驚きの提案
よくわからないが、カイロスのおっさんが見せたいものは見せ終わったということだろう。私たちはまた元の旅路に戻っていた。
次の宿屋のある村まではまだしばらくかかる。
そして、このお説教はそこまで続くのだろうか?
「あのなあ、いっくら記憶が無いとか言っていても、常識くらいは普通にあるだろお前。げんに服着て飯も朝昼晩食って普通に話して読んでんじゃねーか。犬は知ってんのに魔獣はしりませんって、どういうこったよ」
いや知らないものは知らないんだからしょうがないよね。そんなに普通にいるものなのか?魔獣って?
初めて見たんだからしょうがないじゃないかー。
「そりゃあ普通は見えるやつなんてそうそういねーよ。でも普通に知ってるものなの! 伝説の生き物なんてたくさんいるだろーがよ。麒麟とか白虎とかドラゴンとか火の鳥とか」
なるほど! 言われてみれば知ってるわ!
でも「魔獣」という言葉は記憶にないなあ。
「そこだよなあ。さっきのイカロスが見えたってことは、お前さん魔力持ちのはずなんだよ。なのに何でそこらへんの知識だけがすっぽり無いの? 魔力の存在をお前自体がぜんっぜん感知しねえよな。で、時々突然見えるのも謎。さっきすれ違ったジイサン覚えてる? あいつ右手に何か仕込んでて魔力漏らしていたけど、見えなかった?」
はい? さっぱりですねえ。
「やっぱりな。けっこうヤバそうなもの仕込んでいたぜえ。あれが見えないんだったら魔術師としては随分へっぽこなんだがなあ。なのに見えた時はやたら性能いいんだよなあ、その目。知らないだろうから言うけど、けっこうヤバイよ、その目」
へえ?
「お前、気合い入れると見えるだろ」
ああ、そうかも。見える時は大抵目を凝らしている気がする。で、見ようとしていない時は見えないんだな、きっと。
「それだよ。やたら高性能なのにセンサーがバカ。視覚に頼り過ぎてんのかなー。センサーも能力もバカだったら問題ないんだが、能力がなー……。お前、コレが周りにバレたら何処かの強欲なヤツに誘拐されて監禁コースだぞ。もしかしてもうばれてんのかな? あの影が張っついているしな」
は? ナニソレ怖い! ぜったい嫌だ!
「その自覚のなさ! おー怖っ。自覚無いってホント怖いな!」
なんかさっきから散々な言われようですが。なんで誘拐? それ犯罪じゃーんダメぜったい!
「まあこれも知らねえでやっているんだろうけどよ、普通見ただけでどんな魔術かなんてわかんねえの。あ、これ呪いー、とか、あ、これは魔獣のーとか見分けらんないの。それなりの魔術師がわざわざ解析しないとどんなんだかわかんねえんだよ。世の中そうなってんの!さっきのジイサンのだってヤバそうとは思うけど、その正体がなんなのかはオレもわかんねえんだよ」
へええー。でも私も分からないんだけどね。色が違うだけで何がなにやら。あ、色が違うっていうのが珍しいのか。
「あ、ちなみに、最初におっさんが私に盛った薬? 毒? あれは紫だったわ。呪いが黒でヤバそうな薬の類いが紫だね! そして魔獣の魔力は黄色。でも知っているのはそれくらいよ?」
「今それを思い出すなよー嫌なやつだな。てかあん時も見えてたのかよ! どうりでなかなか飲まないと……、ま、まあ忘れてくれ。で、そんな知識なんて監禁していろいろ学ばせたら分かるようになるんだから心配いらねえんだよ。気になるのそこかよ、めでてえなあ。心配するポイントが違うだろ!」
はえー強制学習? そしてそのあと道具として使われるのか。それは嫌だなー。後半がなければ、学習だけならいいんだけどな。
「言ったな? 覚えとけよ? しっかりその頭に今のセリフ叩き込んどけよ? オレも全く同感だぜえ、まったくな!」
え、なにそれフラグ? 怖いんですけど。そのニヤニヤ笑いやめてー。
そんな感じで道中はずっとカイロスのおっさんから「いかに私が残念な人なのか」という話をくどくどと説明されていたのだった。
つらい…………。
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主に心が疲れ果てたあたりでやっと宿屋に到着した。
大きなタルクの町の近隣なので、今度は小さな村の宿だ。こじんまりしていて清潔でよきかな。でも。
勉強にはなるけれど、相変わらずおっさんの説教は酷い言われよう。酷くない? 泣いちゃうよ?
