雨を降らすには
「早いな。真っ先に顔を見て呪いで拘束したいんだなー。どうするシエル、呪い、かかってみるか?」
めっそうもない!
「オレが思うに、この呪い、多分お前の旦那の防御魔術で弾かれると思うんだよね」
あ、それはあるかも。
あれだけいろいろ魔術をかけて、呪いに対抗するものを掛けていないとは思えないよね。
そしてどう考えても「だんなさま」の魔術の方が強そう。
「だからさ。呪いにかかったフリ。ちょっとね~? やって欲しい仕事があるんだよねえ~?」
って。
おっさんの笑顔が黒いよ?
面倒事のにおいがプンプンするよ!?
私は平穏に過ごしたいのよ!?
そんなの御免に決まってるでしょうが。
ドンドンドンドン!
「シエルさーん!起きてくださーい!」
あ、忘れてた。
「じゃあ、今はあの町長追っ払ってやるから、その後話を聞いてもらおうか。ちょっと待ってろ」
ええ……めんどうー。でも私にこのおっさんを止められるはずもなく。
キイガチャ。
「町長うるせえーんだよ。シエルなら多分散歩だ。一時間は戻らねーぞ」
バタン。
あ、静かになった。
ていうか町のトップに向かって大丈夫なのかその口のきき方……。
「さて、そこに座ってくれ。逃げるなよ?」
えーん、つかまりましたーしくしくしくしく。
「監査官?」
「そう。実はオレ、各地の行政がちゃんとお仕事しているかどうか調べるお仕事しているのよー。このお仕事ならあっちこっち旅が出来て、お給料ももらえておいしいだろ?」
ちょこちょこ小遣い稼ぎもしているのは置いておいて。
もしかして町長がこのおっさんに強く出られないのはその肩書きがあったからか。
「で、ここの町長が怪しげな事を考えて、実際お前に呪いのブローチ渡すとか行動に出ちゃっているとなると、さすがにお仕事上放ってはおけないんだよ。だけど、首を飛ばすには弱い。知らなかったで通される。だ、か、ら」
ニヤリ。
「ちょーっと呪いにかかってもらってだな、あの町長から真っ黒ーい命令何個か引き出してよ。いやー助かるぜ!お仕事が捗って嬉しいな~」
えーーーーー。
「コレね、持っていて。会話がオレに筒抜けになって、ついでに録音機能もある便利な石。ペンダントになっているから、こっそり下げといてね。あ、大丈夫大丈夫、何かあったらちゃんと助けに行くからね~」
勝手に話が進んでいくよ?
いつまでやるの? 本当にヤバくなったらどうしよう!?
暗殺とかやだよ私! 出来ないけど!
「大丈夫だよ~。そんなの出来ないって答えればー。どうせあの町長も呪いに掛かったかどうかなんて見分けがつかないだろうから、適当にのらりくらりしておけばいいよ」
って、そりゃーカイロスのおっさんの得意技であって、私は出来る気がしないです!
「じゃあ、暗号決めとこう! 本当の本当にヤバいときは、そうだな、『だんなさまー!助けてー』って叫ぼうか。そしたら助けに行ってやるよ」
なんだそれ! だんなさまは別の人なんだけど!
「はいこれ下げてねー。じゃあ、ブローチつけようかー。え?嫌? でもこれ着けないと説得力ねえよ? あ、嫌ならまた結界張っとけば?」
他人事だと思って!!
私は泣く泣くまた結界を張ったのでした。しくしくしくしく。
町長ゆるすまじ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コンコンコンコン。
「すみません、シエルさん、ちょっとお願いがありまして」
はあー……。
ふかーくため息をついた後、私はドアを開けた。
「おはようございます、町長さん。こんな朝早くにどうされました?」
頑張れ私の表情筋。
「本当に申し訳ないです! ハイ。でもちょっと火急のお願いがございまして……」
と言いつつキョロキョロ辺りをうかがっている。
今は誰も見当たらない。
「……『私が主人だ』」
?
