平行線
旦那さまが、いや『月の王』がため息をつきながら言う。
「私は誰にも仕えないよ。私には龍がついている。龍がついているものが他の人間の命令を聞いたりしたら龍が怒るからね。私は龍と自分の意思にのみ従う」
しかし王も引かない。
「それはそなたが龍を御すればよいこと。そなたが納得して仕えている分には龍も文句は言うまい。事実火龍のいるナディア侯爵家は長年余の臣下であった。余はそなたに誰よりも高い報酬と、そしてあの家の魔力を与えよう。余の臣下の中で最高の待遇を約束する。『海の女神』も王妃付きになってもらいたかったが、特別に二人で『黒の魔術師』を名のってもよい。ローブと家を受け取り、私に忠誠を誓いたまえ」
しかし旦那さまはウンザリしたように言った。
「私には、金も魔力ももうこれ以上必要ないのだよ。そもそも今の王家は私たちに、どんな魅力的な金額を払おうというのかね」
王が胸を張った。
「我が王家に不可能はない。いくらでも出そう」
そうは言っても旦那さま、たぶん国一番の金持ちだったのに、三百年間寝かせてしまったからね? 複利って怖いんだよ。利率によっては元金があっというまに倍々に膨らんでいくんだよ。多分本当にすごい金額になっていると思うよ?
「……私のかつての個人資産は、当時のアトラの財務大臣に管理を任せていたのだが、その末裔が今の中央銀行の長なのは知っているかい? この前その彼に会ったのだがね、彼が言うには今の私の資産は、この国の国家予算を遥かに超えているらしい」
王の顔色が変わった。
「君の予算からどんなに高額な報酬が払われるとしても、私には必要ない。ついでに私の妻も、結婚したら妻へ贈る予定で用意していた昔の祝い金が何倍にも膨らんでいて、そして結婚した今は彼女のものになっている。彼女も使いきれないほど金ならある」
あら私も金持ちだったー。びっくり。アトラ王が妻に贈る結婚祝い金……凄そう……。おっさんが隣で小さく口笛を吹いた。
さてそれでは私も主張して念押ししておこう。
「王妃さまから専属魔術師の話は以前にいただきましたがお断りしたはずです。私は誰にも仕えません。これは私の意思です。そのことでナディア侯爵を逮捕するとおっしゃるのなら、私が守りましょう。まあ逮捕されても彼が一言、オレを出せと火龍に言えば済むことですが。そのあと彼が報復として王都を焼き払えと命令しても、私は消火はしませんよ」
「脱獄し放題だな」
って、隣でニヤニヤしない。
しかし王は青い顔のまま、それでも私たちを配下にするのは諦められないらしい。
「なるほど金に魅力が無いのはよくわかった。だが魔力は魅力的ではないのか? あの家には初代『黒の魔術師』が造った魔力の泉があるらしいではないか。何処よりも多く湧くそうだぞ?」
「月の王」は、ため息とともに説明する。
「それも先ほどの金の話と同じだ。私たちにはそれ以上の魔力がある。あの量くらいでありがたがるような魔力では、そもそもアトラで王にはなれない。君の言っている初代「黒の魔術師」を私は知っているが、アトラの時代に彼より私の方が魔力が上だと既に認められていた。だから私に龍がついたのだ。彼が造れたものは、私も造れるのだよ」
旦那さまが王を見据えて言った。
「そして私と妻は彼の魔術を破れる。火の王もおそらく。だから彼の造った魔力の泉とやらも壊すことができる。私はもうこれ以上魔術師が過剰な魔力のせいで廃人になっていくのは見たくない。あれは近々壊そうと思っている」
王が叫んだ。
「それは許さん! あれは我が国の魔術師が造った我が国のものだ。王の許しもなく勝手に壊そうというのなら、罪に問うぞ!」
王にとってあの家は、強力な魔術師に忠誠を誓わせるための餌だったのだろう。魔術師を釣るための甘美な餌。うん、でもこれからは魔術師団だけで頑張ってくださいね?
旦那さまの決意は固かった。
「月の王」が威圧のオーラを増しに増して宣言した。
「君の言う初代「黒の魔術師」は、私が王だったときの魔術師だ。そして私の臣下でもあった。これはいわば私の管理不行き届き。彼の犯した罪は私が拭う。彼が造ったこの国の不正な魔力の流れは、私が全て正そうと思っている。今日はその報告に来ただけだ」
心当たりがあるらしい王は、さらに血の気を無くした。
「月の王」の威圧感に後ろの壁に張り付いて固まっていた臣下の人たちからは「?」マークしか飛んでこないが。
「!……そんなことをしたら、この国は怒った隣国から一斉に攻め込まれてもおかしくはないのだぞ!? 一国だけではなく、東西南北全ての国から一斉に攻め込まれたらさすがの我が国も持たないであろう。初代『黒の魔術師』は、周辺国から攻められない仕組みを造ったのだ! それを壊して国を危険にさらす責任を、身分もないそなたが取れるというのか!」
そもそも魔力を売り渡しての和平なんて、不自然だとは思わなかったのか? ……思わなかったのか。そういえば、魔力なんていらないという考えが原点だったっけ。
しびれをきらしたらしいカイロスのおっさんが言った。
「魔力は我ら国民の財産だ。それを他国に流していた責任はどうするんだ、王よ。魔力で買った和平なんていらねえよ。もし周辺国が攻めてくるなら、オレが火龍で一掃してやる」
後ろの人たちがザワッとした。
魔力を、流すだと?
「もちろん水龍と風龍も守りましょう」援護援護~。
王が叫んだ。
「龍ごときで何百万の兵士が防げる訳がないだろう!」
は? なに言っちゃってるの?
龍「ごとき」って、本気で言っちゃっているの? この人バカなの? それとも想像力が無いのかな?
見たことがないって、怖い。知らないって、罪。ウチの龍たちを侮らないでくれる?
「もちろん防げますよ? 焼き払うだけなら火龍だけで全てが済みますね。他の国を国土ごと全滅させたければ他の龍もいた方がいいかもしれませんが。龍が一体いれば、この国もすぐに滅びます。ちなみにこの部屋にいる人だけで良いなら龍などいなくても『月の王』か『海の女神』か『火の王』の誰か一人がちょっと怒って暴れるだけで全滅です。もちろん王、あなたも逃げられませんよ?」
師匠がとうとう口を開いた。堪忍袋の緒が切れたらしい。ついでになんか余計な話もくっついているけど? やだわーあらためて聞くと私たち物騒だわー。ちょっと、後ろで激しく首を縦に振っている人たち、うるさいよ?
「この国は、もともと龍の守りで周辺国を圧倒していました。今も龍は彼らについていますから、まず周辺国はどこもこの国には勝てません。それをわかっていますから、おそらく攻めては来ないでしょう」
ということは、ただ無駄に魔力を提供していただけですか?
ああ、王家としては、魔力を捨てていただけなのか。
でも魔力は国の一部。そして人々のもの。勝手に奪われてはいけないものだよね?
旦那さまが全身から銀の光を発しながら言った。
「ロイ、ちょっと来てくれ」





