やるんじゃなかった
毒を食らわば皿まで。
私は昼になる前に、町長の所に戻った。
ご飯くらいは出るかしらなんて期待したんだけど。
結果は。
「遅かったじゃないか! 仕事を終わらせたらすぐに戻ってこい! モタモタするな! お前にやってもらうことは山ほどあるんだからな!」
という台詞だけで、ご飯はなかった。
「食事なんて仕事の合間に適当に勝手に食べろ」
とのことですよ。
聞きました? カイロスさん。パワハラですわよ、パワハラ!
ちゃんと記録しておいてね!!
「もう少し長くは降らせられないのか? こんなんじゃ小雨だろう。期待はずれだな」
「雲を留まらせるのは難しいんです」
……と、いうことにする。自然を操作するのは極力避けたい。
「『海の女神』だったらもっと降らせられるだろう!」
「私は『海の女神』ではありません」
そこはきっちり線引きしようか。
そんな伝説と比べられても困る。
「チッ。思ったより使えないな。お前、他に何ができる」
「特になにも」
「なにもじゃないだろう! そんな能無しなんていらないんだよ!」
じゃあ解任してくださいよー。もう。
いちいち怒鳴られるのも嫌なんですよ。早く終わらないかな。
町長はでもそんな気はないらしく、ニヤリとして言った。
「よしわかった。ならば最初に大きな仕事をやるから、これで度胸をつけろ。お前、これから副町長のところに行って、あいつを殺してこい。それくらい出来ないと今後困るんだよ。これからそういう仕事が増えるんだから、慣れてももらわないとな。お前の顔は知っているから喜んで迎えてくれるだろう。頃合いを見計らってさっさとやれ。お前には簡単だろう?」
えええええ! 言っちゃったよこの人!
さらっと言いやがったよ! 早かったな!
コイツ人の心が無いのか!?
聞きました? カイロスさん! 聞いてろよ!
まったく……。
部屋に結界も張らないでそんなことをサラッと言ってしまうあたり、こいつバカなのか?
「できません」
「出来ないじゃあないんだよ! やるんだよ!!」
バアン! あ、机さん痛そう……。かわいそうに。
「オレに見込み違いで落胆させたくなければやるんだな!」
この人、呪いで操るのと、洗脳で操るのと、混同してないか?
別に呪いは洗脳じゃあないよね。ただ本人の意思とは関係なく動かされるだけじゃないの?
嫌々従っている前提の認識がないよね? それとも洗脳も込みの呪いだったのだろうかアレ。
なんでこんなのがあんな宝石を持っていたんだろう?
「……行ってきます」
退散。退散~!
ああ胸くそ悪い!!
言質は取ったから、もう終わりでいいよね?
だが。
おっさんは許してくれなかった。
「もうちょっと粘ってみようか~。自分の命令が失敗したときの態度が知りたいよねえ? だからもちろん殺さなくていいよ~」
とかいって、やっぱり楽しんでないか!?
「あったまくる! パワハラ反対! ふざけんな! 狸と爺、どっちもどっちだ!」
自分の部屋で。
ストレス発散しないとやってられないわ。
結界万歳。大声だって漏れないよ!
だから嫌だったんだよ。ああ首を突っ込むんじゃなかった……。
どこで分岐を間違えたんだろう?
人を殺すとか、そんな物騒なこと、やるわけないじゃないか。絶対に嫌だ。
せめてちょっと寝込んでいてもらうとか、そういう穏便な思考回路はないのか奴には。
……あれ?でも、寝込ますって、どうやるんだろう?
あらちょっと興味が……。んんー、どうやるんだろう。
ウズウズ。
…………そうねえ?
副町長、ちょーっと実験台になってくれないかな?
あ、恨むなら町長を恨んでね。なにしろ命令だし?
大丈夫、きっと影響が残らない方法があるはず。きっとね。
副町長って、誰だっけ?
しょうがない。副町長室に意識を飛ばしてみるか。
町の役所の……あった、「副町長室」。
はいお邪魔しますー……あ、居た。そりゃあそうか、今昼間だよ。
副町長は真面目にお仕事をしていた。忙しそうだ。偉い。
なのに町長は何やってるんだ? 自宅で。有給か?
さて、来てはみたが、これからどうすれば?
とりあえず私の意識がお邪魔しているのは気づいていないみたいだし、他に人もいない。
うーん。
寝込むといっても、ねえ。本当の病気になんてどのみち出来ないし。
……一番体に害がなさそうなのは暗示とかかな?
思い込みの激しいやつ。
やってみる?
副町長ー、って呼んでみたけど反応がない。
ならば。
ちょんちょん。肩を叩いてみた。
お、顔を上げたぞ。
目を合わす。向こうは見えていないけど、むりやり意識をこっちに向けさせる。
彼の瞳に私の銀の瞳が映っている。
そしてそのまま……潜り込む。
どこだ?どこに働きかければいい?
深いところ。中心。
……見つけた。
「あなたは頭が痛くて仕事が出来なくなる。家から出られない。……3日ほど。それまでは頭が痛くてよく考えられない。3日経ったら突然良くなる」
怖いから、タイムリミットをしっかり設置。
そして細ーく糸のように繋がりを保ったまま、彼の意識から離れた。
やり過ぎていたらすぐに戻れるように。
とたんに副町長は頭を抱えて痛がりはじめた。
うわあ罪悪感……。ごめんなさい副町長ー!
だが彼は、家に帰るのではなく、引き出しを開けて鎮痛剤を……え、そうなる!?
帰ろうよ!家に!
休もうよ! ワーカホリック反対!
あ、これ使おう。
まだ繋がっていた糸?を使って、彼の意識に送り込む。
「薬は飲まずに家で寝るんだ」
よし、薬をしまった。
フラフラと部屋を出て、回りの人に帰宅を告げる。
よしよし。そうして。お願いだから。
どうせ町長に狙われているんだからお家にいてください……。
と、ここまできて、気が付いた。
今私、人を操らなかった?
家に帰れが通るんなら、他の指示も行けちゃうんでは? 副町長は家に帰る気が明らかに無かったのに、今帰ったよね? しかも糸を通して、わりと簡単に出来ちゃったよね?
ええっ!?
……そんなこと、知りたくなかった。
楽しい旅にそんなものは不要だ。むしろ嫌な予感しかしない。
うっかりやるんじゃなかった!
ああ、ただただ楽しく旅がしたい……。
しくしくしくしく。