……ああ! これが呪いを発動させる呪文なんだなきっと。
うへえ、胸くそ悪い。
しょうがない、乗ってやるよ。
「はい」
私が返事をすると、分かりやすく目を輝かせて町長が喜んだ。ちょろい。
「ありがとうございます! シエルさん! では早速私の家に来てください!」
多分おっさんに聞かせるためだろう、必要以上に大きな声で言ったのだった。
今ごろおっさんが、耳をキーンとさせていたらいいのに。
「まあああ! ようこそ! シエルさんにいらして頂けるなんて、なんて光栄なんでしょう!」
夫人もわかりやすく大喜びだ。
そして通された部屋のドアが閉まったとたんに、この二人は態度をひっくり返した。
町長なんてテンプレのように椅子に座ってふんぞり返った。
「ではシエル、早速私の命令を聞いてもらおうかな」
頑張れ私の表情筋! 眉間の力を抜くんだ!
「はい」
もうニッコリなんてしなくていいよね。消せ。表情を消すんだ……。
「まずは、あの監査官の記憶を変えられるか? このタカルカスが素晴らしい町だったという記憶にしてこい」
出来るかよ! 人の記憶だよ!
「はい」
歯が浮くよ~嘘キモチワルイ。
まあ、この命令は口裏を合わせればいいから大丈夫だね。
「あ、あと今日はこの町に雨を降らせろ。町が乾いていると疑われる」
「はい」
え、どうしよう?
まあ、いいか。後で出来ませんでしたでも。
プライド? ないですー。
「では行ってきます」
とっとと逃げよう!
「ということなんで、口裏合わせですよー。もうよくない? この指示で作為があるの丸わかりじゃない?」
おっさんの部屋で。ニヤニヤ喜んでいるおっさんが非常に不愉快です!
でも盗聴ペンダントはちゃんと仕事をしているようですな。
「まあまあ、もう少し泳がせてみようぜ。どこまで行くか楽しみだな、あの狸」
やめてよー私の精神がゴリゴリ削られているんですが!
「まあまあ。雨も降らせてやれよ。レッツトライ!」
「出来るわけないでしょー。やろうと思ったこともないわ! どうやるのかも知らないから!」
もー本当に楽しんでるなこのおっさん。きっと天職なんだろう。
雨なんて降らせられるわけ……あ、でも止ませたことはあるか。
……あの反対をやればいいのかな?
え、ちょっとおもしろそう?
「……部屋に帰るわ。町長が来たら、部屋で雨降らしの魔術を頑張っているんだって言っといて。それくらいしてくれるよね? 私はもう午前中はサボるからね! 早く帰っても次の命令が待っているだけじゃないか。あ、これ返す。こんなもの部屋に入れたくないから」
と、言いながら盗聴ペンダントをおっさんに返す。
じゃあおやすみ~と言って私は部屋に籠った。
結界を張る。絶対誰にも見せないよ。
「カチリ」
でも雲を掴むような話だよねえ、雨とか。
ベッドに寝っ転がりながら考える。
雨が止まないタルクの町は、上空に『龍の巣亭』からのエネルギーが溜まっていた。
エネルギーを探さないとかな。
あ、そうか、他の雨が降っている地域の空を見てみれば何かわかるかな。
そして意識を上空へと向ける。
髪が吹き始めた風に乗って暴れるのを感じながら、私はどんどん上っていった。
雲を探そう。ここら辺には無い。
遠くを探す。
ぐるっと見回して……あー、あの山の向こうで降っている。風上にある山。
なるほど、雲がこの山にぶつかって、ここで雨を降らせてしまうからこっちには雨が降らないのか。
んー、じゃあこの雲をこっちに持ってこれないかな。
今日一日雲の場所が違うくらいなら、他の地域には影響も少ないよね、きっと。
私は手を伸ばして、雨を降らせている雲を、水をすくうように持ち上げてみた。
お? 動くじゃーん。
雲はふんわりと私の手の中に収まって、ほんのり温かかった。
ふふっ。なぜかかわいいと思ってしまう。雲に。なぜだ。
そのまま雲を、慎重にこのタカルカスの上空に持ってきて……ふんわり置く。
あ、上空の風に吹かれてしまうな。どうしよう?
風を避けるためにちょっと低めに雲を置いて。
その雲に、そうだな、ちょっとそこにいて、という気持ちで軽く結界を掛けてみようか。
結界というより封印だな、これ。
お?動かなくなったぞ。よしよし。
でもまだ雨は降っていない。足りないのかな?
よくよく見ると雲のまわりから、すごい勢いで水気が拡散している。
ああ、乾燥していたからね、ここらへん。
じゃあもうちょっと……。
私はしばらくの間、山の向こうから雲を掬っては持ってくるを繰り返したのだった。





