠すのはやめたので、堂々と結界を張っていたりする。
何にも見せないぞっと。
イカロスは
『きいいっ!生意気!』
って怒っているけど、まあそのかわいいこと。ノーダメージだ。
ふっふっふ。
隠し事しないのも、まあ良いのかもしれない。
「一応確認なんだが、元のオレの膝の呪いを解いたのはお前で、今の両膝の呪いはあの旦那の影がやったんだな?」
こくこくこく。
「あのブローチとおんなじやり方だったのか?」
ぶんぶんぶん。
「おっさんの膝の呪いの消し方は、魔力を押し付けて潰したんだけど、ブローチは木の幹のところを締め上げた感じ」
「なんだそれ。わかるようなわからないような」
「え?じゃあ普通はどうやるの?」
「普通は……何が普通かは意見があるだろうけど、道具に魔力を込めて、その道具が仕事をする感じかな」
「え? 道具を使うんだ。どんな道具なんだろう?」
「なに目えキラキラさせてんだよ。何にも使わない猛者が。道具はその時その時で変わるんだよ。というかそれぞれ魔術師が自分で用意するからな」
へえー。
カミングアウトしてしまった今、旅の道中おっさんからイロイロな情報を聞けてなかなか有意義な時間になった。ビクビクしながら薄氷を踏むような緊張感がないのは良いねえ。
そしてしみじみ自分が魔術関連のことを何も知らないんだなと実感する。
私、なんで魔術つかえているんだろうね?