だってしょうがないよねえ? 記憶が無いんだから! 何にもわからないんだから。
でもなんだか、おっさんはワザと記憶を無くさせられている可能性も考えているらしかった。
宿はもちろん二部屋、そして隣同士。そして夕飯のあと、私はおっさんの部屋に呼ばれた。
膝の呪いがあるから、とりあえずは大丈夫だろうけれど。食堂じゃあダメなの?と、聞いたら
「人に聞かれると不味いんだよ」
とのことだった。
まあしょうがない。
「さてと。オレもあの影ほどじゃあないが結界張ったからな。ここでの会話は他言無用だぞ」
私を椅子に座らせてから、おっさんが妙に神妙な態度で言った。
なんだなんだ? なにごと?
「お前さん、自分の立場がすごーく微妙で危ないのは自覚したか?」
え、あ、はい。ソウミタイデスネ。
「思うにお前さん、あの影の魔力が凄すぎて、感覚がおかしくなってるだろう? そりゃ目の前でホイホイ呪いを解いたり掛けたりされたら、そんなもんかと思うのもわかるがな」
なんとなく膝をさするおっさん。
「呪いを掛けるのも解くのも、本当はとてつもなく準備がいるし、実際に掛けたり解いたりするのもよっぽど強い魔術師じゃないと出来ないんだよ。魔術としてはすごく高度な技なの。解きましょう、じゃあはいって訳にはいかないの。そんなの出来る奴がいたら、大騒ぎなの。本当は」
なるほど。
その膝の呪い、解いたのは私、って、言わないでおこう。ぜったい。面倒は御免だ。
散々しつこく聞かれた挙げ句に何も答えられなくて、険悪になる未来しか見えないわ。
何で出来るか分からないんだもん。
「で、お前さんの魔術が見えるっていう能力も、喉から手が出るほど欲しいやつが世の中山ほどいるんだよ。それくらい貴重だし凄い能力なんだよ。だから、遅かれ早かれお前を巡っての争いが起こるだろう」
ええ……面倒……
それ! あい変わらずボケてんなお前。
そう言ってカイロスのおっさんはため息をつく。
「お前さんのその危機感の無いの、なんなのホント。わざとなの? 権力者ってえのは怖いんだよ? 言うこと聞かなかったら拷問なんて普通にあるよ?」
ええ!?ぜったい嫌!
「だろうよ! そしてそういう可能性を全く考えないお前のオツムがほんと残念だよ!」
いえ、はい、スミマセン。
「で、オレは最近考えていたんだが、一応乗り掛かった船というか、こうして知り合ったのも何かの縁だし、こう見えて俺も結構お前さんを気に入っているんだよ。面白いからな、お前。わかりやすいし」
ああ、はい。ありがとう?
「お前さんがこの先どうやったら一番平穏にやっていけるかを考えてみたんだよ。だけど、まあちょっとやそっとの事じゃあ金と権力には逆らえなくてだな。だがな、何とかする方法が無い訳ではないんだ。だからな?」
おっさんが妙に真面目な顔をした。
「シエルお前、オレと結婚しないか?」
「え、無理」
おっと脊髄反射で答えちゃったよ。
って、えええええぇ!?
一拍遅れて驚愕がやって来た。
そしておっさんはポカーンと口を開けたあと、ガックリと崩れ落ちたのだった。